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陸路封鎖

 新年を迎えた織田家の始動は、他のどの勢力よりも早かった。

 まずは元旦の翌日、秀吉が以前軍議で述べていた自らの作戦を決行する。つまりは大阪~越前間の陸路および海路を封鎖し、浅井朝倉と、本願寺および比叡山延暦寺の連絡を遮断したということだ。

 この封鎖はかなり厳重にやったらしく、通行しようとするものの中に、少しでも怪しい者がいたら味噌汁を鼻から突っ込んで追い返したらしい。


 いくらなんでも事を起こすのが早過ぎだろうとは思ったけど、六助曰く、あれ以来摂津・河内を押さえた三好三人衆は京奪還を狙っているし、本願寺は俺たちのお膝元である尾張の門徒衆にも決起を促しているしで、各勢力が不穏な動きを見せているために早急に動き出したとのことだった。

 俺が帰蝶やお市とキャッキャウフフしてる間にも家臣たちはせっせと働いてくれていたということだ。本当にお疲れ様ですとしか言いようがない。


 そこから一向一揆の鎮圧や、陸路を切り開こうとする浅井軍の撃退など様々な小競り合いを経て、織田家は着々と各勢力を撃破する為の準備を整えていった。

 そして数か月後。遂に来るべき時が来た……らしい。


「これより比叡山へ向けての進軍を開始する!」


 六助の気合の入った一声で、比叡山へ向けての進軍が遂に始まった。


「ご武運をお祈りしています」

「キュウンキュキュン(帰って来たら結婚しよう)」


 言葉が通じないのをいいことに、死亡フラグごっこで遊んでみた。相変わらず心配そうな表情でお見送りをしてくれる帰蝶に罪悪感を覚えたので、もう二度とやることはないと思う。

 にしても、結局は比叡山を攻めることになったのか。俺は別にいいけど、反対派の家臣もいたみたいだし、織田家で内乱が起きたりしないかというのが少し心残りではある。

 結婚は西洋風の教会で行い、葬式にはお坊さんを呼ぶ。よく知りもしないハロウィンで馬鹿騒ぎをしてクリスマスを楽しんだかと思えば、数日後には初詣とか言ってお寺や神社へ参る。

 そんな現代日本とは違って、この世界の人たちは信心深い。仏教の価値や崇高さは日本とは比較にならないのだ。


 まあ俺が今更どうこういったところで意味は無い。黙って事の成り行きを見守るとしようじゃないか。


「お土産、ちゃんと買ってきなさいよね」

「キュ、キュンキュウン? (それ、犬に言うこと?)」


 帰蝶とお市、モフ政に見送られながら、俺を乗せた駕籠は城を出て行った。




「いやあ、楽しみですなぁ! はっはっは!」


 これから遠足でも行くみたいに六助が笑う。

 現在は比叡山へと向かう道中で、退屈をしていた俺は六助の馬に乗せてもらっている。場所はいつも通り、六助の脚の間で馬の首の根本辺りだ。

 ちなみに、乗せてもらいたい時はまず駕籠の扉をかりかりやって外に出たいアピールをし、六助のところまで行くだけでいい。何度かやっていくうちに周りも「いつものやつだ」と、俺のしたいことを理解してくれるようになった。

 他の状況ならまだしも、遠征の道中ならまず間違えられることはない。


「時に六助殿、その巾着には何が入っているのでござるか?」


 横を馬に乗って移動する柴田が尋ねる。確かに普段、こいつは巾着なんて持ち歩いてはいない。

 柴田が俺たちの近くにいるのは、恐らくだけど秀吉辺りと話し合って、六助が妙なことをしないか見張ることにしているのだと思う。

 六助は満面の笑みではっきりと答えた。


「火起こし道具一式です」

「えっ、何故そんなものを?」


 夏も終わりとはいえ、まだまだ夜は寝苦しいこの季節。暖をとる為の火は必要ないし、灯り用の火を起こす為の道具なら足軽が持ち歩ていて、わざわざ六助が持ち歩くこともない。


「いえ、万が一焼き討ちをすることになったら困るな~と思いまして」

「困るな~ではないでござろう。そんなことにはならないし、むしろ六助殿がしたいだけなのでは」

「やだなあ柴田殿、そんなわけないじゃないですか! はっはっは!」

「ははは……」


 六助とは対照的に、力なく笑う柴田であった。

 そんな調子で二日間ほど進軍したのち、京に到着。その間、六助に特に怪しいところは見られなかった。というより常に怪しかったと言う方が正しいか。

 悠然とそびえる比叡山を手で示しながら、元気に紹介してくれる。


「さあプニ長様、着きました! 比叡山ですよ!」

「キュキュン(知っとるわ)」

「ようやく数々の恨みつらみを晴らせる時が来ましたね!」

「キュン(そうかい)」

「森殿、もう少しであなたの仇を取ってご覧に入れます。どうか極楽浄土から見守っていてください……」


 比叡山を眺めて拳を握りながら、六助はそうつぶやいた。

 いくら恨みがあるからといっても、殺そうとするなんてひどすぎると、この世界に来るまでの俺ならそう思っていたかもしれない。でもこの世界では、やられたらやり返す、奪われたら奪い返すのが当たり前なのだ。

 だから今は「あれだけやられたのなら、そう思うのも無理はないかな」とそう思っているし、家臣たちも気持ちは同じ。ただ、今回は相手が悪いゆえに身内で揉めているというだけで。

 やがて六助がこちらを振り向き、どこか力の入った表情で言った。


「さて、軍議を行いましょうか」


 結論から言えば、本格的な攻城戦は早朝から行われることになった。とある家臣の「夜になると逃げられてしまうので、早朝を待って包囲してから攻めればより多くの兵を討ち取ることが出来る」という案を六助が採用したためだ。

 ここに来ても、やはり「比叡山を攻撃するなんて前代未聞だ」など攻撃をやめようという意見も出たが、最終的に拒否された。


 そしてその日の夜、浮かない顔をした柴田が俺の天幕へとやってくる。


「プニ長様、夜分遅くに申し訳ない」

「キュン(何じゃい)」


 ベッドみたいな、少し高い台に寝転んだ俺の側に椅子を持ってきて、柴田がはそこに腰かけている。

 外に数名の見張りがいるだけで、天幕の中には俺たちしかいない。ぱちぱちと弾ける松明の音が騒がしく聞こえるほど、辺りは静寂に包まれていた。

 現在、織田軍の兵隊は比叡山の麓を囲むように配置され、一部の先陣を切る隊はすでに山中に潜んでいる。にも関わらずここまでやって来たということは、柴田なりに何か話したいことがあるのだろう。

 しばらく俯いたまま無言だった柴田が、やがてその重い口を開いた。


「その、お怒りになるのを承知で申し上げるのでござるが……この度の戦は本当にプニ長様の意志によるものなのかと、今一度確認したいのでござる」

「キュウンキュキュン(だから違うっつってんだろ)」


 俺が大きい方を催したのを必死に我慢していたら、こいつらが勝手にそういう風に解釈しただけだ。比叡山を攻めようなんて一言も言っていない。

 柴田はやはり比叡山を攻めることには反対ということだろう。それでも織田家一の忠臣は、俺の意志であるならば、自分の意志を曲げてでも実行しようとしてくれているということだ。

 俺はどうにか考えが伝わらないもんかと、じっと柴田の顔を見つめた。


「プニ長様……本当に比叡山を奪りたいと、そう思われているのでござるか?」

「キュキュンキュ~ン(お腹ぽんぽこり~ん)」

「ぬう、他の家臣団ならば理解出来るというのに、やはりその尊いお顔だけでは、拙者には何もわからぬでござる……」


 すごく悔しそうにしてるけど、それが普通だと思う。相手が人間だとしても顔だけで何が言いたいかわかったらすごい。


「拙者はプニ長様の為ならこの命を投げ出すことすら厭わず、むしろそれが本望ですらあるでござる。しかし、拙者は阿呆ゆえ、言葉ではっきりとご命令をいただかなければ迷いが生じてしまうのでござるよ」

「キュキュ~ン(よだれぴろぴろ~ん)」

「愚かな拙者を、どうかお許しくだされ……」


 あまりにも真剣な柴田に、さすがに申し訳なくなって来たのでもうふざけるのはやめようと思います。

 と、そこにどこかの隊の足軽が複数名入って来た。


「柴田様! やはりこちらにいらっしゃいましたか!」

「む、こんな時間にどうしたでござるか。明日に備えて今日はもう休めと申したであろうに」


 そこで足軽たちが何かを抱えていることに気付く。


「それはもしや」

「はい。さつまいもです! 収穫時期になったのでもしやと近隣の畑を探していたらありました。一足早い兵糧攻めといったところですかな!」


 わっはっは、と笑い合う柴田隊。いやいや、兵糧攻めと言ってしまえばそうなのかもしれないけど、早い話が盗みじゃん。


「柴田様が浮かない顔をしておられましたので、少しでも元気になっていただければと思いお持ちしました!」

「お前たち……」


 潤んだ瞳で部下たちを見る鬼柴田。鬼の目にも涙とはこのことか。


「よし、酒を持て! 六助殿が火起こし道具を持っておられたから、皆で焼き芋を肴にして宴会をするでござるよ!」

「よっしゃあ!」


 そう言って騒がしく天幕を後にする柴田たち。

 本来なら戦を前に何をしてんだよと思うところだけど、柴田のあの顔を見ていたら、少しくらいは羽目を外させてもいいかと思った。

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