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春を告げる者


「今日は暖かいですね。いよいよ春が来るんですね」


 天気予報を聞きながら、彼女は庭を見つめている。

 桜の蕾が色づき始め、既に開花した梅からは春告鳥の鶯が軽快な声で鳴き始めた。

 季節を愛でるなんて、昔の私には無かった。

 知らず識らず彼女色に染まっている私。

 自分の中に彼女がいるようで、それがまた嬉しくもある。


「じゃあ……ピクニックにでも行く?」


「いいんですか? ふぇぇ、嬉しい……ポン助も連れて行っていいですか?」


「ふふっ、どうぞ」


 嬉しそうにポンちゃんを呼び、お手製の服を着せ始めた。

 フード付きで、耳の部分は開閉式になっており、耳を出しながらフードを被ることが出来る。

 アライグマのアップリケが施された、世界に一つだけの服。

 着せている雫も、着せられているポンちゃんも、ふたりとも可愛くて愛しい。

 私の大切な家族。


「うん、ピッタリ。ポン助、今日はみんなでお出かけしようね」


「ふふっ、じゃあ行きますか」


「二十分待ってください。お弁当を作りますにゃ」


 猫のエプロンを付けて、猫の手ポーズをする彼女。

 堪らず抱きしめてしまい……お弁当が出来たのは一時間後になってしまった。


 ◇  ◇  ◇  ◇


 車で一時間、以前ロケで使用した人気のない山にある自然公園。 

 芝生広場にある大きな木の下にレジャーシートを敷いた。

 お弁当の匂いに釣られ、私とポンちゃんは待ての状態。


「ふたりとも待ってて下さいね。これは……日向さんのお弁当です。ポン助はこっちだよ」


 自然の中、春の陽気を感じながら食べるお弁当は格別で……

 

「ふふっ、口元にお米がついてますよ? ふたりとも、よく噛んで食べましょうね」 


 穏やかな時間、思わず笑ってしまう。


「どうしました? なんだか嬉しそうですね」


「……幸せなの。ありがと、雫」


 もっと幸せだと言わんばかりの微笑みで、彼女は私を優しく抱きしめてくれた。


 ◇  ◇  ◇  ◇


 昼食後のんびりしていると、ボールが風で転がっていった。

 追いかけたポンちゃんは、ボールを口に咥えて私の所へ持ってきた。

 手を擦り合わせ、遊んで欲しいとおねだりをしている。


「ふふっ、ポンちゃん可愛いなぁ……あっ……」


 思わず出てしまったその言葉に、彼女が反応した。

 私の膝の上で横になり、顔を真っ赤にして私を見つめている。 


 可愛すぎる、恥ずかしがり屋の甘えん坊さん。


「しーちゃんも甘えたいの?」


 私の服の袖を掴んで小さく頷く姿が、この上なく愛しい。

 

 そのまま抱き寄せて、芝の上で抱き合いながら寝転がる。

 いつもと同じ、私が彼女を覆う形。


 目と鼻の先、蕩けた顔の私達。


「日向さん……」


「なぁに?」


「誰も……いませんよ……?」


 花信風。春の匂いとともに、大好きな彼女の匂いが駆け巡った。


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