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螺旋階段


 久々の東京おまちデート。

 ハロウィン一色だった東京のお飾りも、日を跨げば不香の花模様。

 晩秋、少しずつ色付き始める銀杏並木を見上げ吐息が漏れると……あなたは私を抱き上げてくるくると回転し、優しく唇を塞いでくれた。


「は、晴さん……見られちゃいます……」 


「ふふっ、ここ撮影で使ったこと何度かあるんだけど……私の記憶全部雫で上書きしてるの」


 秋はテストステロンが一番多く分泌され判断力を鈍らせるから……なんて言い訳を考えては首を横に振り、あなたの記憶を隙間なく埋め尽くすように、深く深くキスをした。


「……ふふっ。ねぇ、映画観に行かない?」


 そう言ってあなたはとある映画館へ案内してくれた。

 多くの人で賑わう待ち合い所……その中央には大々的に映し出されたポスターが一つ。

 2015年上映 日向晴主演 “螺旋階段”

 十年前、嫩葉な美しいあなたと対面し……顔が赤くなる音が鳴り止まない。


「ねぇ、今の私とどっちが可愛い?」


 無垢に微笑むあなたは私が困ることを承知で……キャラメルポップコーンの香りと人々のざわめきに紛れ、あなたに強く抱きついた。 


「…………全部、全部好き」


「もー……そうやって誑かすんだから」


 満席の館内。

 最近はリバイバル上映なるものが流行していて……取り分け、この“螺旋階段”は連日人気を博している。

 近世日本、偽勅に踊らされながも開国と佐幕の間で闘う女武者の物語。

 両派をも止めた今際の姿は、日向晴の名を一躍広めた語り継がれる名演技。

 皆……この場面を、日向晴を求め観に来ている。

 あなたはこんなにも世の中から……求められている。


【双方……会津はさざえ堂の……渦巻く(きざはし)を見よ。あれは……人世そのもの……だ】


 腹に鉛玉が撃ち込まれ、背中を刃で斬りつけられても尚、膝を付くことなく立ち続ける。

 女武者の最期、その立ち往生に……幾度結末を知ろうとも、皆涙を流している。


【……螺旋の踏板、それは先人達が歩み続けて来た道。汝等が立っているその板は……先人達から継ぎ……後人へ繋いでいかなければならない。渦巻く階を見下ろせば……汝等の心に付く御爺様(おとっつぁん)御嫁々様(おっかさん)が手を差し伸べ背を押してくれる。見上げれば……稚児蘭玉が莞爾(かんじ)として汝等に手を振っている。なれば…………なればこそ、汝等が今すべき事は死ではない。渦巻く階のその先が……日和であるように、歩み続ける事だ。知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず……泰平の…………尊し…………咲顔の為…………皆……繋げ…………】

 

 そう……繋いでいかなければいけない。先人達から託された……沢山のものを。

 いけないのに……私は何を……どう繋いでいけば……駄目だよ……泣いたって晴さんを困らせちゃう……


 終映後も涙が止まらなくて……晴さんは何も言わず優しく手を握り、駐車場まで添ってくれた。


「…………晴さん、私の頬っぺを思い切り叩いてください」


「えっ!? な、なんで?」


「私の気が済まないからです。お願いします」


 情けない私を律してもらう為歯を食いしばると……晴さんは人差し指に唇を付け、その指を私の頬へと優しくも強く押し当て……間抜けな私の声と共に、車のエンジン音が鳴り始めた。

 

「……ねぇ、買い出しにいこっか」


 ◇  ◇  ◇  ◇


 おまちにあるお洒落なスーパーマーケット。

 お値段も空気感も私には分不相応な場所で、冷静になった私は先程の醜態が恥ずかしくなり、あなたの肩に隠れて歩いている。


「もうすぐ終わっちゃうし……せっかくなら何か秋を感じられるものが食べたいにゃ。雫、何かない?」


「そうですねぇ……」


 自然と記憶を辿りあるものが二つ浮かんで手に取ると……再度あなたの肩へ隠れ、少し背伸びをしておまちの空気と触れ合った。


 ◇  ◇  ◇  ◇


「さてさて、何を作ってくれるのかにゃ?」


 食い気味に私を見つめる晴さん。 

 気味と言わずに……なんて、はしたなくも目を瞑ると、おでこ同士を重ね合わせたあなたは頬を赤らめて、愛らしくも困った表情をしていた。


「……今はダメ。我慢出来なくなっちゃうからイジワルしないで?」


 そんなつもり……有ったのか無かったのか、只々顔が火照るばかりで……声を出したらおかしくなってしまいそうだったから、小さく頷いて手元に集中した。


「そ、その……きょ、今日は秋刀魚と長芋を使いたいと思います。秋刀魚は七輪で焼き、長芋は短冊サラダと薯蕷汁(とろろじる)にします。どちらも本来の味……秋を味わえるのではないかと思いまして」


「ふふっ、美味しそう……あれ、なんで秋刀魚の頭と尻尾を楊枝繋げてるの?」


「母が昔からこうして焼いてくれて……こうすると美味しく焼けて骨が取れやすいんだよ、と教えてくれました」


「じゃあ忘れない内にメモしとかないとね。こうして丸めて焼くと美味しく……」


 嬉しそうにメモ帳に記す晴さん。

 七輪の形が丸いから均一に火が通るように……なんて説明したけれど、「私はこの理由でいいの」とニコニコしながらメモ帳を見つめていた。


 薯蕷汁の準備……擂鉢で長芋を擂りながら、時折お出汁を中へ入れる。晴さんはその役をしてくれて、「いいですよ」と私が言えば、楽しそうにお出汁を入れてくれる。

 そんな愛しくて堪らない時間。待ちきれなかったあなたと……十数年前の私が……繋がっていく。


【「ねぇ(おかあさん)、入れてもいい?」】


 自然と……私とお母さんが繋がっていく。


【「ふふっ……いいよ?」】


 思わず出てしまった友達口調と、何故か沸き起こる高揚感に耐えられず俯くと……

 あなたは私の顎を指で掬い、唇を重ね合わせてくれた。

 慈愛に満ちたあなたの笑みは……生涯、忘れません。


「ふふっ。ほら、繋がった」


 手袋もエプロンも、全てを投げ捨ててあなたへ抱きついた。

 あなたの目には……きっとこうなると、見えていたんですね。

 人の世が螺旋階段ならば……私は一歩ずつ、あなたと共に登っていく。

 時には私が手を取って、時にはあなたが背を押して……ふふっ、何時までも傍にいましょうね。

 

 ◇  ◇  ◇  ◇

 

 次の年もその先々も……秋になるとメモ帳を見ながら楊枝を使い秋刀魚を丸くする晴さん。

 くるくると円を描く秋刀魚。

 母から私へ。そして……私からあなたへと。螺旋の様に、繋がっていく。


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