検問
「あ、そうでござったか? いや~ははは」
きっとそうだ。柴田隊は、火の不始末で比叡山を燃やしてしまったんだ。
よくよく考えれば、柴田隊だけ他の山に入った隊に比べて戻って来るのが早かった気がする。伝達が来るよりも先に火事に気付いて逃げてきたということか。
「それだけ柴田殿もお疲れということでしょう。後は我々に任せて、柴田隊や山中に入っていた隊はお休みください」
「了解致した」
知らぬが仏という言葉もある。ソフィアが来たとしても、今回の件は六助には伏せておこう。
六助は腰に携えた刀の鞘を撫でながら言った。
「しかし許せませんな。この私を差し置いて焼き討ちとは。もし首謀者が織田家の者だとしたら、この愛刀『本まぐろ』で斬ってやりましょう」
「キュキュキュン(めちゃめちゃうまそうな名前だな)」
「どうせならもっとかっこいい名前の刀に斬られたいでござるな……」
「何か申されましたか?」
「いやいや、何でもないでござるよ! それでは拙者はこれにて!」
「はい。後はお任せください」
そうして柴田が慌ただしく去っていく。真実を知っているのが俺だけだからか、終始こちらをちらちら見ていたけど、大丈夫。誰にも話したりしないよ。
その想いはきっと、伝わらないだろうけれど。
話が済んでからふと外に出て見れば山火事は進行し、比叡山は見事なまでに赤々と燃え上がっていた。食い止めるものもないから広がるのも早い。
比叡山を取り巻いている織田軍の兵たちは検問を行っている。というのは、たまらず下って来た僧兵を斬っているということだ。
僧侶相手に何をやっているんだと思うかもしれないけど、僧兵と言えば立派に武装した寺社の戦力であり、足軽などの兵と大して差がない。その辺りは合戦の際の感覚と変わりがないようだ。
本陣でごろごろしていると、検問が一段落したらしい六助がやって来た。
俺が寝そべっている、お座敷的な何かの前に置いてある椅子に腰をかけてから口を開く。
「ご報告申し上げます」
「キュ(はい)」
「比叡山から下りて来た兵を斬る予定だったのですが、思ったよりも成果があがっておりません」
「キュキュン(まあそれはそれで……)」
この世界の非情さにも慣れて来たとはいえ、家臣たちが大量に人を斬りましたと言われると、それはそれで複雑な気持ちになる。合戦でも首を獲られるのは基本的に武将の役割だし、犠牲は必要最低限でいい。
しかし、織田軍は隙間なく山を包囲しているといるから、見逃してしまうということもないはず。思ったよりも成果があがらなかった、というのは一体どういうことなのだろうか。
そう思って首を傾げていたら察してくれたのか、六助は話を続けた。
「というのもですね、我々としても兵でない者や女子供を斬るのは気が引けますので、下って来た者にはまず『あなたは僧兵ですか?』と尋ねます。それで『はい私は僧兵です』と言われれば斬っているのですが……」
「キュキュン(いやいや)」
そんな質問に正直に答えるやつがいるわけないだろ。逆にそれで多少なりとも成果があがってる方がすごいわ。
「今のところ大半の者が『いえ、私は僧兵ではありません』と答えているんですよね……おかしいなあ、山の上にはもっと僧兵がいたはずなのですが」
六助は真剣な顔で首を捻っている。こいつまじか。
「ちょっと試してみましょうか」
「キュウン(何をだよ)」
「おい、ちょっとそこの者」
そう言って、近くをうろついていた部下を手招きで呼び寄せる。
「お呼びでしょうか」
「あなたは織田家の足軽ですか?」
「はい。私は織田家の足軽です」
「うむ。やはりそうだよな……ありがとう、下がっていいぞ」
「かしこまりました」
まじでやってんのかそうじゃないのかわかんねえ。
六助はしばらく腕を組んで目をつむったまま何事かを考え込み、やがて静かに顔を上げた。
「こうなれば、女子供以外は全て斬って捨てるしかないな」
「キュウンキュキュン(何でそうなるんだよ)」
「やはりプニ長様もそう思われますか?」
「キュキュウンキュ(どう思ってると思ってんだ)」
「やはりそうですよね!」
満面の笑みを浮かべた六助は、愛刀「本まぐろ」を鞘から抜き、勢いよく天に向かって掲げながら叫んだ。
「この愛刀『本まぐろ』で憎き延暦寺の僧たちを全て斬ってご覧に入れます!」
「ワオワオ~ン! (ご覧に入れなくていいからやめろ!)」
「森殿、天から見守っていてくだされ~! きえええええええ!」
「キャンキャン! (おい待てって!)」
六助は振り返ることなく、猛烈な勢いで天幕を出て行った。
何となくこのまま放置してはだめだと思ったので急いで追いかける。すると六助は比叡山を包囲している隊のうちの一つの陣にいた。ここは山道の出入り口に近いので、より多くの人が通るからだろう。
六助はその陣の中で足軽たちに囲まれていた。
「六助様、どうなされたのですかこんなところまで」
「検問は私に任せろ」
足軽は困窮極まったような顔をしている。直接ではないにしろ上司に当たる人間が突然に「お前の仕事をやらせろ」と言ってくるのだから、どう反応したらいいのかわからないのだろう。
「いえ、任せろと申されましても。織田家きっての重臣の方にこのような役目をお任せするわけには……」
「このような役目だからこそ私がやるべきなのだ。いいから任せろ。いえ任せてください」
「は、はあ。そこまで仰るのであれば……」
「かたじけない。隊の長には私が話をつけておこう。で、ここはどなたの隊の陣営か?」
その質問に足軽が答える前に、誰かが俺たちの背後からやって来る気配。
「やや、これはプニ長様に六助殿、このようなところにまで如何なされたで候?」
通常状態の明智光秀だった。もうこの時点で嫌な予感しかしない。
そこでようやく俺の存在に気付いたらしく、六助は視線を明智に向けてからすぐに俺へと移した。
「プニ長様、いらしていたのですか」
「キュキュン(君を救いに来たんだ)」
どこかのファンタジー小説のような言葉を吐いてみる。
この身体のいいところは、少し中二っぽいかっこつけた台詞を言ってみても、誰にもわからないから恥ずかしくないところだ。
そんな俺の言葉を特に気に留めることもなく、六助は明智の方を向いた。
「明智殿、今日の検問の役目はこの私に任せてください」
「任せてください、と言われても。突然のことでわけがわからぬで候。説明を」
「ああ、そうでしたね。これは失礼」
頭の後ろに手をやりながら、ははっと笑う。
「僧であれば武装していようともしてなかろうとも、この手で全員斬り伏せてくれようということです」
「キュウンキュンキュ(爽やかな顔して言うことじゃねえ)」
「何でそれを六助殿が直接?」
「戦場で散った仲間のため、私が直接手を下してくれようと」
「何だって? そんなの、そんなの……」
六助の言葉を受けた明智は、俯いてぷるぷると震え出した。強く握った拳は怒りの表れか。それとも……。
突然がばっと顔をあげた明智は、
「すごくいいよ!」
やっぱりボルテージマックス状態になっていた。そのままずずいと、すごい勢いで六助に詰め寄っていく。
「いいねいいねぇ! 亡くなった仲間を想うその気持ち、一騎当千だよ!」
「そ、そうですかね? そこまで褒められるなんて」
「照れる必要なんてないさ! さあ行こう! 僕と一緒に、僧兵たちを斬ろうじゃないか!」
ぐいぐいと明智に背中を押され、踏ん張って抵抗するも、ずりずりと移動しながら六助が振り向く。
「え、明智殿も? 出来れば私一人にやらせて欲しいのですが……」
「何を水臭いことを言っているんだよ! 僕たち仲間じゃないか! はあっ!」
六助の背中を押すのをやめて、何故か上に着ていた服を、真ん中から広げるようにして破り捨てる明智。
「何で脱いだのですか!?」
「細かいことはいいじゃないか! さあ、行こう! 僕と共に!」
「あ、あの、それはつまり、私と明智殿はともだ……」
「それは違うけど、でも行こう! さあ早く!」
「…………」
こうして六助は、無の境地に達したような表情で外へと連れ去られた。




