ルーン魔術師とミラ
王城ってどんなところ?
昔、みんなに聞いてみたことがある。
クラネスに言わせれば、王様のいるべき場所。
カイザーに言わせれば、堅苦しい場所。
アグニに言わせれば、高い酒の飲める場所。
ルーアンに言わせれば、退屈なところ。
ハンスに言わせれば、取引相手。
リッカに言わせれば、ヴァン兄に会える場所。
全員が全員、よく違うイメージを持つものだ、と思った。
俺のイメージは、牢屋であり家、だと思う。
一歩踏み入れるまでは、あれだけ臆病になっていたのに一歩踏み入れてしまえばある程度、穏やかな気持ちになっていた。
アリシアとディアンが一緒にいてくれるということも影響しているのかもしれない。
とにかく、俺はなんとか、二人に手を引かれなくとも、自分の足で歩みを進められるほどには落ち着いていた。
中央には大きな噴水があり、緑ときれいな花々で彩られた庭園を二人の後を追うように歩く。
城の前にも、兵士が立っており、アリシアとディアンの二人に見事の敬礼で応える。
俺が通り過ぎるときも、その敬礼を崩さなかった。
なんか新鮮だな。グラン王国では、俺を見ると避けていく人ばっかだったんだよなぁ。
軟禁されていたときは、すれ違う人の多くが、怯えるような目で俺を見ていたのだ。何もしないってのに。化け物じゃないんだから。
そんなことを思い返しながら、二人の後をついていき、城に入った時だった。
「アリシア様っ!?」
エントランスで待ち構えて、アリシアの姿を見るなり、信じられないものでも見ているかのように驚く女性が居た。
真新しいシルクのような白く流れる長い髪。芯の強さを感じさせるような瞳。それでいて、キツイ感じは与えない整った顔立ち。年頃は、アリシアより少し上というくらいか。
メイド服を着ているから、彼女はこの城で働いているメイドの一人なのだろう。
すっ、と目線を落とすと、その腰のあたりにはショートソードと思われるような剣が刺さっていた。
うわっ。メイドさんがショートソード持ってるなんて初めて見たよ。
俺が驚いている間にも、そのメイドさんはぐんぐんとアリシアとの距離を詰めていた。
「アリシア様、なんですかこの格好は! それにディアンも! 鎧はどうしたのですか!」
「お、落ち着いてミラ」
「落ち着けませんよアリシア様! 大体、戻ってこられるのも、四日前の予定だったんですよっ! わたくしがどれだけ心配をしていたか……」
まくし立てたかと思うと、今度は涙ぐんでいた。
「ミラ。とりあえず国王陛下と話がしたい。あとにしてもらっていいか」
「あとにしてって……」
と、ディアンを睨んだ後、ディアンの表情からその真剣さを感じ取ったのか、口から出かけていた文句を飲み込んでいた。
「わかりました」
そうつぶやくように答えた彼女は、今度は俺に目線を向ける。
「それで、そちらの方は?」
「あぁ。ヴァンのことか。まぁ、俺たちがこんな格好をしていることにも関係しているんだがな。賊に襲われた――」
賊、とその言葉が聞こえた時には、ミラは動いていた。
ミラは腰のショートソードを抜くと、そのまま流れるように俺に向かってくると、その剣を振り下ろしてきていた。
俺は思わず飛びのいていた。
だが、実のところ、ミラの剣はディアンの剣によって止められていた。
「ディアン! なぜ止めるのです! いえ、そもそも、なぜアリシア様を襲った賊を生かしているのですか!」
「落ち着けミラ! この男、ヴァンは、賊からアリシア様を救ってくれた恩人だ! お前は今、国賓に剣を向けているんだぞ!」
ディアンとつばぜり合いをしていたショートソードの切先が地面のほうを向き、ミラの肩から力が抜けるのがわかった。それから、茫然としたように、俺を見つめていた。
「……本当なのですか?」
「本当だ」
ディアンが剣をしまい、あきれたようにそういうと、ミラはわなわなと震え始める。
「わ、わたしは、なんてことを……」
そのまま地面にへたり込んでしまった。
だ、大丈夫かな?
と、思っていると、彼女はすぐに立ち上がり、その腰をきっちり九十度に曲げる。
地面に向かって垂れる白い髪はベールのようだった。
「ヴァン様。本当に申し訳ないことを致しました。この過ちは、わが身をもって必ず償わせてもらいます。ですが、どうか、命だけはご容赦いただけないでしょうか! わたしには、アリシア様が立派になられるのを見届ける使命があるのです! ですので、どうか、それまでは生き永らえさせてもらえないでしょうか!」
鬼気迫るまくし立てに、冗談でないことは簡単に分かった。
「え、えーっと、とりあえず、頭をあげてもらえないかな」
「は、はい!」
「まぁ、ちょっとびっくりしたけど、俺は大丈夫だったし、今回のことは無かったことにしませんか」
きっとそのほうがミラにとってもいいだろう。
それに、俺だって、賊に見えるか客に見えるか、どちらかといわれれば、賊に見える格好をしているだろう。とても王城に招かれるような恰好はしていない。
だが、ミラの表情は晴れなかった。
「いえ、それはなりません。わたしは、殺されても文句を言えないようなことをしました。どうか、罪を償わせてください!」
「うーん……」
「ミラ」
俺が困っていると、ディアンがミラに声をかける。
「ヴァンが困っているだろ。それに、早く国王陛下と話がしたいんだ。この件は後でいいだろう」
「で、ですが……」
「ミラ」
食い下がろうとしたミラだったが、あきらめたように口を引き結んだ。
それから、ミラは今にも泣きそうな瞳をこちらに向けて言った。
「本当に、申し訳ございませんでした。わたしはミラ・ロットと申します。アリシア様の侍従をさせていただいております」
「俺はヴァン・ホーリエンです。その、あまり気にしないでもらえると、俺もありがたいです。誰にでも間違いはありますよ」
「お気遣い、大変感謝しております。ディアン。これから、国王様にお会いになるのですか?」
「あぁ。そうだ」
と、ディアンが答える。
「アリシア様も同席されますか?」
「どうされますか姫様?」
ミラとディアンに聞かれたアリシアは頷いて答える。
「はい。わたしも、ちゃんとお父様にヴァンのことを紹介したいので」
「かしこまりました。それでは、お召し物を替えましょう。それから、ヴァン様は少しこちらでお待ちいただいてもよろしいでしょうか? メイドを手配しますので。お召し物など、来客用の用意がありますのでそちらを利用ください。ディアンも、その格好で国王様に謁見されるつもりではありませんよね? いいですか? ちゃんと着替えてください。では、アリシア様。行きましょうか」
てきぱきと指示を出す様子は、つい一瞬前までの彼女とはまるで別人のようだった。
「ふふっ。ようやくミラらしくなりましたね」
「わたしらしく? わたしはいつもこうですが」
そんな会話をしながら、二人は階段を上がって行った。
「なんか、すごい人ですね」
色んな意味で。
それを悟ったのか、ディアンは大きくため息をついた。
「はぁ……。すごいだろ。ミラは姫様のことになると周りが見えなくなってな。剣の腕も申し分ないし、もちろん、姫様の世話役としては、一番の適任だ。幼いころからずっと姫様と一緒にいるから信頼も厚い。だから、本当は、今回グラン王国に行くことになった時に、ミラもついてくるはずだったんだが、あの性格だからな。何か間違いがあったらいけないってことで、留守番させてたんだ」
「あぁ。なるほど」
なんかわかる気がする。ミラがいたら、アリシアよりミラのほうに気がとられそうだ。
それから他愛もない話をしていると、ミラの言った通り、メイドさんが俺を迎えに来てくれたので、そこでディアンとも一度別れることになった。




