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幸せを運ぶ雨


“日向さんへ。この手紙を読まれているということは、もうお昼時間でしょうか。今日は〇〇スタジオで収録と仰っていましたが、順調に進むことを願っています。お弁当には日向さんの好きなタコさんウインナーを入れました。当たりは中にチーズを入れておいたので、運試ししてみて下さい。早く会いたいです。 雫より”


「なにニヤニヤしてんの。それ、あの子からの手紙?」


(しおり)……人の至福の時間を邪魔しないでよ」


 彼女が渡してくれるお弁当には、毎回手紙が添えてある。

 本当はもっと伝えたいことがあるみたいだけど、私の仕事の邪魔になってしまうからと小さな手紙にしたらしい。

 今日は最後にタコさんウインナーの絵が描いてあり、その可愛さに思わず笑ってしまった。


「調べたけどあの子凄い子なのね。ピアノコンクールで何回も入賞してて書道も中学の時に文部科学大臣賞を取ってるよ? 生花と日本舞踊でも名前が載ってたし……大学で入学式の総代やったんだって。私の言ってる意味、分かる?」


「それはマネージャーの仕事じゃないでしょ? 栞が考えてること位、とうの昔に通り過ぎたから。私は雫が好きで……雫は私が好きなの。ふふっ、幸せだよね」


「アンタいつからそんなキャラになったのよ……まぁいいや。今年一年は女優の契約残ってるんだから、ヘマしないでよね。それお弁当? 美味しそう。一口貰おっかな」


「だ、だめっ!!」


「ヒナ……?」


「食べちゃだめ……」


 どうしよう……私、すごく情けない顔をしてる。

 でも仕方がない。

 雫が私の為に作ってくれたんだから……

 

 どんな顔で、どんな気持ちで作ってくれたのか、食べれば自然と浮かんでくる。


 他の人になんて、あげられないよ……


「まったく……そんな顔が出来るなら女優続けて欲しかったよ。ホント、可愛くなっちゃってさ」


「栞……」


「……夢中になれる人が見つかって良かったね、ヒナ。応援してるよ」


「うん……ありがと」



 ◇  ◇  ◇  ◇


 

 仕事が終わり外へ出ると、目の前には雨景色が広がっていた。

 思わず空を見上げ、いつも左側にあるはずの手を握ろうとして(くう)を掴んだ。


「傘持ってくればよかったなぁ……雫、心配してるだろうな……」


 雨は彼女の天気だから、自然と彼女を想ってしまう。

 …………早く会いたい。


 スマホで天気予報を見ていると、目の前に人の気配。

 雨脚は強くなり、傘に弾かれた雨音が私の目を誘導する。


「日向さん、お疲れ様です」


 恋する声が、雨音をかき消す。

 

「お迎えに来ました。間に合って良かったで…………ふふっ、どうしたんですか?」


 堪らず駆け寄って、その胸へ飛び込んだ。

 頬擦りをして、甘くて深いキスを繰り返す。


 深めにさした傘、私達だけの世界。


「どうして来てくれたの……?」


「…………どうしても、会いたかったので」


「……好き。大好き。私も会いたかったの」   

 

 強く、強く抱きしめると、彼女は私に負けない位の力で抱き返してくれた。

 

「ふふっ、もう離しませんよ?」


「うん……離れない」



 どんよりとした筈の雨粒が、淡く美しく色付いて見える。

 左手はもう、空を掴むことはない。


「ねぇ、このままデートしない? ティータイムには丁度いい時間だし。なにか食べたいものある?」


「そうですね……パンケーキなるものを食べてみたいですね。一体どんな品なんでしょうか……」


「ふふっ、じゃあ行こっか。美味しいお店知ってるの」


 お揃いのレインブーツ。

 小さな歩幅に合わせられる幸せを感じながら、どこまでも寄り添い合った。


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