取り返しのつかない失敗の話
凱旋パレードを抜け出すパターン多いけど、抜け出さないとやばい設定だからねと思って浮かんだ。
「自分がこうして国の英雄になれたのも幼い時に死に掛けた自分を助けてくれた人が居たからなんだ……」
普段無口な勇者が涙を流しながら言葉を漏らす。
話は数時間前に遡る。
無事に魔王を討伐して、凱旋の途中で勇者が立ち止まってある方向に視線を向けた。
「お、おいっ、勇者」
凱旋パレードを離れようとするのを仲間たち全員で止めようとしたが、
「放せっ!! あの人が居たんだっ!!」
暴れ出したのを無理に押さえ込み馬車に戻し、何を見付けたのか分からないが、用件があるのなら王宮に従者を通して代わりに捜してもらうからと納得させた。
それに関しては最後まで抵抗した。そして、渋々聞き出したのは。
「黒髪。青目の少年のような人が花屋の辺りにいた。その人に会わせてくれ」
と言い出したので、王城の使者に頼んで探してもらうように連絡をした。
凱旋パレードはその後恙なく終わり、王城に連絡をして、その黒髪青目の少年のような人を連れて来てもらったのだが。
「何だこれ………」
勇者の目の前には黒髪……時折一見黒に見える紺色とか灰色の髪の女性陣。目の色も青い目も含まれているが、青に見える紫とか、緑色とか微妙に違う者たちばかり。
なにより。
「少年の様なという基準満たしてないじゃないか……」
何処からどう見ても女性。
「くそっ!!」
舌打ちをして苛立ったように城を出ていく勇者を流石に止めることが出来ないので慌てて後をつけていく。
勇者は花屋のある場所に行き、誰かを探すように辺りを見渡して、見つけることが出来なかった悔しさに拳を壁に叩き付けた。
「ゆ、勇者……」
思わず呼び掛けると視線だけで殺されるかと感じるほどの殺気の籠もった目で睨まれて、
「お前の……お前たちの所為で……」
首根っこを掴まれて、宙に持ち上げられた。
「せっかくあの人に再会できると思ったのにっ!!」
慟哭したような声を上げて、持ち上げていた手がすぐに降ろされる。
「いや、違う……俺が行けばよかったんだ……」
親を喪った子供のように悲しげな響き。
詳しい話を聞こうと思って、取り敢えず酒場に連れて行く。そこで冒頭の言葉だ。
勇者は……まだその頃は勇者と呼ばれていなかったその子供は、化け物と呼ばれていた。
母乳を与えようとした母の乳首をかみちぎり、泣き喚いて手足を動かして壁を破壊していく。
そんな赤ん坊を可愛がれと言われても土台無理な話で、恐怖のあまり周りの人たちはその子どもを放置した。
放置されていても子供はすくすく育ち、それが余計周りの者たちを恐れさせた。
そのまま育っていたら【化け物】のままだっただろう。
「君。どうしたの?」
ある日。魔物の大量発生で困っているからと冒険者に依頼をしたらどう見ても若すぎる少年……子供がやってきた。
村人たちは依頼料の半額を溝に捨てることになるのかと、こんな子供しか依頼を引き受けてくれなかったのかと溜息を吐いていたが、子どもは見た目通りの子供ではなく。優秀な魔法剣士であっという間に魔物を一掃してしまった。
誰もが信じられない状況の中。村人から遠く離れて様子を見ていた化け物に気付いて声を掛けた。
「冒険者さま。その化け物に近付かないでください」
村長が慌てて引き留めようとするが化け物が怖くて近付かない。そんな村長と村人の様子を見て何かを察した彼は、
「依頼料の残りのお金はいりません。だけど、代わりにこの子をもらいます」
と連れ出したのだ。
「あの人はすごかったよ。俺が制御できずに多くの人を怪我させていた力を軽くあしらって、制御方法を教え、言葉も、文字も一から覚えられるようにしてくれた」
あの人が居なかったら自分は【人間】になれなかっただろう。
「魔王と対峙した時にあの魔王はあの人に会えなかった自分ではないかと思えてな……」
同情したが、だからこそ終わらせてやりたかったと自嘲気味に笑う。
「で、その……恩人? とはなんで別れたんだ?」
仲間の一人が尋ねると、勇者から怒気が伝わってくる。
「勇者に選ばれた時だ」
かの人のおかげで冒険者としてやっていけるようになったある日。魔王が出現したという話が伝わった。
その時はまだ他人事だと思ってあるダンジョンに挑戦していたのだが、そのダンジョンの底に勇者の剣があった。
「ダンジョンマスターを倒した者が勇者になると言うことであっという間に勇者になった。その際に、少年の姿をしているあの人を何者かが若い姿のままなのはおかしいと言い出してな」
冒険者としていろんな人を助けてきたのに石を投げてくる者たちに彼は困ったように笑っていた。
そんな彼への誤解がとけたのは、誰かの投げた石が彼の顔を傷付けて赤い血が流れた時だった。
「魔物の血は青とか緑とか黒だしな」
赤い血が流れた時点で彼は普通の人間だった。
『いつでも君を見守っているよ』
と、言葉を残して彼は去って行った。
「実際に見守っていたんだろうな。何度か全滅するんじゃないかという危機に何かが起きて敵の注意がそれた隙に逃走できたし、回復アイテムが足りないと思ったら補充されていることもあった。たぶん、あの人だ……」
どうして会ってくれないんだろうと涙目になって机に伏せてしまう。どうやら疲れもあり限界だったのだろう。それにしても酔うことはあっても限界を迎えるまでになるなんて初めて見たな。
「部屋で休みますか?」
気さくなオーナーが声を掛けてくれて、確かに勇者を連れて帰るのは大変だったのでその言葉に甘えて一泊することにした。ここが宿屋兼酒屋でよかった。
さて、部屋に運ぶのが大変だなと思っていたら。
「運ぶの手伝いましょうか」
宿の客だろうか。夜食の皿を返しに来たタイミングで声を掛けてくる。
「あっ、お構いなく」
勇者の顔を知られているのだ。後で何かに巻き込まれたら困ると思っての断り文句だったが、酔って倒れている勇者の腕が伸びて、その客の腕を掴んで離さない。
「これは……」
断りたいのに断れない状況にしてくれて………と勇者に文句を言いたくなったが、仕方ない。全身フードで姿が見えないが、小柄な人に勇者を運ばせるのも大変なのにと思っていたら。彼は魔法使いのようで軽減魔法という珍しい魔法を使ってあっという間に勇者を部屋に運んでしまった。
「ありがとうございます……」
「いえいえ」
お礼を告げるとその客も頭を下げる。その際被っていたフードがずれて、黒い髪が見える。
「んっ?」
童顔なのか子供のような顔立ちが見えて、青い目がはっきりと……。
もしかしてと思って引き留めようとしたが一歩間に合わず、彼は消えてしまった。酔いが一気に醒めて、店員にさっきの客を尋ねようとしたら夜間の仕事の依頼で出ていったと言われる始末。
その騒ぎの間に酔って沈んでいたはずの勇者が何故か酔いを醒まして起きて来て、
「師匠だ……」
と嘆いたのだった。
本当に見守っているのかよ。というか逃がしてしまった。
という自分たちの失敗を悔やむのだった。
この後も追いかけっこは続く




