94・夜会でのざまぁになります
あまりに予想外の言葉だったのか、ジュリアさんは目をぱちくりさせて驚く。
「もともと使用人として働いていたのですよね? それに、さっきお味噌汁を食べたときの感想からして、舌も確かそうですし。料理店で働くのに、向いているのではないかと」
「そ、そんな……大変ありがたいお言葉ですが、本当によろしいのですか」
私が推薦すれば、この店の料理長は駄目だとは言わないだろう。なにせ私、この店に資金やレシピを提供している、オーナーのようなものだし。
(とはいえ、同情心だけでっていうのは、よくはないか。実力はちゃんと確かめるべきよね)
私がこの場の善意で採用オーケーしたって、一緒に働くことになるのはこのお店の店員さん達だ。上の判断で現場の人間が苦労するようなことは避けたい。もし料理店で働くのに向いていなさそうなら、別の仕事を紹介することだってできるし。
「じゃあ、そうですね……試しに料理、作ってみてもらえるでしょうか?」
「それは……テストということでしょうか?」
「そうですね。でも、作るのはなんでも構いません。ジュリアさんの得意料理で大丈夫ですよ」
彼女は、ぱあっと目を輝かせた。
「嬉しいです……! こんな素敵な厨房で料理ができるなんて。それだけで、私、幸せです……!」
そうして彼女は、厨房で料理を始める。私も他の料理人さんも、その様子を見守っていたけれど――ジュリアさんは包丁さばきも、それ以外の手際もいい。
彼女が作ってくれたのは、野菜スープと、鶏肉のハーブ焼きだ。どちらもこの国の貴族達に人気の品である。
「うん、とても美味しいです!」
「ありがとうございます……! 聖女様のような斬新な料理はできなくて、恐縮ですが……」
「私は、異世界の知識を使っているだけですから。ジュリアさんの方が、この世界での料理の腕は圧倒的に上ですよ。尊敬します」
「けれどミア様の料理は、異世界のもので斬新であることを除いても、とてもお優しい料理だと思います。温かくて、ほっとして……私は大好きです」
「あ……ありがとう。嬉しいです」
ジュリアさんの笑顔には、お世辞のような雰囲気は感じられなかった。聖女になってしばらく経つというのに、いまだにまっすぐな褒め言葉には慣れず、照れてしまう。
「ええと、それで。ジュリアさんがここで働くことにつきまして、問題ないですよね?」
私が店長に確認すると、店長は何の不満もなさそうに頷いてくれた。
「そうですね、この料理の腕なら何の問題もありません。料理人として歓迎いたします」
店長がそう言うと、ジュリアさんは店長に感謝の言葉を告げて頭を下げた後……私に向け、高揚した様子で、目に涙を溜めて言った。
「本当にありがとうございます、ミア様……! 私、ミア様にご恩を返すために、一生懸命働きます!」
「喜んでもらえて、よかった。でも、無理のない程度にね」
その後、彼女はとても腕のいい料理人の一人となり、異世界の料理が食べられることもあって、このレストランは王都で一番というほどの人気店となった。
そして、以前彼女を雇っていた非道な下級貴族には、制裁が必要ということで――
◇ ◇ ◇
ある夜会でのことだ。
ジュリアさんの元雇い主だった貴族……ザワースト男爵は、これまで何度も、私宛に夜会への招待状は送ってくれていたのだ。「聖女」と繋がりを作りたかったらしい。
聖女である私への誘いは多いし、他の仕事などもあるため、招待される夜会全てに行く時間はない。そのため、いつもお断りの手紙を送っていたのだが……。
調べたところ、その貴族は「聖女様にお手紙を送ったら、お返事をいただいた」「私と聖女様は手紙のやりとりをする仲だ」などと、まるで私と親しいかのようなことを、嘘にならないギリギリのラインで周囲に言いふらしていたらしい。正直、知り合いでもないのに私の名前を出して、自分の権威を示すようなことをされるのは困る。
そんなわけで、その貴族が主催する夜会に、ヴォルドレッドと共に参加することになり――
「聖女様が、私達の夜会にいらしてくださるなど! 誠に光栄です!」
「いえ、そんな。今日は、皆さんにお話ししたいことがあったので、参加を決意しました」
「まあ、お話したいこととは一体なんでしょう? ぜひ、私達に何でも話してくださいませ」
男爵と夫人は、何とか「聖女」に取り入ろうと、猫撫で声ですり寄ってくる。
「はい、では遠慮なく。ザワースト男爵家の使用人だった、ジュリアさんのことなのですが」
男爵と夫人は、一瞬ピシッと顔を引きつらせた。
夜会なので、当然周囲には他の貴族達の目もあり、皆「何の話だろう?」とこちらの様子を伺っている。
「はは……聖女様が、使用人ごときのことを気になさるなど……。そもそも、あの女はもううちの家の使用人でもございませんが、何かありましたか?」
「まさかあの女、うちで働けなくなった後、金に困って窃盗でもしたのでは? もともと、卑しい娘でしたから」
二人が、「自分は悪くない」とばかりにそう言うので、私はにっこり笑って否定した。
「いいえ、ジュリアさんは盗みなどの犯罪は一切行っておりません。彼女の料理の腕はとても優秀で、今では私がオーナーを務めるレストランで働いてくれています」
私がそう言うと、男爵と夫人はますます顔色を悪くした。
「ま、まあ、そうですか。あの女、料理だけは上手かったから……」
ひどく気まずそうにしながらも、自分から謝罪する様子はない。私は、笑顔を変えず彼らに問う。
「それで。あなた達は何か、自分から言うことはないのかしら?」
「い、言うこと、とは? 恐縮ですが、聖女様のおっしゃっていることがわかりませんな」
「そうですか、わからないですか。では、はっきり申し上げますね。ジュリアさんに申し訳ないとか、謝罪しようという気持ちはないのかしら」
「謝罪? はて、何のことやら……」
「そう、わからないのね。それじゃあ……皆さんに、見てもらいたいものがあります」
バサリ、と。
私は、アイテムボックスの中にあらかじめ用意しておいた書類を、上空に放り投げた。ヴォルドレッドが風魔法を使い、書類を会場内に散らす。男爵と夫人に奪われず、この夜会にいる人々に、ちゃんと見てもらえるように。
「なんですか、これは? ……!?」
男爵と夫人、書類を拾い上げた他の貴族達が、顔を凍りつかせる。
その書類は、男爵や夫人が今まで行ってきた悪行のリストであり、被害者の証言や被害について魔術検証した証拠なども記載されているからだ。
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