39.同室との再会
優吾達がアレクサンドリアの大臣、カイルから『龍神の谷』に行くように指令が出てから結構な日数が経過していた。四人が旅に慣れていないというのもあるが、一番の理由は卓也がうけた地図作成の依頼のせいであった。
確かに【司書】のユニークスキルの中に【執筆】というスキルがあり、卓也が本と認識するものを描き上げるというものがあるが、「描ける」からと言って「すぐに描ける」というものではない。
地図を描くにはまず'グリフォン'で上空からの様子を伺い、大体の地形を把握した後、実際にその地に降り立つ。そして上から見た景色と地上から見た景色を自分の中で結合させ紙に落とす。
アレクサンドリアから『龍神の谷』までは海があるものの、それでも地図にしなければならない場所は広く、最初のころは五キロメートル四方の一枚の地図を描くのに丸一日もかかっていた。いまではその作業にも慣れてきたのか、スキルのレベルが上がったのか半日足らずでかき上げることができるがそれでも時間はかかる。そのため『龍神の谷』の付近に着くのにかなりの時間を要した。
優吾達は森の中を黙々と進んでいた。他種族嫌いという事で空から直接'グリフォン'で赴けば、いきなり攻撃される危険性が高いため、徒歩での行動を余儀なくされる。地図作成の途中で訪れた港町で『龍神の谷』の場所を聞いたものの、詳しく知っている者はおらず、大体の場所しか聞くことができなかった。その教えてもらった場所を'グリフォン'で飛行してみたのだが、それらしいものが見当たらなかったため、適当なところに着地し、'グリフォン'を安全なところにつなぐと歩いて探し出すしかなかった。
非戦闘系のユニークスキル持ちの三人は美冬に魔法を習ってはいるが、森に出る魔物の数が激しすぎたため、その討伐のほとんどを美冬が担っていた。
昼の内は『龍神の谷』を探し、夜は【創作家】のユニークスキルを持つ亘の【建築物作成】のスキルのおかげで短時間で雨露を凌げる簡易のコテージで身体を休める。美冬が【気配探知】のスキルを習得しているので突然の魔物の強襲に怯えることはなかった。
卓也は夜の時間があるうちに、簡単に描いておいた地図の清書を行っており、それを見た【商人】のユニークスキルを持つ優吾が「俺って一体…」といつも落ち込んでいたその度に美冬が「………優吾が使えないのはいつものことだから気にすることはない」と慰めになっていない慰めをするのであった。
そして二日ほど森の中をさ迷った結果、ようやく竜人種の集落と思わしき門を見つけることができた。
三人が茂みに隠れて門を観察する。森の魔物から身を隠してきたため、全員が【気配遮断】のスキルを獲得していた。
優吾と亘の顔には緊張の色が浮かんでいる。卓也に至っては顔面蒼白で今にもさっき食べたものを戻しそうな雰囲気であった。ただ一人、美冬だけがいつもと変わらぬ無表情で門の方を見つめている。
「門番が二人いるな…ってあれ本当に竜人種か?人間にしか見えねーぞ?」
「あれは竜人種本来の姿ではない、そういうことですよね?」
自分の意見が正しいか確認するため亘が卓也の方を見る。
「うーん…本来の姿ではないっていうのは言い過ぎだと思う。多分優吾君の想像している漫画とかに出てくる竜人はスキルを使った姿だったと思うよ」
声を震わしながら答える卓也を見て、相変わらずの博識っぷりに二人が感心する。
「どちらにせよ竜人種が危険であることには変わりないと思いますから下手に刺激しないほうがいいでしょう」
「そうだなー…正面からニコニコ笑顔でこんちはってのはどうだ?敵意がありませんよーってところを見せればそう簡単には襲われないだろ!なぁ姐さん?」
優吾が顔を向けると今の話を聞いていなかったのか美冬は全く反応をしない。
「姐さん?」
もう一度呼びかけるもさっきと変わらず、美冬はボーッと『龍神の谷』の門を見ているだけだった。
「姐さん!」
優吾が肩を揺すって初めて呼びかけられていることに美冬が気がつく。美冬は優吾達の方に顔を向けると少しばつの悪そうな表情を浮かべた。
「………ごめん、考え事してた」
「あ、あぁ。構わないんだけどさ。これからどうしようかなって」
少し様子のおかしい美冬に狼狽ながらも優吾が今後の方針を尋ねる。美冬はもう一度門の方に目を向けた
「………もう少し観察してから行こう」
三人の顔を見ながら言うと、亘と卓也はコクリと頷いたが、優吾は少し心配そうな表情を浮かべる。
「姐さん大丈夫か?俺らのせいでここまで来るのにかなり無理してるから『龍神の谷』に行くのは明日でも構わないんだぜ?」
「………問題ない」
それだけ言うと美冬は視線を『龍神の谷』の方に戻した。こうなった美冬は梃子でも意見を変えない、と短い付き合いながらわかっているため、優吾はため息をつくと卓也と亘の方に顔を向ける。
「…あれ絶対無理してるよな?」
「そうですね。美冬さんの今日までの働きを考えたら身体に不調をきたさない方がおかしいです」
「俺らも姐さんに鍛えられて少しは戦えるようになったんだから少しは頼りにしてくれってもいいのにな」
「優吾君や卓也君が頼りないのは分かりますが、少なくとも私のことは頼ってもいいと思います」
「戦闘で一番最初にばてるのって亘君だよね」
「………」
「とにかく姐さんはもっと俺達に頼るべきだ」
コソコソと内緒話をし始める三人。後ろで美冬が耳を傾けていることなど知る由もない。
「美冬さんは僕達に弱いところは見せないようにするから」
「あー確かに!姐さんはそういうとこあるよな」
「美冬さんの困った一面ですね」
「うん。弱みを見せないようして無理しちゃうところ」
「………全部聞こえてる」
美冬が微かに眉を顰めながら手にした杖で三人の頭を容赦なく叩いた。目から星を生み出した三人はその場で悶絶する。
別に杖がなくても魔法は撃てるのだが、変なこだわりにより美冬はアレクサンドリアの武器屋で調達した先端に宝石がついている木の杖を使っている。その使い道は魔法ではなく、主に弟分達の愛のムチ用であった。
声を抑えて痛みに耐える三人にジト目を向けながら門を顎でクイっと指した。
「………正直見てても変わらない。もう行く」
止める間もなく美冬は茂みから出て行き、一人で門の方へスタスタと歩いて行った。それを見た三人が慌ててそのあとに続く。
門番の男達は突然現れた怪しい四人組に持っている槍を向けた。
「止まれ。何者だ」
訝しむような表情を向ける門番の男に優吾は頭の中が真っ白になりながらもとりあえず話しかける。
「こ、こんにちは!いやーいい天気ですねぇ!!絶好のピクニック日和ですよ!門番さんもこんないい天気にお仕事とは大変ですねぇ!それで僕達はあれですねぇー。怪しいものではないということだけは伝えておきたいへぶっ!?」
優吾は【交渉】のスキルを持っているのだが、テンパりすぎてスキルが発動せず、痺れを切らした美冬が優吾の鳩尾に杖を突き立てる。そのまま地面に倒れた優吾を無視して美冬は門番の方に顔を向けた。
「………ボク達はアレクサンドリアで召喚された異世界人。今日は使いとしてやってきた。一番偉い人に会いたい」
美冬が要点だけを簡潔に述べる。門番の男達は顔を見合わせるともう一度美冬達の事を眺めた。
「しばし待たれよ」
そう言って二人は美冬達に背を向け何やら相談したあと、門番の一人が門の横にある扉から中に入っていく。もう一人が槍は構えていないにしろ警戒した面持ちでこちらに戻ってきた。
「今族長の所へ確認に行かせた。許可が下り次第貴様らを中へと入れる」
上から目線の物言いに美冬の眉がピクリと反応したが、優吾にとりあえずここは大人しくしておこうと説得され、不機嫌そうに顔を俯かせる。三人はほっと息を吐くと使いが帰ってくるのを待った。
二十分程待っても、さっきの門番が帰ってくる気配はなく、美冬が門番の方へと顔を向ける。
「………遅い。使いは何やってるの」
無表情で口調も平坦だが、あからさまにイライラしている様子。そんな美冬に門番は白い目を向けた。
「本来であれば貴様らみたいな怪しいやつらは即刻排除なのだ。使いを送ってやってるだけでもありがたく思え。…前任者に感謝するんだな」
ニールが認め、龍神の巫女を救ってくれた昴のことは好意的に思っているが、基本的には人族を嫌っている門番の男は鼻を鳴らし、冷たく言い放った。
その態度が思わぬ長旅で疲れもピークになりフラストレーションの塊になっている美冬の琴線に触れる。
「………ボクは偉い人に会って用件を伝えたいだけ。さっさと門を開けないと強行突破もやむを得ない」
「ちょ、ちょっと姐さん!?」
あまりに不遜な物言いに優吾が慌てて美冬を止めた。攻撃してくる素振りはないが門番の男の顔が険しいものになっていく。
「す、すみません!美冬さんは少し疲れているみたいで!」
「そ、そうなんです!悪気があって言ったわけじゃないんです!」
亘と卓也が門番の男に必死で弁解する。そんな三人の様子にも美冬は苛立ちを募らせた。
「………ボク達が下手に出る必要はない」
「いや下手って!今のは姐さんが明らかに悪いよ!確認しに行ってもらってんだから大人しく待っとこうぜ!?」
「そうですよ!門前払いじゃなかっただけましですって!」
「美冬さん!落ち着いて!」
三人が美冬を説得しようとするも火に油を注ぐだけ。美冬はこめかみに青筋を立てると静かに呟いた。
「………ボクに意見するなんて少しお仕置きが必要だね」
美冬が薄っすらと笑いながら魔力を滾らせるのを見て三人が慌てだす。
「いやお仕置きって…ってえぇ!?」
優吾は驚きに目を見開いた。今まで何百回と美冬の魔法を喰らってきたからわかる、この魔力量は明らかに上級魔法。
「ちょ、ちょ、ちょ姐さん!?それはシャレになってないよ!?」
「流石に私達もそれを喰らったら無事じゃすまないです!!」
優吾と亘が必死に美冬の怒りを宥めようとするが、一向に収まる気配はない。すでに卓也はガタガタ震えながら逃げ腰の様子。
「姐さん!杖にしよう、杖に!」
優吾が美冬の持っている杖を指さす。美冬はそれに目を向けるとそそくさと”アイテムボックス”にしまった。
「………大丈夫。手加減するから」
そう告げているものの、既に美冬が纏う魔力は手加減の域を越えている。
「こ、これは…本格的にまずいですね」
亘が大量の冷や汗をかきながらじりじりと後ずさる。優吾は涙目で門番の男に飛びついた。
「ちょ、ちょっと門番さん!助けてください!!」
「い、いや!私にどうしろと!?」
優吾が必死に助けを求めるも、四人のやり取りを呆気にとられた表情で見ていた門番の男になすすべはない。
どうすることもできないことを悟った三人は脱兎のごとく逃げ出した。美冬はそんな三人に両手を向ける。
「………お仕置きの時間。"襲来する業火球"」
後方に熱気を感じ、三人が走りながら振り返ると巨大な炎の塊が間近に迫ってきていた。谷全体に響き渡るほどの絶叫を上げながら抱き合う三人。
もうだめか、と思ったその瞬間、三人の目の前で炎の塊が真っ二つに割れ、一瞬のうちにそれが消える。何が起こったのかさっぱりわからず、目を白黒させていると、目の前に現れた人物を見て三人は口をあんぐり開けた。
「あれ?お前らこんなところで何してんの?」
それは両手に黒い小刀を携え、金髪の可愛らしい女の子を連れた同室の仲間の姿だった。




