めんこくて申し訳
「おーっす、彩ちゃんだよー」
「ふふっ、いらっしゃいませ。今焼き菓子が出来た所なんです。味見しますか?」
「するする。聞いてよ雫── 」
今日は妹の彩ちゃんが遊びに来ています。
何故か晴さんが不在の時に訪れることが多く、聞くと「晴姉がいなさそうな日に来ている」そうです。
「雫、また可愛くなったね」
「いいえ、気の所為ですよ? 私はお芋さんですから」
私の周り……とりわけ晴さんの周りには素敵な方々が沢山いるので、勘違いしないように心掛けている。
田舎育ちの芋臭い私。
初めて彩ちゃんと出会った時に言われた素直な感想が、本来の私なのだから。
否定すると晴さんは怒るけど……そんな私だから今ここにいられるのだと思うと、そんな私が少し好きになれる。
「芋は芋でもさ、今の雫はシンシアだよ。ふふっ、なんかめっちゃお洒落じゃない?」
その微笑みが、愛らしい。
こんな私でも少しずつ成長出来ているのなら……無骨な男爵芋からシンシアになれただろうか。勿論これは例え話で、男爵芋は美味しくて素晴らしいお芋さんです。
「ねぇねぇ雫、これ見てよ」
彩ちゃんはよくスマホで数十秒程の短い動画を見せてくれる。流行り廃りに疎い私は、こうした機会に少しでもトレンド?なるものを更新している。
それは、何度か見たことがあるような踊っている動画。違いはよく分からないけれど……
「この曲流行ってるんだよ」
「ふぇぇ、成る程……軽快で可愛らしい曲ですね…………ふむふむ、曲名は……めんこくて申し訳?」
「せっかくだしさ、雫もちょっと踊ってみたら? 晴姉に送っとくから」
「で、ですが……」
「晴姉喜ぶよ?」
◇ ◇ ◇ ◇
というわけで一通り練習してみましたが……
「恥ずかしくて死んでしまいそうです…………」
「いやー、良いもの見れた。お、もう既読になってる。早いなぁ……あざと可愛いのも雫似合うよね」
「あざと可愛い……ですか?」
「教えるからさ、晴姉が帰ってきた時に見せてあげようよ」
◇ ◇ ◇ ◇
「ただいま雫── 」
「お、おかえりなさい」
彩ちゃんに言われた通り、あざと可愛いなることに挑戦です。「絶対に晴姉喜ぶから」と言われたからには、やらないわけにはいきません。
晴さんがいつも着ている服を拝借し、彼シャツ?を実践です。
サイズ感の違い、大きめのシャツ。
ぎりぎり下着が隠れそうだったので、シャツ一枚でズボンも靴下も履いてません。
毛先が巻かれた髪の毛はふわふわとし、左手薬指の爪の色はあなたの好きな水色で染まっている。
あなたの靴を揃えるフリをして、胸元を見せるようにわざと屈む。
そのまま上目であなたを見つめて、愛らしく微笑んだ。
それから、動画内でみんながやってた格好で……
「め、めんこくて申し訳っ♪」
一秒にも満たないその僅かな間に、後悔する私。顔は宛ら瞬間湯沸かし器のようで、涙は崩落寸前。
そんな私を無言でお姫様抱っこし寝室へ連れ去るあなた。
「あ、彩ちゃん!? 思ってた反応と違う気がするんです── 」
「やり過ぎだったかな? ホント、めんこくて申し訳〜」




