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恋慕の情と魔法使い


 午前中で仕事が終わったある日、家に帰ると机の上に置き手紙。

 

“日向さんへ お仕事お疲れ様です。お昼ご飯は鍋ごと冷蔵庫にいれてあります。中身は日向さんの好きなグリーンカレーです。冷たくても美味しいと思いますので、少しかき混ぜて温かいご飯と一緒に召し上がってください。一人にさせてしまい申し訳ありません。早く会いたいです。大好き。 雫”


 底が見えない程の愛を感じ、彼女がいる大学の方角を見つめながら手紙を抱きしめた。

 私も早く会いたいよ、雫。


 ◇  ◇  ◇  ◇


 昼食後、お風呂掃除くらいしようと思ったけれど、既にピカピカ。

 トイレも、寝室も、二階の空き部屋も。


 庭の草むしりなら……そう思い外に出ると、彼女の作り上げた美しい庭が広がっていた。


 彼女がいてくれるから、キラキラした毎日を過ごすことが出来ている。

 ありがとうって毎日伝えているけれど……

 言葉では伝えきれない想いが私の中で溢れているから、せめてその気持ちを形に残したい。

 何がいいのだろうか……


 

 ◇  ◇  ◇  ◇

 


「で、愛しの彼女にプレゼントを作ってるわけ?」

 

「集中してるから話しかけないで」


「本番前に言う台詞としては正しいけど、やってることがおかしいでしょ。大体プレゼントにミサンガ作るとか、小学生みたいな事やってんのね。あの人気女優日向晴なんだから、もっと大人びたことしたら?」


 確かに子供っぽいかもしれないけど……

 彼女の事を考えるだけで上手くいかないことが多い私だから、こんな単純な物でも精一杯やらないと失敗してしまう。

 器用だと思って生きてきたけど、ただ要領がいいだけで……

 私の中が彼女で溢れると、私はただの不器用な人間になってしまう。

 

「これが私なの。女優日向晴じゃなくて、あの子だけの日向晴だから。格好つける必要もないし……ふふっ。こうして私らしく、大切な人を想って一本一本編み込んでるの」


「はぁ……アンタをそれだけ可愛くさせてるんだから、あの子も大したものね」



 ◇  ◇  ◇  ◇



 今日は仕事終わりに雨の日デート。

 大きめの傘、寄り添うように収まる私達。

 待ちゆく人々は、誰も私のことを日向晴だとは思わないだろう。


 仕事の合間に紡いだ想いは、今日完成した。

 渡すなら……今だよね。


「雫、いつもありがとう」

 

 そう言って、傘を持つ手を解いてプレゼントを渡す。

 目をキョトンとさせ、少しだけ口を開けている彼女。

 次第に頬が赤らんでいき、大きな瞳がキラキラと輝き始めた。


「き、今日は何かの記念日でしたか……? その……嬉しくてうまく考えられないので、教えていただければ……」


「ふふっ、なんでもない日だよ。いつもと同じ日、素敵な毎日。だって……雫が隣にいてくれるから」 


「日向さん……」

  

 愛しそうにミサンガを見つめる彼女。

 ふと、栞が言っていた言葉が不安を掻き立てる。

 好きだから、格好つける必要もないのに……

 好きだから、格好つけたくなる。

 恋なんて、矛盾だらけなもの。


「これ、昔流行ったんだって。好きな人にあげる御守りで……その、私でも作れそうだったから。ちょっと子供っぽいかもしれないけど、でもね……私……」


 雫の為に精一杯作った、そう伝えたかったけど……

 私の思っていたことなんて、杞憂だった。


「この御守りが形だけではないことは……痛い程伝わってきます。日向さんの想いが詰まった……宝物です」


 涙を流しながらも、慈愛に満ちた微笑みを私に返す。

 そんな愛らしい彼女が、私の心に刻まれる。

 これじゃどっちがプレゼントしたのか分からない。


「それ、手首か足首につけるんだって。私がつけてあげるね。どっちがいい?」


「……では、右の足首にお願いします」


「ふふっ、手じゃないんだ?」


 しゃがんで彼女の足首に結びつけていると、甘く照れた声が聞こえてきた。


「他の人には見せたくないんです。私だけの……あなたからの愛ですから……」


 見上げた先のその顔があまりも可愛くて……足元に落ちていく雨音が、半音高く響いていた。



 ◇  ◇  ◇  ◇



「素敵なプレゼント、ありがとうございます。後生大事にさせていただきます。私もなにか差し上げられればいいのですが……」


「ふふっ、いつも貰ってばかりだからいいよ?」


 少しだけ不満げな彼女は、考えるように指をくるくると回している。

 やがて指先を見つめると、愛らしく微笑んだ。 


「では……日向さんに魔法を見せますね」


「魔法……ふふっ、なんだろう?」


 彼女は小指を傘の外に出すと、指輪の上に数滴の雨粒を残らせた。

 溢れないよう器用に移動する彼女。

 そのまま私と頬同士が触れ合う程近くまで寄ると、信号機と指輪の視線が合うように手を少し上げた。


「わぁ……綺麗……」


 信号機の光を取り込んだ雨粒は、エメラルドのようにキラキラと輝いている。

 

smaragdus(エメラルド)……citrus(シトリン)……次に……carbunculu(ルビー)s」


 緑色から黄色、赤色へ変化していく美しい宝石たち。

 どれだけ清らかな心を持てば、こんなにも素敵な魔法が使えるのだろうか。


「雫……ありがと。最高の魔法だね」


「ふふっ、まだ……終わってませんよ?」


 私に口づけをすると、微笑みながら傘から出た彼女。

 くるりと一回転すると、その美しき魔法に心を奪われ……思わず傘を落としてしまう。


「それから……stilla(シズク)── 」


 ビルの合間からは日が差して、薄暗かった筈の空は青さを取り戻している。

 見上げれば天気雨。

 陽の光が反射した雨粒たちが街全体をキラキラと輝かせる。

 視線を戻すと、薄っすらとかかり始めた虹を背に、何よりも美しい宝石が私を見つめていた。


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