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こいつかよ

「ところで、家康殿はどういったご用件でこちらまで?」


 食事を開始して早々、六助が平然とした表情で意外に鋭い質問を飛ばす。会話の流れとして当然とはいえ、家康には突かれたくなかったところだろう。

 恐らくまだ義昭のことを話す気はないはず。どうやってやり過ごすのかな、と思って見ていると。


「半蔵の武器の買い出しです。三河でも事は足りるのですが、たまには美濃まで足を運ぶのも良いかと思いまして」


 こいつ、意外と誤魔化すの下手だな……。

 相変わらずの笑顔だから流してしまいそうになるけど、半蔵の武器の買い出しに付き合う道理もわからないし、わざわざ美濃まで来る理由も特にない。別に名産地とかいうわけでもないし。


 でも、貴重な友達(仮)との会話に夢中な六助はその不自然さに気付く様子を見せない。むしろ「いいですね。是非今度は私も一緒に」などと言っている。友達との買い物というものに憧れているのだと思う。

 目の端に何か熱いものが湧き出てくるのを感じながら、会話を見守った。


「最近の織田家は災難続きでしたから、こうして親友である家康殿とゆっくり出来るのは、心の癒える非常に貴重な機会ですな」

「私もです。こう見えて、織田家が窮地に立たされていることにあれこれと気を揉んでいたんですよ」

「でゅふふ。存じております」


 家康は、六角のおっさんが道端で宴会を開き、美濃と近江間の交通を遮断する失態を犯した際援軍に駆けつけ、その処理を秀吉や丹羽と共にやってくれていた。

 さりげなく友達から親友へのグレードアップを成功させ、友情を確認出来た事で気持ち悪く微笑んでいた六助を気に掛けることなく、家康は次の話題を振る。


「時に、最近義昭殿とはどうですか?」

「義昭……あの馬糞がどうにかしたのですか?」

「馬糞って。仮にも今は将軍になられた方なのですから」

「もう、六助殿ったら。今は食事中でございますよ?」

「これは申し訳ない」


 苦笑する家康と帰蝶に諫められ、六助は若干俯いて反省の色を見せた。


「どういうわけか、義昭殿ことになるといつもすぐ、頭に血が上ってしまうんですよね……これは何でしょう? まさか、恋?」

「あんた何言ってんの?」


 家康の前で緊張しているのか口数の少ないお市がようやくいつもの調子を取り戻したかと思えば、


「そういうお市殿は、恋などしておられないのですか?」

「へっ!?」


 突然に恋バナを振られ、一気に赤面した。


「おっ、その反応はまさか!?」

「そっ、それはその……」


 もじもじしながら視線を泳がせるお市を、六助が追い詰める。


「六助殿。お市殿が困っておいでではありませんか。そんな意地悪をするようでは女性に好かれませんよ?」

「うっ……申し訳ない。お市様にしては珍しい反応だったので、つい」

「ありがとうございます……」


 軽く一礼をするお市の頬はまだほんのりと赤い。

 からかうのはどうかと思うけど、六助の気持ちもわかる。こんなお市を見たのは初めてだ。

 よし、ここは妹の為に一肌脱いでやろう。

 俺がめっちゃ懐いてるとこを見せ付けて、「動物に好かれる女の子」を印象付けるんだ。更にそこで「可愛い~」と言えば「動物を可愛いって言う私可愛い」アピールも出来るし、撫でてくれれば「動物好きな女の子」にもなれる。

 我ながら天才的な発想にぞくぞくしつつお市の横へと歩いて行き、そこで座って顔を見上げた。


「キュ~ン(こんちゃ~っす)」

「何よ、珍しいわね」


 帰蝶といる時は基本的にお市のところへは行かないので、そのことを言っているのだろう。

 さあ、好きなだけなでなでするなり「可愛い~」なりするがいい! この、角度まで計算された尊しフェイスに耐えられるものなどいるはずがないのだからな! わっはっはっは!


「うっ……」


 抱っこなのかなでなでなのか、俺に対して何かの行動を起こそうとして、手が出かかっている。

 妹よ、今回は人前だからといって恥ずかしがっている場合じゃないぞ。さあ今こそ家康にアピールだ! さあ早く!


「あら、プニ長様。もしかしてこのお魚が欲しいのですか? であるなら、私のを召し上がりますか?」

「キュ~ン(召し上がりゅ~)」


 すまん妹よ。帰蝶からのお誘いは断れない。名残惜しそうな顔をしたお市に悪いとは思いつつも、颯爽と帰蝶の元へと向かう。

 別に魚が食べたかったわけじゃないけど、帰蝶に「あ~ん」をしてもらえるという誘惑に打ち勝つことが出来るはずもない。

 お箸で世界一美味しい焼き魚を貰った後、もぐもぐする俺を眺めながら、帰蝶と家康が顔を綻ばせた。


「ふふっ、いと尊しです」

「真にプニ長殿は織田家のみならず、日の本の宝ですね」

「そうでしょうそうでしょう!」


 何故か六助が得意げな顔をしている。

 そこでそこまでの会話の流れが一区切りつき、場が和やかになったところで六助が話題を戻した。


「えっと、何の話をしていたのでしたか」

「最近の義昭殿はどうか、ということですが」

「ああ。どうなんでしょうねえ」

「連絡等は取り合っていないのですか?」

「いえ……」


 顎に手を当て、視線を床に這わせる六助のいまいちな反応に、家康が一歩踏み込んで尋ねると、その先には驚くべき返答が待っていた。




「この間『殿中御掟』という、『こういうことはするなよ』的な手紙を義昭に送り付けたのですが、返事が来ないんですよ。舐めてるんですかね?」




 義昭がブチギレてる原因、絶対それやん。舐めてるのはどっちだよ。


「六助殿。仮にも相手は将軍様なのですから、そんな手紙を送りつけたら気分を害すに決まっているでしょう。というか、将軍様じゃなくてもそうですよ」

「そうですかね?」

「そうですよ。ちなみに、それはどういった内容で」

「どうでしたかね。如何せんその時の気分で書いたものなので……厠は一日一回まで、というのは記憶しておりますが」

「どうしてそのような意味不明な制限を……他には?」

「プニ長様を仏の化身として崇めるべし、とか。てめえの母上肥満体質とか」

「最後に関してはただの悪口ではないですか。しかも本人ではなく家族の」


 家康が本日何度目かになる苦笑を浮かべると、お市から槍のような言葉が六助の方へと飛んで来た。


「あんたねえ。仮にも織田家の実質的な当主なんだから、私怨で動くのはいい加減にやめなさいよ」


 反論の余地のない、まごうことなき正論だ。

 今まで誰もが出来そうで出来なかった指摘を飛ばしたことで、家康も小さく口を開けて固まっている。


「将軍を敵に回したらだめなことぐらい子供でもわかるでしょ。それなのにわざわざそんな手紙を送りつけるってのはどういうこと? ていうか、将軍相手じゃなくたって人としてどうかしてるわよ」

「お市ちゃん、もうその辺で」

「あんたのせいで義姉上のいるこの織田家が滅亡、なんてことになったら私、あんたのことを一生許さないから」

「……」


 帰蝶の制止にも関わらず捲し立てられ、六助は俯いたまま泣きそうな顔になっている。その表情は例えるなら、先生に怒られた小学生のそれだ。


「も、申し訳ありません」


 そこで冷静になったお市は周囲、特に家康の視線に気が付き、せき払いを一つして、頬を朱に染めながら食事を再開した。


「ま、まあ、義昭がもし怒ってたらそれはしょうがないわ。冷静に、しっかり対処しなさいよね」

「はい」


 こいつもう完全にあれだな。雨の日に路上を彷徨う子犬だな。

 すると、説教の間じっとお市を見つめていた家康が、突然仏が目の前に降臨した僧侶のように口を開いた。


「素晴らしい」

「「「え?」」」


 場違いな一言に、残りの三人が一斉に反応する。

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