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みにょ~ん好きの血

 翌日、すぐに集まることの出来た家臣団による軍議が開かれた。六助がいつもの校長先生ポジションで部屋中を見渡しながら声高に言う。


「すでに聞いている通り、掘城が攻め落とされ、三好康長や石山本願寺までもが挙兵した。情報を集めたところ、やはりきっかけは義昭とのことだ」


 情報を受けた家臣団がにわかにざわめく。各々「やはりか」「またか」など、いい加減にしてくれと言うニュアンスの言葉をつぶやいている。


「皆の気持ちはわかる。しかしプニ長様の名誉を思えば、義昭に動かされた勢力を全て撃破していくのが最善」

「是非もなし。プニ長様の御為なれば」

「是非もなし」


 六助の言葉に次々と家臣がうなずき同調していった。

 別に俺の為にそこまで我慢せんでも……とは思うけど、一生懸命やっているし、主君の名誉の為将軍を殺さないというのが武士の理だとしたら、俺がどうこう言うのもまた違うと思い、黙っている。


「現在敵の勢力は石山本願寺及び高屋城に立てこもっている。よって討伐軍を編成してそこを攻めていく」


 こうして編成された討伐軍は柴田、明智を始めとした面々で構成された。全員がただちに美濃を出発して畿内へと向かう。今回の帯同は六助のみで俺はまたもやお留守番だった。

 織田軍は住吉や天王寺に着陣するとすぐに高屋城、本願寺を攻めた。

 途中、長島という地域で本願寺門徒らによる一揆が起きたこともあって、今回の遠征は中々に大変だったらしい。しかもそれを全滅させたと思えば、今度は飯盛山城という城で三好康長、本願寺顕如連合軍との激しい戦闘になったのだとか。

 それらの戦いに勝利し、最終的に飯盛山城を落城させ、高屋城にバナナの皮を撒いて実質的に廃城へと追い込んだ織田軍は一旦兵を引いた。


 一方留守番をしていた俺はその間、屋敷でのんびりまったりとした日常を過ごしていた。

 そんなある日、帰蝶と三姉妹とで自室にてごろごろしていた時だった。


「あねうえながいよ! もうこうたい!」

「あ、あともうちょっとだけ……」

「初はきがみじかすぎ」


 現在俺は茶々の足下で寝転びながら背中を撫でられている。最初は抱き上げられていたけど、俺がうとうとし出すと、ずっと抱き上げていられる自信がなかったからか、気を使って床に降ろしてくれた。

 最近はお市の言いつけもあってか、初と江がプニモフを二人占めすることなく茶々にもしっかりと順番が回っている。ただ、初が待っている間辛抱しきれずに茶々を急かす場面がよく見受けられた。

 そこで三人を穏やかな眼差しで見守っていた帰蝶が声をかける。


「こーら。そんなこと言ってたらまた母上に怒られちゃうよ?」

「うぅ。だって……」

「モフ政様だって初ちゃんと遊びたいのかもしれないよ」


 顔をあげるとモフ政と目が合った。俺の身体を挟んで左右に茶々と初、正面に江とそれに抱っこされたモフ政がいる形だ。

 こいつは大人しいし無表情なので、正直何を考えているのかわからない。帰蝶の言う通りなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。無色透明な瞳からは何も読み取ることが出来なかった。


「モフまさはむこうでさんざんあそんであげたんだからいーの」


 初がモフ政に近付き、両頬をみにょーんと伸ばしながら言った。


「それ、いい……」

「でしょ?」


 みにょーんを江に賞賛された初が鼻を高くした。


「でもちょっとかわいそう」


 そんな風に注意しつつも、茶々は潤んだ目でこちらを見ている。実際は俺にやってみたいと思っているのだろう。別にちょっとくらいなら試しても構わないのに、相変わらず遠慮しすぎだ。

 隙ありと言わんばかりに初が立ち膝で移動し、俺の両頬を掴んだ。


「こっちも!」

「……」


 今回は茶々も止めたりせずに黙ってこちらを覗き込んでいる。


「いととうとし……」


 遅れて近づいてきた江がぼそっとつぶやくと、しばしの沈黙が場に流れる。やがて我に返った茶々が困ったような表情を浮かべた。


「もうそろそろやめてさしあげようよ」

「いまあねうえもみてたじゃん!」

「そ、それは……」


 図星なのでうろたえる茶々。俺としてももうそろそろやめて欲しいけど、子供相手に露骨に嫌がるのもかわいそうだ。よし、こうなったら一か八か、あれをやるしかない!


「キュウ~ン(きゅるりんビ~ム)」

「わっ」

「……!」

「……」


 伝家の宝刀きゅるりんビ~ム。これを喰らったやつは大体死ぬ。


「いととうとしだー!」

「だね」

「うん……」


 くっ、やはりか。あれは心の汚れた人間にだけ通じる技。まだこの世の闇を知らない純粋無垢な子供には全く通じないらしい。

 完全に八方塞がり。この後しばらく続くであろうみにょーん地獄に思いを馳せていたら、散歩に行っていたお市が帰って来た。


「ただいま~。義姉上、子供たち見てくれてありがとね」

「お帰り。皆いつもみたいにいい子にしてたよ」

「そっか。……って、初」


 名前を呼ばれたわんぱく少女が肩を跳ねさせ、慌てて俺の両頬から指を離す。


「ちゃんと茶々には順番を回してあげたの?」

「う、うん」


 初はお市の方を振り返らず、視線を泳がせながら首肯する。とても素直な反応に微笑ましいとすら思えてきた。

 しかし実際には途中で割り込んだだけなのに、その反応では全くの嘘と思われても仕方がない。お市はそれ以上追及はせず、腰に手を当てながらやれやれしょうがない子ね、といった雰囲気でため息をつく。


「まあプニ長はただの犬にしちゃ中々尊いからね、しょうがないわ」

「ははうえ」


 期待に目を輝かせながら、初がお市の方を振り向いた。


「ただし、今日は茶々にしっかりプニモフさせてあげること。あんたと江はモフ政で我慢しなさい」

「えー」


 モフ政の扱い……しかも嫌がられるのかよ。小谷城で散々遊んで飽きたのかもしれないけど、それはやめてあげて。


「しょうがないなー」


 そう言いながらあからさまに渋々といった様子で、初はモフ政に近付いて江から奪い取る。そしてそのまま「そとであそぼー」と言ってどたどたと部屋を出て行った。お市は出入り口の方を見ながら「こら、走らないの!」と注意しながら後を追っていく。

 一方で江はお市と初を追いかけてゆっくりと部屋を去り、茶々はその場にとどまって俺をじっと見つめていた。


 何だろう。何日間も一緒にいてさすがにわかってきたけど、これは何かしたいけど遠慮してしようかどうか迷っている時の表情だ。一体何を……。

 と考えている内に茶々の腕がすっとこちらに伸びてきた。そして。


「…………」


 みにょーんをし始めた。そうか、さっきやりたそうにしてたもんなー。いいよいいよ思う存分やりなさい。君を邪魔する者はもうこの部屋にはいないのだから。

 でも、温かく見守る帰蝶の視線に気づき手を引っ込めてしまう。


「ごめんなさい」

「気にしないでいいよ。プニ長様も抵抗なさらないから『思う存分にやりなさい』って言ってくださってるんだと思うし」


 さすがは帰蝶だぜ! ひゅう! この通訳いらずぅ!


「ほんとうですか?」

「うん」

「じゃ、じゃあ」


 再びみにょ~ん。何を隠そうお市もみにょ~ん好きだし血は争えないということか……。


「そのお顔、尊いよね」

「はい。いととうとしです」


 そこで帰蝶はささっと茶々に近付き、耳打ちをする。


「実はね、母上もそれ好きなんだよ」

「そうなんですか?」


 茶々が大きな目を更に見開いた。


「うん。意外でしょ」

「はい、プニながさまとあそんでいるのをあまりみたことないです」

「皆の前だと恥ずかしいみたい。だから今のは内緒にしておいてあげてね」

「はい」


 嬉しそうにうなずく茶々。母親との共通点を発見出来て喜んでいるらしい。


「こらー! モフ政に変な物食べさせちゃだめでしょ!」

「ちがうよ、モフまさがかってにたべたんだよ!」


 いつの間にか庭へ出ているお市と初、江を眺めながら過ごす、そんなのどかな昼下がりは中々に悪くない時間だった。

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