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続く凶報

「プニ長様~! どこにおられるのですか!」

「かくれんぼですか~!」

「見付からないな、どこか遠くにでも行ってしまわれたのか」

「立て続けに弟君が討ち死になされたのだ、無理もない」


 兵士たちが自分を探す声で目が覚めた。陽が昇ったままだし、そんなに時間は経っていないらしい。眠れなくなってきたし、放置すると面倒なことになりそうなので、大人しく木陰から出て天幕まで戻ることにした。


「プニ長様! 探しましたぞぉ~!」

「キャキャン、キャワン! (うおっやめろ、近寄んな!)」

「プニ長様にまでいなくなられたら、もうどうしようかと……ぐずっ」


 無理やり俺を抱っこして頬ずりする六助の目は、はれて充血していた。鼻水も止まることを知らない勢いで噴出している。

 これは俺がいなくなっていたこともそうかもしれないけど、信興っていう人が討ち死にしたことの方が原因として大きい気がする。

 話によれば、織田信興というのは俺の弟にあたる人物だそうだ。織田家に対して忠義の厚い六助にとっては、森可成と信治に続いたこともあり、さぞ胸を打つ訃報だったことだろう。

 ようやく俺を解放した六助は涙を拭い、鼻をすすりながらこちらを見つめた。


「プニ長様もお辛いでしょうに、私ばかり悲しみに抗うことが出来ず、申し訳ありません」


 と言われても。会ったこともないし、正直なところ弟が亡くなったという感覚が全くない。こんなことを言うのも不謹慎かもしれないけど、柴田や六助がそうなった時の方がよっぽど悲しいと思う。

 帰蝶が亡くなったら? う~ん、後を追っちゃうかも。


「こうなっては浅井朝倉も本願寺も比叡山も、全てが敵です。必ずやこの手で各勢力を滅ぼしてご覧にいれましょう」


 物騒なことを言っているけど、気持ちはよくわかる。援軍を送ることすら出来ずにただ味方が消えていくのをただ眺めているだけというこの状況も、憤りに拍車をかけているのかもしれない。

 そろそろ誰か、あの書状じゃ返事は来ないよって教えてやってくれ。


「とにかく、今はこの状況が少しでもよくなるのをただ、待つしかありません」


 そう言って、六助は拳を強く握りしめた。

 けど、そこからまた数日が経過しても、状況は一向によくならないどころか更に悪化してしまう。

 坂本や宇佐山城から北東方向にある、堅田という地の武将たちが織田方に寝返ってきたので、織田家はこれを利用して堅田の砦を奪取することで、西近江の物流を差し押さえようと画策する。

 そこで坂本隊約一千が派遣された。ところが、この動きを察知した朝倉軍の一部が、どうやったのか比叡山を下って堅田に攻め寄せる。

 堅田にて囲まれ孤立した坂本政尚は討ち死に。またも織田家はこの一連の戦による犠牲者を出してしまうことになった。


「…………」

「…………」


 比叡山を取り囲む隊の武将らを集めた織田本陣内はお通夜状態だ。誰もが口を噤んだままで、思い思いにどこか一点をただ見つめている。

 その中には、苛立ちを募らせた様子で足をそわそわと動かしているやつもいた。六助と柴田もその内の一人だ。

 しかめっ面で腕を組んだままうろうろしていた六助が急に立ち止まった。


「柴田殿」

「は? 何でござるか?」

「え? まだ何も言ってませんけど、は? 何で喧嘩腰なんですか?」

「キュキュン(喧嘩すんな)」

「ほら、プニ長様もこう仰っているでしょう」

「ほう、妖精様にしか理解出来ないプニ長様の言葉がわかると? 具体的には何と仰っておられるので?」


 六助の目が激しく泳ぎ出した。


「その……だ、大好きな六助と柴田に、喧嘩して欲しくないワン、と」

「何でそんなに動揺しているのでござるか? 第一、拙者はともかくとして六助殿のことが大好きというのはあり得ないでござろう」

「は? それはどういった理由で?」

「最近は香を焚いてましになったとはいえ、臭いが……」


 一瞬にして場の空気が変わった。他の家臣たちは「あ~それ言っちゃったか~」みたいな顔をしている。


「それを言ってしまいましたか」

「何か問題でも?」

「いえ、私から言いたいことはただ一つ」


 そう言って六助は腰に帯びた刀に手をかけ、抜いた。


「来世でお会いしましょう」

「望むところでござる」


 柴田も椅子から立ち上がり、抜刀する。両者が睨み合い、今にも戦いの幕があがろうとしていた、その時。


「待つで候」


 誰もがくだらなすぎて放置しようとしていた争いを止める者がいた。


「明智殿」

「いたのでござるか」


 明智光秀だ。

 こいついたのか……。ボルテージマックスの状態じゃないとどうにも存在感がないんだよな。


「主の前でかような諍いを起こすは武士にあらず。双方刀を納められよ」


 まあ、武士っていうより大人としてどうかって感じではある。

 しばし無言で睨み合った二人は言われた通りに刀を納めて、目線を合わさないようにしながら椅子に座った。

 光秀はそれを見て、満足そうに一つうなずいてから口を開く。


「この状況を打破する案が一つだけあるで候」


 家臣団の視線が一斉に光秀へと集約される。そしてその場の全員を代表して、六助が問いかけた。


「明智殿。その案とは……?」

「朝廷と義昭様を動かし、浅井朝倉や石山本願寺との和睦を成立させる、というものに」

「何だと!?」


 家臣の一人が鬼のような顔をして立ち上がると、他の者もそれに続く。


「和睦などあり得ぬ!」「森殿に申し訳が立たぬではないか!」

「明智殿、正気か!?」「一体何故!」

「冷静になって考えるで候」


 しょっちゅう冷静に物事を判断できなくなるやつがいうことじゃない。


「このままでは、どちらにしろ仇討ちを果たす前に織田家が敗北、果ては壊滅してしまうで候。散っていった仲間たちは、そうならない為に命を賭して戦ってくれたのであろう」

「そ、それは……」「……」


 光秀のいうことも一理ある。

 摂津には三好三人衆、比叡山には浅井朝倉、美濃との交通も危うく遮断されてしまうところだった。そして何より、本願寺は各地の一向門徒を決起させることが出来る。

 織田家は今、四方を囲まれている。おまけに兵力的にも余裕があるとはいえず、戦いが長引けば長引くほど不利と言わざるを得ない。

 ここで講和を成立させるというのは、感情を抜きにすれば極めて合理的な作戦、なのかもしれない。


 ただ、それを頭では理解出来たとしても、人間の感情ってのはそうシンプルには造られていない。 

 大半の家臣と同様、納得していなさそうな表情をした柴田が疑問を口にする。


「しかし、仮に拙者たちが講和を画策したところで、向こうが応じるでござるか? 浅井はともかく、朝倉や本願寺は……」

「本格的な冬の到来が近い。越前に本国がある朝倉は、このまま比叡山に籠城を続ければ雪のおかげでしばらく帰国出来なくなるで候」

「「おおっ」」


 光秀がまともな状態でまともなことを言っていることに感心し、にわかにざわめく家臣団。


「ただ本願寺は少し読めないが……相手は仮にも浄土真宗の僧。誠意を込めて謝罪をしつつプニプニとモフモフを提供すれば、朝廷と将軍が仲介に入った講和には応じざるを得ないはずで候」

「…………」

「…………」


 さりげなく俺が出る流れになっているところは気になるものの、こうまで言われれば反論できるやつはいない。後は気持ちの問題だ。


「ちなみに、誠意を込めた謝罪、というのは当然土下座のことに候」


 その補足がついた瞬間、柴田を始め家臣団はくるりと六助の方を向いた。


「六助殿、どうするでござるか?」

「六助殿」「六助殿!」

「いや、何故私一人に決断を委ねるのですか。皆で決めるべきでしょう」

「和睦する流れになった場合、謝るのは六助殿ですので」


 家臣の一人があっけらかんとして言い切った。こいつら、どうやら土下座役を六助に押し付けるつもりらしい。


「いえいえ、そこは皆で謝りましょうよ」

「六助殿。拙者ら、友達でござろう?」

「柴田殿!?」

「友達は、嫌なことを代わりに引き受けてくれるものでござるよ」

「そうなのですね」


 おいおいいいのかよ。そいつ、前にお前のこと友達じゃないって言ってただろ。


「私も友達です!」「私も!」

「我も!」「拙者も!」

「皆……」


 今にも涙が溢れそうな六助。どいつもこいつも土下座役を回避しようと必死だ。

 まあ、今まで本気で喧嘩してたやつらを相手に土下座するなんて、この世界の武士たちからしたら相当な屈辱だろうからな。

 六助は拳を強く握ると、家臣団を見回しながら叫んだ。


「わかりました! この司寿六助、大切な友人たちのため、見事な土下座を披露してみせましょう!」


 織田軍が、まるで獣の如き咆哮をあげて沸き立った。

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