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形のない素敵なモノ


「私、ホテルの朝食ビュッフェ好きなんだよね」


「びゅ…………びゅっふぅぉですか?」


「ふふっ、ビュッフェね。作られた並んでる料理から好きな分だけ自分で取るスタイルのことをビュッフェって言うの」


「ふむふむ、びゅっふぇ……」


「私ね、バジルとレモンの味のソーセージが好きなの。あとはしっかりと焼目のついた厚切りの── 」


 どんな料理があるのか、特に何が好きなのか。


「でね、焼き立てのクロワッサンが── 」



 そんなことを話した次の日の朝……



「おはようございます。ふふっ、寝癖さんが可愛いですね」


「おはよ……わぁ……雫、これ…………」


 カウンターに置かれた複数の容器達。

 その中身は、レモンバジルソーセージに焼き目のついた厚切りベーコン。それから、フワフワのスクランブルエッグ。

 容器達はさらに大きな容器に収まっていて、中にはお湯が張ってあり、アルコールランプで常に温められる仕組みになっている。

 容器との距離が調整されているようなので、適温になるよう工夫してあるのだろう。


 その横には、私の好きな野菜しか入っていないサラダ。

 食べやすく一口サイズに切られた果物。

 これは容器が氷水に浮かんで冷やされている。


 小さなバスケットの中には、たった今彼女がオーブンから出したばかりのクロワッサン。


 全て、私が好きだと言った料理達。



「これ全部一人でやったんだよね……?」


「はい。間に合って良かったです」


 ニコニコと微笑みながら答えてくれるけど……

 昨日一緒に寝たのが深夜の一時過ぎ。

 まだ六時間しか経ってないのに……


「ビュッフェなるものは見たことも聞いたこともありませんでしたが……私なりの解釈で表現してみました。少しでもお気に召して頂ければ……ひ、日向さん?」


 どうしようもないくらい愛しくて、壊れてしまうほど強く抱きしめた。

 

「寝てないんでしょ? 身体……壊しちゃうよ……」

 

「……ふふっ、大丈夫ですよ?」


 そう言って、優しく私の背中を擦ってくれる。

 私は……いつだって、彼女に貰ってばかり。

 好きだ好きだと言っているくせに、何もしてあげられていない。

 情けなくて、悔しくて、涙が流れる。


「ごめんね雫……私……雫に何もしてあげられてないや……」


 項垂れる私の手を引き、私が上になる形で彼女は私ごとソファへと倒れ込んだ。


 おでこ同士をつけ、優しいキスをしてくれた。

 

「私はたくさんのモノを日向さんから頂いてますよ? 今日だって……この料理を見たときの嬉しそうな顔でしたり……きっと、このあと日向さんは美味しいと言って下さります。そんな言葉の数々……口いっぱいに頬張る姿を想像しただけでも、胸の奥が温かくなります。仲良く一緒に食べる、その際の何気ない会話の一つ一つが、私にとっての宝物。あなたは私にたくさんの想い出と、優しい気持ち……それに、溢れてしまうほどの愛情を下さります。形あるものだけではありませんよ? むしろ……形のないもの程、素敵なモノだと私は感じています。それはきっと……与えてくれる人が、素敵だからなんですね」


 底なしの愛情と微笑みに、涙が止まらなくて……

 文字通り、彼女は私の涙を受け止めてくれる。

 私の瞳から流れた涙は彼女の頬へと垂れ、まるで……


「私が泣いているみたいですね。ふふっ、今日は涙まで頂いちゃいました」


「…………雫、大好き」


 私から目を瞑り、甘えるようにおでこを擦り合わせた。


 ◇  ◇  ◇  ◇


 沢山泣いたらお腹は減るもので……


「ちょっと盛りすぎたかな?」


「ふふっ。よく噛んで、沢山召し上がって下さいね」


「いただきまーす……んー、美味しい♪」


 私が皿に盛り付けている時も、口の中いっぱいに頬張っている時も、彼女は幸せそうな顔で微笑みながら見つめていた。


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