90・加害者達は魔力を奪われます
自分の正体を明かし、ルディーナ達への罰もひとまず決まって、私とヴォルドレッドは一旦王宮に戻ることになった。これで、そろそろ身体が元に戻るのではないかと思ったからだ。
王宮の私の部屋で、私本来の肉体は、以前張った結界に守られながら人形のように横たわっていた。結界の効果で、栄養失調になったり筋力が衰えたりすることもない。
私は、自分の肉体にというより、フローザの魂に語りかけるように告げた。
「フローザ。あなたは、見ていてくれたかしら? ルディーナ達は、正式に罰されると決まったわ。もう誰も、あなたを傷つけたりしない。だから、目を覚まして。……あなたが今度こそ、自由に、幸せな人生を送るために」
私がそう言った、次の瞬間――
(……!)
ぱちん、と何かが弾ける感覚がして、視界が揺れる。
次の瞬間――気付くと私は、ベッドに横たわって天井を見上げていた。
視線を移動させれば、すぐ傍に「フローザ」の身体が立っている。
「身体が、元に戻ってる……!?」
「よかったです、ミア様」
「身体に不調なところはございませんか?」
「うん、大丈夫よ」
リースゼルグとヴォルドレッドが喜んでくれて……フローザは、奇跡そのものを見つめるように私を見ていた。私は、そんな彼女に微笑みかける。
「ええと……はじめまして、になるのかしら。フローザ、よね?」
「はい……私が、フローザです。ミア様……」
彼女の瞳から、大粒の涙が零れる。
「わ、大丈夫?」
「はい……。ミア様、私……ミア様の中で、ずっと、あなたのしてくださったことを、見ていました……」
「……私も以前、あなたに起きたことを、夢の中で見ていたわ。あんな奴らに目をつけられて、今まで大変だったわね。……もう、大丈夫よ」
そう伝えると、フローザはまた泣き出す。歓喜であり、安堵であり、今までの苦しみからの解放の涙のようだった。
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます……!」
フローザはしばらく涙を流したまま、何度も私に感謝を告げた。私は、そんな彼女に寄り添っていた。ずっと一人で辛かっただろうに、彼女は今まで本当に、頑張ってきたと思う。
「本当に、私……ミア様にどうお礼を申し上げていいかわかりません」
「私は、私がやりたいようにやっただけよ。あんな奴ら、私も腹が立って、放置しておきたくなかったしね。あなたがどれだけ辛い目に遭ってきたかは、夢でも見たし……その身体を見れば、わかったから」
フローザの身体の、制服で見えない部分には今でも、無数の傷痕が刻まれている。これまで、ルディーナ達の陰湿な嫌がらせによって傷つけられてきたものだ。
「そうだ、あなたの傷痕……奴らの傷害の証拠として残しておいたんだけど、治癒しましょうか?」
フローザは少しの間考えた後、ゆっくりと首を横に振った。
「いえ……『まだ』いいです」
「……そうね。『まだ』ね」
あれでルディーナ達への制裁が終わったわけではない。
だって、彼女達に告げたのは結局、「私」の言葉だったから。
私はあらためてフローザを見つめ、言った。
「フローザ。最後は……あなたが直接、幕を下ろすといいわ」
◇ ◇ ◇
数日後。加害者達への「魔力剥奪式」が行われることになった。
アレンテリア魔法学園の校庭に、見届け人の生徒や保護者達が揃っている。
その中央に、ルディーナとその取り巻き、ヤミルダ、他にもフローザを痛めつけることに加担してきた教師達が立たされていた。彼女達が逃げ出さないよう、周囲では王国魔法官の人々が見張っている。
「時間だ」
魔法官の一人がそう呟くと、校門からフローザが現れた。
彼女は、肩が出るタイプのワンピースを着ていて、脚にも靴下を履いていない。
何故そんな格好をしているか、なんて。そんなの――これまでルディーナ達につけられた傷痕を、観衆に見せつけてやるためだ。
彼女の肌は、傷痕で埋め尽くされている。ぱっと見ではわからないように、長袖や靴下で隠れる場所ばかり傷つけられてきたのだ。
ルディーナの魔力剥奪式で、魔力を取る役は、これまで被害を受けてきたフローザだ。もちろん王国魔法官の指導の下ではあるが、彼女の手で、ルディーナ達の力を奪うことになる。
ルディーナは、久々に会う「本当のフローザ」に懇願する。
「フ、フローザ! お願い、許してくれるわよね! 私の魔力を奪うなんて、そんな酷いことしないでしょう!? 同じ魔法学園の生徒として、魔力の大切さはわかっているものねえ!? それに、私達友達よねえ!?」
必死に媚びを売るルディーナと対極的に、フローザはひどく冷めた目をしていた。
「……驚いた。あれだけのことをしておいて、許されることを望んでいるの?」
「な、何よそれ! 許してくれないっていうの!? 酷い!」
「あなたみたいな極悪非道な人間から、他者を傷つける力を奪うだけよ。あなたが今までしてきたことと比べたら、何も酷くないわ。どうせあなたは以前のままだったら、私がいなくなった後も、誰かを傷つけていたんでしょうし」
「あんなの、ちょっとした悪ふざけじゃない! そのくらい許せないなんて、心が狭いわ!」
「そう。じゃあ私と違って心の広いあなたは、あなたのことを許せない私を許してね」
「なっ……」
王国魔法官が、あらかじめ校庭に用意していた敷布。そこに描かれた高位魔法陣から、光が生まれる。……もう、儀式は始まっているのだ。
「ぎゃああああああああ! やめろ、やめなさい、生贄の分際でっ!」
「ひいいいいいいいいい! 魔力だけは、魔力だけはっ!」
魔力を奪われるだけなので、痛みがあるわけではない。それでも、ルディーナやヤミルダは野太い叫びを上げる。魔力を奪われることは、貴族の証を奪われるようなものだから。
「私があなた達に暴力をふるわれて、『嫌、やめて』と言ったとき、あなた達がやめてくれたことは、一度もなかったわ」
「お、お願い! 魔力を奪われたら、もう貴族との結婚が望めなくなってしまうわ! 私にだって未来があるのに!」
「私の未来は潰そうとしておいて、自分の未来だけは守ろうとするの? それに、貴族と結婚できなくても、平民とならできるんじゃない」
「はあ!? なんでこの私が、平民なんて下賤な奴らと結婚しなきゃならないのよ!」
「平民にだって、優しい人はたくさんいるわ。それで贅沢せず、慎ましい暮らしをすればいいじゃない。……もっとも、優しい人は、いくら顔が綺麗でも、さんざん人を傷つけてきた人間を選ばないでしょうけどね」
会話をしている間にも、魔法陣の効果とフローザの魔力によって、ルディーナ達の中から魔力が吸い出されてゆく。
「ぎゃああああああああああああああ!! 私は、この学園で一番の魔力を誇っているのよ! 私の誇りを奪うなあああああああああああ!!」
(人の誇りや尊厳はさんざん傷つけておいて、何を言っているのかしら)
「どうして私まで! 悪いのはルディーナ様ではありませんかあああああ!」
「そうよぉぉぉ! ルディーナには何をしてもいいから、私は見逃してええええええ!」
「こんなことなら、ルディーナに味方なんかするんじゃなかったあああああああ!」
取り巻き二人や教師達も叫ぶが、それでも、儀式が中断されることはない。
やがて魔力剥奪の儀式は終わり、ルディーナ達から抜き取った魔力は、石と化した。
どれだけ性根が腐っていても、魔力量だけは伊達じゃなかったようで、かなり大きな魔石になった。
「そ……そんな……私の、魔力が……」
「……何を呆然としているのかしら。当然の罰でしょう?」
私はルディーナ達の前に出ると、最後の仕上げをする。
聖女の光を出してフローザの傷を全て回収し、その傷をルディーナ達に移したのだ。
フローザの身体は傷のない状態になり、ルディーナ達に、彼女の傷が刻まれる。
「これは、あなた達の罪の証。一生、その傷を負って生きなさい」
人の人生を壊そうとした人間が、何の罪も背負わず幸せになるなんて、理不尽だから。
もうこんな被害を生み出さないためにも、罪の証を刻み、反省してもらわなければならない。
ルディーナ達はもう、何も言わずぐったりと項垂れた。
そしてヤミルダをはじめとする、ルディーナに加担してきた教師陣は、魔力の他に、教員免許も剥奪となった。もちろん、アレンテリア魔法学園からも追放である。
こうして、魔力剥奪式は幕を下ろしたのだった――
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