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好き


 普段なら夜が明ける前に目が覚めるのに、今日はいつもと少し違った。

 頭の中がふわふわとしてる。

 瞼は重く、カーテンの隙間からは陽の光が顔を覗かせている。


 うまく考えることが出来ず、隣にいる日向さんを無意識に探す。


 まだ仄かに暖かい布団。

 でも日向さんの姿はなくて、無性に寂しくなる。

 

 なんだか身体が軽いと思ったら、服を着ていないことに気がついた。

 胸元や首の近くには沢山の痕がついていて、昨夜の出来事を思い出す。


 昨日は確か……日向さんが買ってくださったお酒を仲良く飲んで……

 美味しかったこともそうだけど、私の料理を心から褒めてくださったことが嬉しくて、少し飲みすぎてしまったんだっけ。

 その後はよく覚えていないけど……

 沢山の愛情と、恍惚の表情をした日向さんの顔が心に焼き付いて離れない。


 日向さんの匂いがする布団を抱きしめて、足りないものを埋めていく。


 部屋に掛けてある日向さんの大きめのシャツ。

 日向さんでも合っていなかったサイズなので、私が着ると股上全てが隠れる。

 日向さんの匂いが強く感じられて、幸せ。



 顔を洗ってもふわふわしたまま。

 姿見で確認する、シャツ一枚の私。


 今の私を見たら、日向さんはどう思ってくださるだろうか。

 強く抱きしめてほしいな。


 胸元についた痕を指でなぞっていると、遠くからバイクの音が近づいてきた。

 家の前で止み、玄関ドアが開く。


 ふわふわが、ドキドキに変わっていく。


「あっ、雫。起こしちゃった? パン買ってき……」


 そう言いかけてパンの入った袋が床に落ちると、強く強く私は抱きしめられた。


「可愛すぎ。すっごく好みだよ」


 耳まで赤くなる。

 恥ずかしさと嬉しさで、動けない。


「可愛い顔してどうしたの?」


 抱きつくことが精一杯で、そんな私の背中を優しく撫でてくださった。


「ふふっ、おいで」


 朝も昼も夜も、沢山の愛を注いでくださる日向さん。

 そんな愛情を、降り始めた雨がこの部屋へと閉じ込めてゆく。


「雨の中のデートも好きだけど、雨だから部屋に籠もるのも好き。私と雫、二人だけの世界になったみたいだから」


 もう少しだけ……降り止まぬことを願いながら、優しく日向さんに包まれる。

 幸せが溢れて、好きな気持ちで溺れてしまいそう。

 だからだろうか……

 うまく声が出せなくて、頬ずりをして応える。


「いいよ、喋らなくても。雫の気持ちはちゃんと伝わってるから」


 身も心も委ねて、日向さんを感じる。

 おはようも、お帰りなさいも、それから、好きという言葉も伝えたいのに、声にならない。


「今日からGWだね。私も仕事休みだから……いっぱい、いーっぱい一緒にいようね」


 その言葉が嬉しくて、その笑顔が愛しくて、離さないという気持ちをこめて強く抱きしめた。


「ふふっ……そういえば、朝の挨拶も帰宅の挨拶もまだだったね。おはよ、雫。それから……ただいま」


 振り絞って出す一言。

 それは、私が今日発する最初で最後の言葉。


「…………好き」


 おはようのキスをして、お帰りなさいのハグをする。

 降り止まない雨は、次の日まで続いた。


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