66・魔竜をぶっ倒します
魔竜は、上空から街に向かって炎のブレスを吐く。
けれどそのブレスは私の結界に弾かれ、街を燃やすことはない。
魔竜はなんとか結界を破ろうと、巨体で思い切り体当たりしてくる。けれど、そんなことで結界は破れない。だけど魔竜は憤るどころか、歓喜している様子だ。
「ああ、何と久しい……! これぞ聖女の力! 我はずっと、聖女との再戦の時を待ち焦がれていた……!」
すぐに私が駆けつけて結界を張ったとはいえ、街に全く被害が出ていないわけじゃない。なのに魔竜は少しも心を痛めてはいないようだった。人や、世界を破壊しているなんて意識がないみたいだ。まるで積み木を崩す子どものように、この状況を楽しんでいる。
「魔竜。あなたは、なんでそんなに戦いたいのよ」
「我にとって、死闘とは、生きること。我は永遠の生命を持っている。虚無の生を、少しでも愉悦で埋めたい。この渇きを潤してほしい。――我は永らく、『聖女』との再戦を望んでいた。紛い物の勇者の剣などではない、真の聖女と戦うことを望んでいた……!」
「そのために、メイちゃんを利用したわけ?」
「聖女の姪を召喚したいと望んだのは、あの偽勇者だ」
「あんたが、あいつを唆してメイちゃんを召喚したんでしょう。あいつも悪いけど、あんたも悪いわ」
真相水晶でブレードルの記憶を覗いたとき、彼の頭に響いた声。それと今、私が聞いている魔竜の声は、全く同じものだ。――こいつがブレードルに語りかけ、メイちゃんを元の世界からこちらへ引きずり込んだ。自分自身の、愉悦のために。
「クク……いいぞ、聖女。もっと憎悪を増幅させろ。憤怒の業火を燃やすがいい。我はそうして、本気になったお前と戦いたいのだ」
魔竜は、この状況に陶酔しているようだった。人々を混乱に陥れておいて悪気の欠片もないとは、清々しい悪だ。――遠慮なくぶっ潰してやれる。
「あんたの愉悦のために、人を巻き込むんじゃないわよ。迷惑なのよ」
「弱者が強者の犠牲になるのは当然の理。他者の欲に巻き込まれ、退けることができぬのなら、それまでだったということであろう。世界というのは、甘くも優しくもないのだ」
確かに――世界というのは、理不尽なものかもしれない。元の世界も、この世界も。
辛いことは起きるし、軽視してくる奴も、敵視してくる奴もいる。誰もこっちの都合なんて考えてくれないくせに、自分の都合は平気で押しつけてくる。
私は世界に希望なんて抱いていなかったし、今だって、お花畑な思考でただ人の善性だけを信じることはできない。それだけ今まで、現実というものを突き付けられてきた。
でも、こんな私にだって大事なものはある。
……いや。大事にできるものがあるのだと、気付くことができた。
私は――
はっきり言って、「家族」の温かさなんて、わからなかった。
ドラマとかでよく聞く台詞。「親は皆子どものことを愛しているものなのよ」とか「家族はいつも深い絆で繋がっている」とか。昔はずっと、意味がわからないって思っていたし、正直今でもきっと、完全に理解できているわけじゃない。
私は、家族から愛されなかったから。
妹ばかりが愛されて、私は雑に扱われることが当たり前で、私なんて必要ない、いない方がいいんじゃないかと思っていた。
だけど大きくなったメイちゃんと再会して、あの子が元気に笑ってくれているのを見て――「元の世界の私」「聖女じゃなかった私」にも意味はあったんだって……報われた。
私は、「あなたのために」とか言ってくる人間は好きじゃないし、信用ならない。
そんな中で、自分だけは違うと思うのは傲慢だ。
だけど、あの子の力になりたい、と思う。
それはきっと、「あの子が元気で笑っていてくれたら、嬉しい」という、私自身のためだから。
「どうした、偉大なる大聖女の末裔よ! もっと我を愉しませよ!」
「……ねえ、魔竜。確かに世界は理不尽なことだらけかもね」
「ふん、今更か? そのようなことは当たり前だろう」
「ええ。世界は腐ってるし、人はすぐ裏切るし、毎日だって決していいことばかりじゃない。嫌なことは次から次へと起きるわ」
魔竜は、今度は鋭い爪で、結界を割ろうとする。
だけど私の結界は、そんなものではビクともしない。
「でもそれを、『仕方がない』だなんて黙って我慢して、悲劇のヒロインぶるのは、もうやめたの」
かつての私は、自分のことだって好きじゃなかった。
でも今の私は、私を、好きになりたい。
だから、私のしたいことをする。もう自分の気持ちに嘘をついて、黙って耐えたりしない。やりたいことに向かって突き進んでゆく。
今、私がしたいことは――
このふざけた魔竜を、完膚なきまでに、ぶっ倒してやること。
……そのために、聖女の力を集中させる。
まず、広域治癒で、倒れていた騎士団の人々から傷を回収した。
「ああ、傷が治った!」
「すごい、聖女様のお力だ……!」
そして私は魔竜に、両掌を向け――聖女の力を解放する。
今回収したものだけじゃない。聖女領域にある、今まで集めた全ての傷や呪い。
それこそがまさに、この世界の人々が受けてきた、理不尽の象徴だ。
さあ。私の領域に蓄積されていた傷と呪いよ――
この魔竜に、制裁を与えてやれ。
「この世界の人々の痛みを受けなさい、魔竜!」
「グ……ッ、グアアアアアアアアアアアアッ!」
刹那、魔竜の全身に、おびただしい傷が移る。
聖女の領域の傷を、半分以上放出したものだ。しかし――
「ク……クク! 我がこの数百年、ただ生き長らえていたと思うな! 幾度となく倒され、復活を繰り返すうちに、我が肉体は強化された! 見よ、この鋼のごとき鱗を……! 今の我を容易く傷つけられると思うなよ!」
なるほど。硬い鱗が盾のように魔竜を守っていて、致命傷が与えられなかったのだ。このままでは、ただ傷を移すだけでは、何度やっても効果が出そうにない。
それを見ていたブレ―ドルとピピフィーナが、ここぞとばかり野次を飛ばしてくる。
「おい聖女、効いていないじゃないか! 俺のことをコケにしておきながら、結局お前も口先だけか、役立たずが!」
「ミアちゃん、何やってるの、もう! 偉そうにしてたのに、その程度なんだね!」
だが私も魔竜も、奴らのことはどうでもいい。魔竜は上空でまた、バサッと大きく翼をひろげた。
「さあ聖女、もっと我と戦うのだ! もっと、もっともっと! どちらかの命が尽きるまで! お前が我を倒すか、我が全てを破壊しつくすまでな!」
魔竜が炎のブレスを吐き、しかしそれは結界に阻まれて、私のもとまで届かない。確かに強力な攻撃力で、このまま長時間粘られたら、結界を破られてしまうかもしれないけれど――
でも、そんなことにはならない。こいつ今、この場で片付けてやる。
だからこそ私は、「死闘」なんてものを望む魔竜を、鼻で笑った。
「戦い? 私に何のダメージも与えられていないくせに何を言っているのよ。……あんたはただ、この場で私にひれ伏して終わるだけよ」
この魔竜には、普通に傷を移しても、効果がないだろう。
だけど、それがなんだっていうんだろう。
――普通の方法で無理なら、方法を変えればいいだけだ。
「傷よ、呪いよ」
私は治癒の力で魔竜から傷を回収すると、再び魔竜に手をかざし――
「あいつの臓器に、移りなさい」
私の「傷を移す能力」は、対象のどの部位に傷を移すかも、私が決められる。
表面が硬い鱗に覆われているのなら、中身を狙えばいいだけ。
「グガ……ッ! ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
鱗は硬くても、肉体の中身まで硬化できるわけではないだろう。柔らかな内部に傷を負った魔竜は、血を吐き出して落下してくる。
普通に落下すれば、下にある建物が潰れてしまっただろうが、結界を張ってあったので、その上にドン、と落ちた。
――魔竜は動かない。私の、勝利だ。
ワアアアアッ、と熱い歓声が上がった。
建物の中に逃げ隠れ、今のを見ていた街の人々が、口々に賞賛を捧げてくれる。
「魔竜が、倒された! 聖女様が、私達を救ってくださったんだ!」
「癒すだけでなく、あんなお力もあるなんて……! 聖女様、すごすぎる……!」
「聖女様、ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます……!」
歓声と拍手は鳴りやまず、誰もが私を称えてくれる。
――いや。その中に二人、呆然としている勇者と、その婚約者もいたが……もはやどうだっていい。
「馬鹿な……! こ、こんなの、何かの間違いだ……!」
「うそ……ピピ達、何にも活躍できなかった……?」
こうして、ユーガルディアの魔竜は倒されたのだった――
読んでくださってありがとうございます!
ブレードル・ピピフィーナへのざまぁ展開はまだ残っていますので、引き続きよろしくお願いします~!





