母との頬擦り
晴さんとゆっくり過ごすお正月休み。
年末の大晦日に体調を崩してしまい……ここ数日、晴さんは私になんでも与えてくれる親鳥のようで…………私もその行為に少しだけ甘えさせてもらっている。
「お、重くないですか?」
「ふふっ、全然」
朝起きてからはずっとお姫様抱っこ。
申し訳ないし恥ずかしいけど……あなたのお姫様になれるならと、耳まで熱くさせながらあなたの胸に顔を埋めている。
「お姫様、何がご所望ですか?」
「あ、あまりその気にさせないでください……」
「ふふっ、今だけは……お姫様になってよ」
「…………では、その………口付けを」
「ご所望通り」
どこまでも甘い口付けで、ふわふわと夢現。
当然物音なんて一つも聞こえていなくて……だらしない私の夢を現のリビングで見つめていた彩ちゃん。それにお父さんとお義母さんが……音を立てて真っ赤になっていく私の瞳に映っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「そもそもが退廃的過ぎる。松の内にその様な腑抜けた──」
かれこれ三十分は叱責しているお父さん。
晴さんは私の後ろから覆いかぶさるようにくっついて、私の耳を塞いでいる。
「そういうことを止めなさいと今言っているだろう……」
「ふふっ、イヤです。こうでもしないとまた倒れるまで私に尽くしちゃうから」
「パパ、PDAの化身に何を言っても無駄だよ。諦めな」
「…………そうだな」
彩ちゃんの言葉に宥められ、鼻で笑うお父さん。晴さんはPDAがどんな意味か気になるようで彩ちゃんに問い質し、彩ちゃんはお父さんの真似をして鼻で笑いながら口を閉ざしている。
PDA……Public Display of Affection.
それは、人前でイチャイチャするカップルの意。
そんな白眼視される言葉すらも嬉しく思ってしまうのだから……彩ちゃんの言う通り、何を言っても無駄なのかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇
「雫さん、改めて……明けましておめでとう。はい、どうぞ」
お義母さんから渡された平袋には、私の好きなりとらぶのイラストが。裏面には“雫”と書かれている。
「あ、あの……これは?」
「ふふっ、お年玉」
「も、もらえません!! その……私も大人ですし……」
「でも私達の子供でしょ? 雫さん、これはあなた自身の為だけに使って欲しいの。分かるよね?」
「母さん、私と彩にはないの?」
「ふふっ、あげないよ。晴にも彩にもお母さんとして沢山のことをしてこれたけど……雫さんにはまだ全然お母さんが出来てないから。だから──」
晴さんから私を引き離し、強く強く抱きしめてくれたお義母さん。
懐かしい……母の温もりに、涙が流れていく。
「晴だけじゃなくて、私にも甘えてください」
「…………はい」
小さく抱き返すと、小さな子供にするように頬擦りをしてくれた。きっと……お母さんがいなくなった十歳の私へ向けての頬擦り。
八歳になった頃、臥せることが多くなったお母さんを見て……しっかりしなければと何度も心に言い聞かせていた。
だって、お母さんを安心させたかったから。
でも……本当にしなければいけなかったこと、したかったことは……今なら分かる。
頬擦りしてもらうんじゃなくて…………私からもっともっと、甘えなければいけなかった。
「ごめんね……お母さん…………」
私の涙……それに、お義母さんの涙の接点で交わす頬擦りは……十歳の私から繋がる……母二人との頬擦り。
◇ ◇ ◇ ◇
大変しんみりしてしまったので、彩ちゃんが気を利かせて「散歩でもしてきな」と言ってくれました。
お言葉に甘えて、晴さんと暫し散歩中です。
でも切り替えることが苦手な私は、先程のことをずっと考えている。
“自分の為だけに使って”
そう言われたけれど、どうしたらいいのか分からなかった。あなたと出会ってからは、全てあなたの為に何かしたかったから。
だから周りが見えなくて、自分のことすら見えなくて……体調を崩してしまった昨年末。
自分の為……そう考えれば考える程──
「ふふっ、すごく可愛い顔してる。どうしたのかにゃ?」
「…………す、好きです」
「私もだーいすき♪」
大好きなあなたの笑顔が見たいから、あなたの為に生きていくことは変わらない。それに……嬉しくておかしくなってしまいそうだけど、きっとあなたも同じなんですよね。
だから……あなたの為に、皆んなの為に、これからは私がしたいことも探して……もっともっと、幸せを抱きしめていきたい。
ふと立ち寄ったコンビニエンスストア。いつものように自然とあなたの好きなお菓子売り場へ足が向かい……私がしたいことが見つかった。
「わ、私……ちょっとだけ悪い子ちゃんになります」
「悪い子ちゃんって………ふふっ、そういう意味かぁ」
シガレット型の砂糖菓子を手に取って、レジへ向かう。恥ずかしくて耳まで赤い感覚。それと同じくらい……ドキドキしてる。
上京後、生まれて初めて自動販売機で飲み物を買った時に似ていて……全然そんなことなかったけど、大人の仲間入りをした気になった19歳の私。
「ふふっ。ねぇ雫、それ買ってどうするの?」
「…………ごっこです。ごっこですけど……いけないこと、しちゃいましょうか」
いけないことをしたい訳じゃないし、きっとそのいけない世界を知ることは、アダムとイヴの禁断の果実と同じなんだとは理解している。
でもこれは……どちらの世界も交わらない魔法のお菓子だと、密かに胸を躍らせながらいつも横目に眺めていた。
帰り道、公園の遊具にもたれ掛かりながら咳払い。恥ずかしくて……でも背伸びしたくて、胸ポケットにしまったシガレットケースから一本手に取って、はにかみながら咥えた。
「ふふっ、なんだかドキドキしちゃいますね。晴さんも……一服しますか?」
「もー……誑しなんだから。この色事師め」
「ち、ちがいま──」
シガレット菓子ごと唇を塞がれて、繋がるその真ん中で混ざり合う。
背伸びした、ホロ苦いココア風味とハッカの香り。それに……自分の為に買った筈なのにするあなたの味に、顔が綻んだ。




