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千回目のキス


 いつものようにソファへ座る彼女を後ろから抱きしめて、一緒に私のラジオ番組を聞いている。

 話題はドラマの話になっていて、小話や裏話等をラジオの私は語っている。

 

 彼女の髪の毛を弄る私。

 その指に絡みつくように頬ずりをする彼女。

 

「今度はどのような役をなさるですか?」


「世界観がちょっと分かんないんだけど……貴族の話で、令嬢役なの」


「貴族……令嬢……英国のお話でしょうか? ふふっ、きっと素敵なお姿になられるんですね」


「安っぽい感じになると思うけどね」


 どんな感じになるのか大方予想出来るので、苦笑いしてしまう。  

 もしかしたら、これが女優最後の仕事になるのか……なんて考えるとちょっと嫌だけど、運命的なものを感じる。

 だって……


「それでね、今度は令嬢同士の恋物語なの」


 一瞬彼女の身体は固まって、少し俯いて何かを考えている。


 ただでさえ嫌な恋愛物なのに……


 当然キスはNGだけど、そういう問題じゃないし、もし逆の立場だったら絶対に嫌。


 でも、ごめんって言葉も間違ってるし、なんて言えばいいか分からない。

 只々強く抱きしめて、私の気持ちを伝えることしか出来ない。


 そんな私の手を解いて、カーテンを身体に巻き付けた彼女。


「子爵の娘シズクです。あなたは?」


 ドレスのようにヒラヒラとカーテンをなびかせる。

 その照れた笑顔に、心を奪われる。


「あ……え、えっと……ハルです。よろしく……」


 普段は私からなりきった世界へ連れて行くのに、今日は違って……

 彼女が作り出す世界に、魅せられる。

 

 家柄も育ちの良さも、貴族の令嬢だったとしても相応しい才色兼備の彼女。

 

 そんな彼女に、一目惚れ。 


 ドレスに見立てたカーテンのスカート部分を両手で軽く上げ、膝を曲げて挨拶をする彼女。

 その美しいカーテシーに見惚れてしまい、可愛らしく笑われてしまう。


 彼女はピアノへ向かい、私に一礼してから椅子に座った。

 一つ音がなると、彼女の世界……その深みへと、嵌っていく。


 英国のワルツ王、アーチボルド・ジョイス作曲 “千回のキス”


 もし私達が貴族の娘だったなら……

 どんな出会いをしていたのだろうか。


 立派な宮殿で、素敵なドレスを着て、こうして優雅なワルツが鳴り響く中──


「……一緒に踊りませんか?」


 こうして、あなたに誘われる。


 彼女の弾いていたワルツが、心の中で続いていく。

 照れながらも優雅に舞っている彼女に、湧いてはいけない感情が溢れ出る。


「女同士で踊るなんて……後で怒られるよね」


「ふふっ、嫌でしたか?」


「……ううん、ずっとこうしていたい」


 どこか懐かしい感覚がするのは何故だろう。


 もしかしたら、こんな世界があったのかも……なんて、らしくもない幻想的な事を考えてしまう。


「生まれ変わっても……こうして踊っていたいな。どんな世界でも、どんな性別でも……隣にいるのは私でありたい」


「ふふっ、大丈夫ですよ。次の世も、私があなたを見つけますから」


「……じゃあ、私は思い切り抱きしめるよ。絶対に離さないから」


 蕩ける程甘くて深いキスをすると、鳴り響いていた筈のワルツは消え、鳥の囀りが庭から聞こえ始めた。


 それはまるで世界が急に切り替わった様で……


 彼女は目を瞑っていて、ゆっくりと目を開けると私を見つめて微笑んだ。


「ふふっ。見ーつけた」

 

 待ち焦がれた声と笑顔。

 考えるよりも先に、身体が動く。

 思い切り抱きしめると、応えるように私の胸へ顔を擦り寄せた。


「令嬢役をやられても……もう、私しか見えない魔法をかけました。自分勝手な恋人でごめんなさい」


 バツが悪そうに、でも仕方がないといった表情で私を見つめる彼女。

 愛しくて、尊い存在。

 

 頬擦りをして、おでこ同士をつけた。

 

「そんな魔法……とうの昔にかけられてるんだから」


 引き寄せられるように唇が触れ、千回目のキスをした。


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