46・今更焦っても、もう遅いと教えてやります
「はは、愚かな聖女の騎士は、やはり愚かなのだな! この期に及んでこの俺に勝てると思っているとは!」
「ミア様に対する侮辱の言葉、今すぐ取り消すがいい。――でないと貴様は、激しく後悔することになる」
「勇者である俺に歯向かうような女は愚かだ! 勇者とは正義。正義に逆らう者は悪。悪が貶められるのは当然のことだ!」
「どう足掻いても撤回しないようだな。では……遠慮なく、貴様の矜持を砕いてやろう」
離れた場所からでも、わかる。ヴォルドレッドの纏う空気が、氷のように冷たく研ぎ澄まされたものになった。
「そうだ、自称勇者。貴様に一つ、教えてやる。不届き者に制裁をくわえる際、瞬殺してしまう者もいるが。……私はあえて時間をかけ、じっくりといたぶる方が好みだ」
ヴォルドレッドが再び、酷薄な薄笑みを浮かべる。それでもなお、ブレードルは「何を言っているんだ?」と鼻で笑うだけだ。二人のやりとりを眺めていたピピフィーナが、ぶりっこポーズで首を傾げてくる。
「ミアちゃぁん。ヴォルドレッドさん、本当に大丈夫なのぉ? 止めた方がいいんじゃないかなぁ。こんな大勢の前でやっつけられちゃうなんて、かわいそうだよぉ」
「問題ないわ。ヴォルドレッドは強いから」
「でもでもぉ、ブレードルはもっと強いよ? 今のうちに謝った方がいいと思うけどな~」
ピピフィーナは、私とヴォルドレッドのことを心配する素振りをしながら、今までのブレードルの言動については全く咎めず、こちらが謝罪することを勧めてくる。だから私は、彼女の言葉を一蹴した。
「謝るつもりはないし、謝る必要性もないわ。……あなたもブレードルも、勇者という肩書に慢心しすぎなのよ」
「ふえぇ~、謝った方がいいのになぁ。ピピはミアちゃんのために言ってるのにぃ~」
(個人的な経験則でいえば、『あなたのために』という言葉を使ってくる奴は、私を自分の思い通りに支配したい奴ばかりだったけどね)
そういう奴は大体、私に説教をしたいときだけ「あなたのために」みたいに装っておいて、実際に私が助けてほしいときや、寄り添ってほしいときには何もしてくれない。今もピピフィーナが、ブレードルのことを決して止めないように。
さて、そんなことを考えているうちに、審判が声を上げ――
「開始!」
その声と同時に、猪のようにヴォルドレッドに突っ込んできたのは、ブレードルだ。
しかしヴォルドレッドは、微塵も慌てることはない。
「遅いな。……あれだけ私を煽っておきながら、手加減でもしているのか?」
ヴォルドレッドはブレードルの攻撃を、ひらりとかわす。
彼は皮肉として言っただけだし、ブレードルはもちろん手加減なんてしていない。今の一撃で瞬殺してやるつもりだったのだろう。しかしヴォルドレッドに簡単に避けられてによりバランスを崩し、わたわたと転びそうになっていた。
「そ、そうだ! 哀れな貴様のために、今のは手加減してやったんだ。ここからが本気だからな!」
ブレードルは体勢を立て直し、再びヴォルドレッドに斬りかかった。しかしヴォルドレッドはその攻撃を、いとも簡単に受け止める。キン、と剣同士が重なる金属音が響いた。
「まだまだぁ! この程度だと思うなよ!」
ブレードルは立て続けに、何度も剣を振った。ヴォルドレッドは涼しい顔で、その攻撃の全てを受ける。客席から見ていても、ブレードルがヴォルドレッドに遊ばれているのは明白だった。ブレードルは、次第にゼイゼイと息を切らし始める。
「息が上がっているぞ。そこまで『手加減』する必要はないが? そろそろ本気を出したらどうだ。……出せるものならな」
ヴォルドレッドは、息も乱さず微かに口角を上げる。挑発であることは見え透いているが、ブレードルはまんまと、かっと頭を熱くしたようだ。
「う……うるさい! 勇者は慈悲深いから、貴様があまりに早く負けて涙目にならないように、気を遣ってやっているだけだ!」
「そうか。今にも涙目になりそうなのは、貴様の方に見えるがな」
余裕のヴォルドレッドと、必死のブレードルを見て、観客席がどよめく。
「おい、勇者様が押されているぞ……」
「ヴォルドレッドっていうあの騎士、すごく強いんじゃ……」
「ていうか、ブレードル様、かっこ悪ぅい……」
(予想通りだわ)
だって――聖女の力でこっそり鑑定した結果、二人の戦闘力の差は、こんな感じだ。
・ヴォルドレッド
・騎士 LV100
・HP 810,303
・MP 991,100
・攻撃力 1,998 ,007
・防御力 802,665
・ブレードル
・剣士 LV20
・HP 9,543
・MP 7,546
・攻撃力 8,111
・防御力 7,645
(桁が違うし。どうあがいても、ブレードルに勝ち目なんてないのよね)
ユーガルディアに来る前に調べておいたけれど、ブレードルは血筋のため勇者と呼ばれているだけで、実戦経験はほぼない。
ユーガルディアにも魔獣はいるが、フェンゼルほどは多くはないし、何よりブレードルは「勇者の役目は魔竜を倒すことだ。魔獣なんて雑魚にすぎない。勇者の俺が雑魚の相手なんかできるか」と言って、魔獣討伐にはほとんど力を貸していないらしい。
対してヴォルドレッドは、幼い頃から訓練を積み、ルベルシアの武術大会で優勝し、その後は、本人の意思ではないとはいえ、フェンゼルで常に最前線に立ち、数多の魔獣と戦ってきた。
ブレードルもこれまで剣技の練習くらいはしてきたのだろうが、ヴォルドレッドとは実戦経験の差が激しすぎる。いくら光の剣を持っていても、それを使いこなせる力がなければ無意味。豚に真珠なのだ。
(というか……あの光の剣とやらも、鑑定の結果は、普通の剣でしかないみたいなんだけど。どういうことなのかしら?)
不思議に思いながら決闘を見守っていると、隣のピピフィーナが、ゆさゆさと私の肩を揺さぶってきた。
「どうしよう、ミアちゃん、止めないと!」
「何故?」
「喧嘩なんてよくないよぉ! 皆で仲良くした方がいいでしょ!?」
(……ブレードルが負けそうだから、今更になって焦ってきたってわけね)
「決闘を言い出したのはブレードルの方でしょ。自分の発言に責任を持つべきだわ」
「そんなぁ……。そもそも、ミアちゃんとヴォルドレッドさんが謝ってくれれば、戦ったりせず皆で仲良くできたじゃない! どうしてわかってくれないの?」
ピピフィーナがうるうると目を潤ませて訴えてきたので、私は対照的に、にっこりと笑って答えた。
「自分達の非を一切認めず『お前さえ我慢していれば丸くおさまったのに』なんて言う人間の言葉、わかろうとするだけ無駄だからよ」
はたしてブレードルはヴォルドレッドに勝てるのでしょうか!?
次回「騎士は勇者に圧勝します」お楽しみに!





