14.同室到着
昼間に『龍神の谷』を出た美冬達は最大速度でアレクサンドリアへと向かっていく。往路の時のように地図を作る必要がないため、ノンストップで夜通し’グリフォン’を飛ばした結果、何とか翌日の日が昇る前に王都に着くことができた。
朝早すぎるということでまだ城に向かうわけにはいかず、とりあえずアレクサンドリアの門の近くに着陸し、門兵に声をかける。
「『龍神の谷』への依頼を受けた三人と…あー…一人、ただいま戻りました」
優吾が美冬を見ながら曖昧な報告をすると、門兵の男は優吾達の顔を見て驚きの表情を浮かべた。『龍神の谷』へ異世界人が交渉しに行ったという事実は聞いていたが、まさか全員が無事に帰って来るとは思ってもいなかった。
「おぉ!よくぞ無事に戻られた!!すぐに城へと報告したいのだが…」
そう言いながら門兵の男は隣に立つもう一人の男に顔を向けると、その男は微妙な表情を浮かべる。
「…何かあったのですか?」
なんとなくいつもと違う雰囲気をアレクサンドリアに感じた亘が鋭い視線で問いかけた。少し逡巡した様子であったが、門兵の男は優吾達に顔を近づけ声を潜める。
「これは極秘扱いなのだが…今アレクサンドリアは魔族に侵攻されようとしている」
「へっ?」
あまりに予想外の事実に優吾は間の抜けた声を上げた。卓也も亘も驚き目を見開いているが、美冬だけはいつもと変わらぬ無表情であった。
「魔族達は北のサロビア平原に魔物を集め、そこからアレクサンドリア城を落とそうと画策しているらしい。それを防ぐため、昨日、君達の仲間がナイデル砦へと出陣した」
「お、俺たちの!?それは本当ですか!?」
興奮した様子で聞いてくる優吾に、門兵の男は重々しく頷いた。
「………どうする?」
それまで一切口を開かなかった美冬が優吾達に静かに問いかける。
「どうするって言われても…」
卓也が不安そうに亘と優吾に視線を向けると、二人は覚悟を決めた表情をしていた。
「行くしかねぇだろ」
「そうですね。少なくともナイデル砦に赴いて状況を把握しなければなりません」
「そうだよね…」
「………卓也はここでお留守番でもいいけど?」
がっくりと肩を落とす弱気な卓也に美冬がきっぱりと言い放つ。卓也は美冬に視線を向けると力なく首を横に振った。
「みんなが行くなら僕も行くよ。昴君に霧崎さんの事頼まれちゃったし、それに…」
卓也がチラリと優吾に目を向けると、神妙な表情を浮かべている。誰とは言わないが身を案じているのだろう、卓也は諦めたように笑った。
「みんなが無理しないように止めるのが僕の役目だからね」
その卓也の言葉に内心で驚きつつも、美冬は少しだけ口角を上げるとナイデル砦に向かって駆け出した。
「あっ!姐さん!!」
「美冬さん!待ってよ!!」
その後を卓也と優吾が慌てて追いかける。亘は肩を竦めると門兵の男に’グリフォン’を預けた。
「夜が明けたらこの’グリフォン’を城へと返しておいてください。そして私たちが戻ってきたことも伝えていただけると幸いです」
「あ、あぁ。それは構わないが…大丈夫か?」
あれよあれよのうちにナイデル砦に行くことを決めた四人のやり取りを唖然とした様子で見ていた門兵が亘を気遣う。そんな心配そうな門兵を見て亘は苦笑いを浮かべた。
「いつものことですので」
そう言うと亘も三人を追ってナイデル砦へと向かった。
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ナイデル砦に着き、隊長を名乗る頼りなさそうな男から事情を聞いた美冬たちはサロビア平原の入り口に立っていた。
「………三手に別れているって言ってた」
離れたところで上がる戦塵を見ながら美冬が確認するように優吾達に告げる。
「戦力的には霧崎のところが一番安定しているが…」
「戦場の真ん中を突き進んでいるんです。当然敵の攻撃も激しいはず」
「そうだよなぁ…」
優吾は亘の意見に賛同しながら身体をうずうずとさせている。
「でも、中央は俺達、異世界の勇者が三人いるんだ。ここは左右を援護しに行くのが妥当なんじゃねぇか?」
自分の気持ちを押し殺してそう提案する優吾に、美冬は眉をピクリと動かした。
「………優吾はそれでいいの?」
「いいも何もそれが一番戦略としては理にかなっているだろ!?」
焦る気持ちが前に出て思わず口調が荒くなる。美冬はそんな優吾を黙って見つめた。
「優吾君の言っていることは正しいですね、戦略的には」
亘が眼鏡を上げながら告げる。非戦闘職のユニークスキルを所持しているとはいえ、ステータスはこの世界の人たちよりも高いのに加え、美冬の特訓を受けてきた優吾達の実力は騎士達よりも上であった。そんな優吾達よりも戦いに向いているスキルを所持している三人がまとまっているなら、異世界人の層が薄い左右を救援に行った方が勝率は上がるであろう。
「だろ?ならさっさと誰がどこに行くか決めようぜ!」
優吾が無理やり明るい口調で言うと三人は示し合わせたように黙りこくった。そんな三人を見て優吾のいら立ちが募る。
「こんなところでちんたらしている暇はねぇだろ!?」
今すぐにでも思い人の下へと駆け寄りたい、ただ自分の気持ちを前に出して勝手な行動はしたくないという葛藤が優吾の中で渦巻き、苛立ちを加速させていた。そんな優吾の気持ちはここにいる全員が察している。
「加藤君は冷静で知的だから無理な進軍はしないと思う。それは経験豊富なガイアスさんがいる渡辺さんと上田さんのところも同じことが言えるよ。だから…」
その先の言葉は言わずに卓也は優吾の顔をちらりと見るが、優吾は何も言わない。そんな優吾を見て亘が呆れたように口を開いた。
「はぁ…優吾君は馬鹿ですか?」
「なっ…!?」
突然の罵声に目を丸くする優吾を無視して亘は続ける。
「確かに戦略的には優吾君の言うことは正しいですが、それは感情に左右されない場合。あなたの場合は誰かが気になって足手まといになるのが目に見えてますよ」
何か言い返そうとしたがあまりの正論に優吾は口をつぐむしかなかった。それでも本心を言おうとしない優吾の背中を押すように卓也が声をかける。
「優吾君…やりたいことをやった方がいいと思う。自分の気持ちに嘘をついて結果が悪かったら…きっと後悔すると思うから」
優吾が二人を見ると卓也は笑顔を浮かべ、亘はつまらなさそうに顎で美冬を示した。優吾は頷くと美冬に向き直り頭を下げる。
「姐さんすまねぇ!!自分勝手だとは思うが、まずは中央の援護に行ってはくれねぇだろうか!?頼む!!」
必死に頭を下げる優吾に美冬は無言で近づいていくと、思いっきり杖でその頭を叩いた。
「いってぇぇぇぇぇ!!!!」
「………さっさと言わないから時間をロスした」
大きなたんこぶを手で押さえながら涙目で尻餅をついている優吾に、美冬は吐き捨てるように告げる。そして、戦場へと振り返ると身体に魔力を巡らせた。
「………まずは雫のもとへ急ぐよ」
それだけ言うと魔物がはびこる戦場へと迷いなく飛び出していく。そんな美冬の後ろ姿を見ていた優吾の頭に、亘と卓也が軽く手刀を落とした。
「さっさと行きますよ」
「素直になるのが遅い」
亘と卓也も魔力を練りながら美冬の後に続いていく。一瞬ポカンとした表情を浮かべた優吾だったが、顔を俯かせると思いっきり自分の頬を両手でひっぱたいた。
「まったく…本当バカな奴らだよ」
優吾は内心で三人にお礼を言いながら立ち上がると急いで三人の後を追った。
魔物を魔法で仕留めながら美冬達は進んでいく。雫達が倒しているおかげか、魔物の数は大したことなく、足を止めずに戦場を駆け抜けることができた。
「………見えてきた」
美冬の呟きに反応した三人が前をむくと、魔物と戦う騎士団と少し離れたところで誰かと戦っている雫とさおりの姿があった。生きていることを確認できた優吾は内心でほっと息を吐く。
「………まずい」
雫と戦っている男の一人がモーニングスターを振り回し、雫ではなくさおりを狙っているのが目に入った。美冬は振り返ると早口で問いかける。
「………優吾、盾を出して構えて」
「えっ?あぁ…”アイテムボックス”!!」
優吾がタンク役として使用する盾を取り出すのを見た美冬は、続けて亘と卓也に指示を出す。
「…亘は僕を雫のところへ。卓也は優吾をもう一人の方へ【風属性魔法】で飛ばして」
「えっ!?」
「わかりました」
「わかったよ!」
美冬の指示通り二人は魔力を高めると、雫と優吾の背中に手を向けた。
「美冬さん、行きますよ」
「………ん」
「行くよ!優吾君!」
「ちょ、まだ心の準備が…」
慌てている優吾の言葉を無視して、亘と卓也は同時に魔法を唱える。
「「“吹き荒れる突風”!!」」
二人の手から生み出された竜巻は美冬を上空へ、優吾を真横へと吹き飛ばした。美冬は風にのりながら雫を目指しつつ魔力を練っていく。一方優吾は想像以上の速度で飛ばされたことに顔を引き攣らせていた。
「あ、いつ、これ、どう止まれば、いいんだよ!!」
それでもバランスを保ちつつ、盾を前に構えながらさおりの下へとたどり着いたと思った瞬間。
ゴォォーン!!!
すさまじい衝撃が手に走り、前にかざした盾が何かに押しとどめられる。後ろから風に押されていた優吾は思いっきり自分の盾に顔を叩きつけられた。
「ぶっ!!」
優吾はそのまま盾と共にズルズルとその場に倒れ伏した。そんな優吾を横目で見ながら、優吾の登場に唖然としている相手に対し、美冬が魔法を放つ。
「………“火炎の散弾銃”」
開いた手から大量の炎弾を放つと、相手は雫から一旦距離をとった。美冬は着地に備え【無詠唱】で【風属性魔法】を唱えると、雫の隣にふわりと降り立つ。ちらりと雫の方に目をやると、茫然とした表情でこちらを見ているので美冬は軽くため息を吐くと静かに告げた。
「………そんな情けない顔しない」
久しぶりに話しかけた親友は、どうにも間の抜けた表情を浮かべていた。




