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97・歪んだ愛に堕ちてゆきます

 そうして、ヴォルドレッドと二人きりの生活が始まったものの――


「ミア様、お茶が入りました」

「ええ、ありがとう」


 彼がお茶を運んできてくれて、ティーカップを口元まで運ぶと、ふわりといい香りが鼻孔をくすぐる。

 私は、彼が用意したこの館に閉じ込められているものの、身体を拘束する魔道具は外してもらった。今ではこの館の中であれば自由に行動できる。

 

 ヴォルドレッドが淹れてくれるお茶はいつも、濃いのに渋くなくて、すっと芯まで沁みるように身体を温めてくれる。その味を堪能しながら、思う。


(……めっっっちゃくちゃ、快適)


 おかしい。私、攫われて閉じ込められているはずなのに。


 だってこの生活、毎日三食昼寝付き。それどころかアフタヌーンティー付き。しかも、彼が作ってくれる食事は美味しいだけでなく、健康バランスまで完璧に考えられている。


 閉じ込められる生活なんて暇かと思いきや、このお屋敷の中には書庫のような部屋があり、私好みの本が大量に用意されていた。今まで聖女の役目やら、魔竜やらルディーナの件やらで忙しかったので、毎日ゆっくり、好きなだけ本が読める生活はめちゃくちゃ楽しい。ヴォルドレッドめ、私の好みを把握しすぎだし、用意周到すぎる。一体いつからこの計画をしていたんだろう?


「お茶菓子のスコーンは、先程焼いたばかりのものです。本日は、ブルーベリーのジャムとクロテッドクリームを添えております」

「……あなたは、私を駄目人間にしたいのかしら」


 美味しいお茶にお菓子、面白い本。聖女の仕事も忘れて毎日こんな生活に溺れていたら、かなり堕落した人間になってしまうだろう。


「ええ、是非なっていただきたいものですね」

「肯定するんだ……」

「ミア様がどれほど駄目人間になろうとも、私にとっては変わらず愛おしい御方ですから。あなたが他の人間から見放されるほど堕ちてくださったら、大変喜ばしいです」

「なんなのよ、その歪みきった喜びは。もっと健全なことで喜びなさいよ」

「ミア様への愛が、私を歪ませるのです。……あなたを、蜜に漬けるようにドロドロに甘やかして、徹底的にお世話して、私の存在なしではいられないようにして差し上げたい。私はあなたの手足、いえ、あなたの心臓になりたいのです」

「せっかく恋人なんだから、わざわざ臓器になりたがる必要がないでしょ」

「……ふふ。またそのような可愛らしいことを言ってくださる。あなたは私の心を奪う天才ですね」

「可愛いことを言ったわけじゃないわよ、あなたのおかしな発言に、ストレートにツッコんだだけ」

「ミア様の口から零れる言葉は、どのようなものでも私にとっては最上に可愛らしく――、っ」


 そこでヴォルドレッドは、ピクリと何かに反応した。


「どうしたの?」

「……いえ。少々よからぬ気配を察知しましたので、斬り刻んできます」

「待って待って。それって、私を探しに来た人達とかじゃないわよね?」

「大丈夫ですよ、『人』ではありませんから」


 ヴォルドレッドはそう言うと、部屋を出ていってしまう。


(『人』ではないということは……)


 その言葉だけで誰が来たのかわかったが、念のため私も意識を集中させ、周辺の気配を探ってみる。そして、ヴォルドレッドの様子を見に行くことにした。……私は閉じ込められているというか、自分の意思でここにいるわけであって、出ようと思えば聖女の力を使って、いつでも出られるのだ。


 様子を見にいくと、不安は的中し、ヴォルドレッドと来訪者……というか来訪ドラゴンが戦っているところだった。


「ヴォルドレッドよ、ミアの騎士であり恋人だからといって、ミアを独り占めするとは卑怯ではないか。ミアは我が認めた、我の主人だ。我は、ミアがいないと寂しい!」

「そうですか、それがなんですか? あなたが寂しかろうが、ミア様の平穏を乱していい理由にはなりませんので。迷惑な邪竜は、とっとと消滅してください」

「我は迷惑な邪竜ではなく、伝説の魔竜だ。それに、自分のことを棚に上げてよく言うな。ミアを攫った貴様は、ミアの平穏を乱していないと言えるのか?」

「私はミア様の平穏をお守りするために、彼女を隠しているのです。邪竜め、今日という今日こそ埋めてやろう――」

「はいはい、ストップストップ」


 ヴォルドレッドがリューを斬ろうとしたところで、後ろから声をかける。


「やっぱりあなただったのね、リュー」


 私を探しに来る、人ではない存在といえば、こいつしかいないだろう。


「ミア様、部屋にいてくださいと言ったはずですが」

「だってリューは不死なのよ? 戦ったところで、不毛じゃない」

「おお、ミア! お前がいなかったから、我は寂しかったぞ」

「あなたくらい長寿なら、数日間なんて一瞬でしょう」

「たとえ数日間であっても、お前の姿が見られないのは、心が渇くのだ」

「邪悪な竜はそのまま渇ききって、干からびてしまえばいいものを」


 ヴォルドレッドは殺気を全く抑えないけれど、私は構わずリューに語りかけた。


「それにしてもあなた、よくここがわかったわね」

「我はお前の従魔だからな。お前のことはわかるさ」


(そういえば、私がフローザの身体になったときも、リューは来てくれたものね)


 タチの悪い魔竜ではあるが、わりと役に立つこともあるのだ。


「まあ、せっかくここまで来たんだし、少しくらい話しましょう」

「ミア様、そいつを屋敷に入れるのですか?」

「ええ。話し相手くらいにはなるし」

「話し相手なら、私がいるでしょう」


 そうだけど、リューなら私がいなくなった後の王都の現状などを知っているだろうし、今どうなっているかなどを聞いておきたい。ヴォルドレッドと二人だけで暮らしながらも、王都のことが気にはなっているのだ。ここは山奥で、外には出られても、街では今どうなっているのかわからないし。……というか、ヴォルドレッドはきっと誰にも行き先を告げていないのだろうから、リースゼルグや騎士団の人達だって私達のことを探しているんじゃないかと思うし。


「私は私の好きにさせてもらうわ。ヴォルドレッド、あなたはそんな私が好きなんでしょう?」

「はい、愛しています」


(即答……)


「そ、そう。じゃあ、私はリューと部屋に行くからね」

「……それがミア様のご意思であれば、かしこまりました」


 そんなわけで、リューを連れて自分の部屋に戻る。

 リューは私の部屋を見回して、愉快そうな声を出した。


「菓子に、本。ずいぶん寛いでいるな、ミア」

「まあ、それは認めるわ。彼と二人での暮らしは、想像以上に快適でね」

「お前が心地よく暮らしているのであれば、それはいいことだ。だが」

「何?」

「ミア。本当に、あの男が好きなのか?」

「ええ、好きよ」


 即答してしまった。結局、私もヴォルドレッドと同類なのかもしれない。


(本人の前で言うのは、恥ずかしいけど……本人の前でなければ、案外言えるものなのよね)


「あれは厄介な男だぞ。外見は美しいが、毒のある花のように、徐々に蝕まれていく類のものだ」

「厄介な男だってことは知っているわ。……というか、厄介だとか、あなたが言えることじゃないわよ?」

「まったく、お前は男の趣味が悪いな」

「だから、あなたも人のことは言えないでしょ。私を主だとか言って懐いているんだから」

「そう自分を過小評価するな、ミアよ。お前はとても魅惑的だ。我が最初にお前に従属した理由は強さだが、お前のその高潔な魂も、一歩間違えば甘さともなる危うい優しさも、ひどく惹きつけられてどうしようもないのだ。お前以上の女などいない」

「はあ、そう……」

「うむ。そうだ、ミア。いっそ我に乗り換えたらどうだ」

「は? 馬鹿じゃないの」

「そう一蹴することもないだろう。魔法の力さえあれば、我だって人型になることくらい可能で――」


 面白がるようにリューがそう言った、その瞬間……。


「ミア様を惑わそうとする邪悪さ……やはり邪竜ですね」


 ヴォルドレッドが、リューに剣を突き付ける。


「ミア様のご慈悲で屋敷の中に入れてやったが、ミア様を誑かすことは許さん。ミア様から離れ、早急にここから出ていけ。そして二度とミア様に近寄るな」

「まったく、余裕のない男だな。ミアに近付く者は誰かれ構わず威嚇して、まるで獣のようだ。そんなのでは、そのうちミアに捨てられるぞ」

「余計な世話だ。もう喋るな」


 ヴォルドレッドは窓を開けると、リューを投げ捨てるようにして放り出し、窓もカーテンも閉めた。そして、私に向き直る。


「ミア様」

「何よ。さっきの会話、聞いていたんでしょう? 私はちゃんと、あいつの誘いは断ったわよ」

「……ええ。ありがとうございます。好きだと言っていただけて、嬉しかったです」

「ちょ……そこから既に聞いていたわけ!?」

「はい。しかし愛の言葉であれば、あんな邪竜ではなく、私本人に向けて言っていただきたいものですが」

「そ……そういうの、直接言うのは、照れるのよ。性に合わないの」

「ええ。そんなところも、たまらなくお可愛らしいです」

「な……」


 私を映す紫の瞳は、どこまでも甘い。


「……あなたをこうして閉じ込めて、私だけのものにしておけるなんて。幸福で胸が震えます」


 さっきまで、リューと馬鹿なやりとりをしていたというのに。……こうして彼と見つめ合っていると、なんだか簡単に甘い空気になってしまう。


 ……ヴォルドレッドは私を「閉じ込めている」なんて言うけど。それは彼が、責任の所在を私にしないために言ってくれているだけではないのか。


 だって私は、自分で望んで彼の傍にいる。

 攫われたとか、閉じ込められているとかじゃなく。今の私達は、ただ一緒に暮らしている恋人同士、ではないのだろうか。……二人だけの家で一緒に暮らしていると、まるで夫婦になったかのような錯覚にすら陥る。


 もし、私が聖女ではなかったら。

 何かと戦ったりせず、こんなふうに穏やかに、彼に守られて暮らす生活もあったのだろうか。


 ……馬鹿げた夢想だ。そもそも私が聖女でなければ、出会ったときに彼を助けられなかった。


「……私は、あなたみたいに簡単に愛を囁いたりできないのよ」

「……私も。簡単に言っているわけではありませんが」


 彼の手が、こちらに伸ばされる。私はそれを避けない。長い指が、包むようにして私の頬に触れた。


「……ミア様。あなたに触れるとき、いつも微かな戸惑いを感じます」


 触れられる手は温かいのに、仄暗い想いが伝わってくるみたいで――ドクンと胸が音を立てる。


「私などがあなたに触れていいのかと思う気持ちと、もっと触れて、全て私のものにしてしまいたいという気持ちがせめぎ合い、不可解な模様を描くように。……それでも、触れずにはいられない」

「……そんな、自分を卑下するようなことを考えていたの? 『私などが』なんて」

「あなたが眩い光だとすれば、私は闇でしょうね。どれだけあなたに照らされても、あなたと同じものにはなれないのです」

「そもそも、私は光なんかじゃないし。あなただって別に、救いようのない闇ってわけじゃないでしょう」

「私の手は、血で汚れているのに?」


 彼は従属の呪いによって、暗殺を命じられたことがある。

 今、優しく私に触れているこの手は、人の命を奪ったことがある手だ。


「それはあなたのせいではないと、言ったはずよ」

「そうですが……これからもそういられるかは、わかりません」

「どういうこと?」

「呪いがなくたって……私は、あなたを害する者がいれば、いずれ本当に殺してしまうかもしれません」

「――――」


 私だって、自分やヴォルドレッドを殺そうとする者がいれば容赦しない。

そもそも私も、彼を蹂躙する者は許せなかった。私は、フェンゼルの前国王を殺しかけたのだから。殺してしまうかも、なんて物騒な言葉だけど、「あなたを害する者がいれば」という前提がある以上、それは正当防衛だと思う。


 だけど――

 ヴォルドレッドには、私を害さない者であっても、私に近付く者には斬りかかってしまいそうな危うさを感じる。……その感情の名は、独占欲だろうか。それとも、愛だろうか。


 苛烈で、重い愛。人によっては、受け止めるのが苦しいと思ってしまうのかもしれない。

 それでも……私はそんな彼のことが、好きだ。


「あなたという光の隣にいても、私が完全に闇から抜け出せる日は訪れないでしょう。……それでも、ミア様。私は、あなたを愛しています。この世の、他の誰よりも、私が最もあなたを愛していると誓えます」


 ぞくりと、背が震えるほど艶めいた声で囁かれて――

 ベッドに背が沈み、彼を見上げる態勢になった。

 頬に触れていた手が私の髪に触れ、その下の耳にも触れる。


「ミア様。――永遠に、あなたを私だけのものにしてしまいたい」


 紫の瞳は、私だけを見つめる。まるで、世界に他のものなど必要ないと言うかのように。背は震えるのに、身体は熱を帯びて、どうしようもなく抗えなかった。――抗う気が、なかったのだ。


(……私も、あなたを愛しているから)


 こちらへと降りてくる唇を、私は拒まず、瞳を閉じた――

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― 新着の感想 ―
だめだこりゃw
ヴォルドレッドを受け入れてるし、多分この生活も悪くはないのよね。 ただ、この生活に収まり切れないだけで
ようやくやってきた「毎日三食昼寝付き」の激甘レシピ!
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