石山本願寺
というわけで翌晩、煌々と夜空に輝く星々が見守中で、本陣の天幕内にて改めて軍議が開かれた。
俺はいつもの場所で寝転がりながら聞いている。
「報告にあった通り、石山本願寺は夜半、鐘の音を合図にして突如福山城近辺の織田軍に襲い掛かってきたということです」
六助の言葉を受けて、家臣たちは難しい顔を並べている。
「鐘の音でござるか。それはまた何というか、不気味でござるな」
「はい。兵たちの多くはちびってしまったそうです」
「致し方なし」
柴田と六助は互いにうなずきあい、何やら納得している様子だ。
そこで家臣の一人が誰にでもなく、確認をするようにつぶやいた。
「石山本願寺と言えば、たしか浄土真宗でしたか」
「そうですね。浄土真宗本願寺派の本山であり、幾重にも濠や土豪、塀や柵を巡らせた要塞のごとき寺内町を有しています。独自の僧兵はいませんが、各地の門徒を決起させることが出来るので、その勢力はそこらの大名をも上回ります」
「信者からの寄付で、これもたんまり持ってるらしいぜ」
六助の説明に補足する形で、照算が人差し指と親指で輪を作った。つまり、今の状況で敵に回してしまうと非常に厄介な相手ということだな。
すると柴田が顎に手を当てながら疑問を口にする。
「しかし、本願寺が我々に奇襲をかけた理由が今一つ判然としないのでござるが……六助殿に何か心当たりは?」
「う~む。あるかないかで言えばありますが」
「あるかあるかで言えば?」
「ありますね」
「ないかないかで言えば?」
「ないです」
「なるほど……」
「で、その心当たりってなんなんだ?」
俺ならまたわけのわかんないやつが始まった、と呆れているタイミングで、照算が話を本題に戻した。傭兵にしておくにはもったいないので、是非ともこのまま織田家の一員になって欲しい。
「実は、以前上洛した際にお土産の買い過ぎでお金が無くなってしまったので、本願寺に『最近お金たくさん持ってるみたいだし、ちょっとだけ分けて』と織田家の名前を使って書状を送りました」
「それだけならまあ、挙兵をするほどではないでござるな」
「ですよね」
まあ、怒るというよりはドン引きするだろうな。
「あと、今回摂津まで来る際に、『その寺、かっこいいし強そうだから、今日から織田家のものな』と」
「それでござるな」
「違いねえ」
柴田と照算が何度もうなずく。俺的には二つの合わせ技でブチギレ、という感じだと思う。
「そうですかね? 本願寺派十一代宗主、顕如は頭が禿げていると聞いたのでそれくらいで怒ることはないと思ったのですが」
「意味がわかんねえし、あんたハゲをなんだと思ってんだ」
照算が呆れた表情でため息をつくと、家臣の一人が割って入る。
「とにかく、本願寺が挙兵をした経緯は分かり申した。対応はどのように」
それに六助が難しい顔をしながら答えた。
「彼我の戦力を考えても、三人衆と同時に相手をするのは分が悪いでしょうね」
「援軍を受けた三好三人衆の士気も高く、今朝も浦江城北側の防提を打ち破られたそうではありませんか」
「おかげで浦江城周辺が海水につかり、数日は大規模な戦闘はないでしょうが……海水が引くまでに打つ手を考えておくべきでしょうね」
「この隙を突いて、浅井朝倉が侵攻してくる可能性もあるでござるな」
家臣たちの視線が一気に柴田へと集まる。
「とはいえ、横山城にはハゲネズミが入っているので美濃の心配はないでござろうが……琵琶湖の西側をまわって京都を攻められても厄介でござる」
「あちらには宇佐山城を建てて森殿に監視をお願いしておりますが……秀吉殿の隊に比べれば兵力は大分劣ります」
「であれば、もし浅井朝倉が京都に迫った場合、森殿に援軍を送る用意をしておいた方がいいのではないでござるか?」
柴田の提案に、六助は眉根を寄せて腕を組み、少しの間考え込んだ。
「難しいところですね。こちらも戦の最中ですし相手が相手ですから、森殿に援軍を送るということは、摂津はほぼ捨てなければなりません。一度こちらが断った以上、和平案も受け入れてもらえないでしょうし、撤退も楽ではないでしょう」
「まあ、あれは仕方ないでござろう」
「私もそう思います。和平交渉をするということは我々が直接三人衆と会わなければなりません。そうなれば情報通りの足の臭さなら、私が気を失ってしまう可能性すらありますからね」
「三人衆のやつらはそんなにくせえのか?」
照算の問いかけに、六助は静かに首肯してから応じる。
「その臭さ、天下無双と聞いております」
「天下無双……」
緊迫した顔で息を呑んだ照算は、次にまさかの言葉を発した。
「でも、六助殿も割とくせえよな?」
「えっ」
六助が一瞬固まると同時に、家臣たちが揃って照算の方を向いた。ぎょっとした表情をしていて、「それは禁句だ」と数多の視線が述べている。
状況から何かを察した照算が、慌てて手を横に振り始めた。
「あ、いやいや、冗談だよ冗談!」
「ですよね! びっくりした! 突然ですから一瞬本気かと思いましたよ~、照算殿もお人が悪いなぁ!」
「何言ってんだよ、友達同士ならこういうことも普通に言い合うもんだぜ?」
「と、友達……」
この津田杉乃坊照算という男、どうやら人の懐に入るのが上手いらしい。六助を感動させることで場をごまかしやがった。というより、六助がわかりやす過ぎるだけなのかもしれないけど。
嬉しさを十分に噛みしめた様子の六助が軍議を仕切り直す。
「とにかく、浅井朝倉の出方を窺う必要があります。いずれは摂津撤退も視野に入れて、皆さんも準備の方をお願いします」
「了解致した」「おうよ」
「了解にござる」
そうしてようやく軍議が終わろうとした、その時だった。
「敵襲ー! 敵襲ー!」
恐らくは六助の隊の足軽が、大慌てで天幕に駆けこんで来た。焦燥が伝播し、家臣たちがにわかにざわめく。
「敵襲だと!?」「こんな時間に?」
「それ以前に、ここは本陣でござるぞ!?」
「数は!?」
六助に問われ、足軽は自分でも信じられないという表情で、
「百から二百程かと……」
と報告した。
「百だと!? そんな馬鹿な……ええい、とにかくプニ長様をお守りしろ! 馬廻衆を叩き起こせ!」
「うわーっ!」
六助の指示が飛ぶも、外からは早くも部下の悲鳴が聞こえてくる。すでに近くにいた馬廻衆や家臣たちが一斉に俺の周りに集まってきた。
そして天幕の外からゆっくりと、不敵な笑みを浮かべながら、無駄に派手な装飾の施された鎧を着たハゲが入ってくる。
「ふふ……油断しすぎではありませんか?」
その後ろから、何人か僧兵もついてきた。
「初めてお目にかかります、織田家の皆様。私は石山本願寺の住職、顕如と申します。本日は……」
顕如の合図と共に、何丁もの火縄銃の銃口がこちらを向いて構えられる。
「私共に随分な扱いをした、そのお礼をさせていただきに参りました」
火蓋が切られ、轟音と共に、こちらの先頭に居た馬廻衆数名が膝から崩れ落ちていく。
天幕に顕如の隊全員が入って来たわけではないとはいえ、結構な数だ。今ので足軽の精鋭たちのほとんどが負傷してしまった。
「何としてでもプニ長様だけはお守りするぞぉ!」
そう叫んだ六助を始め、名だたる武将たちが次々に刀を抜いていく。照算も手の届くところに置いてあった火縄銃を構えた。
「そんな抵抗は無駄ですよ……はあっ!」
掛け声と共に顕如が禿頭のてっぺんをこちらに向けてきた。すると、それは朧げな月の光と松明の灯を集約し、強い光を放ち始める。
「何だと!?」
驚きの声をあげたのは、もはや誰だかわからない。視界が白一色に塗りつぶされてしまったからだ。
どうやら顕如のハゲ頭の輝きっぷりは人智を越えているらしい。織田陣営のほぼ全員が目をやられて動けなくなってしまっていた。ここが日本なら、この必殺は間違いなく「顕如フラッシュ」と名付けられていただろう。
「ふふふ、どうですか? 私の必殺『希望の光』のお味は。さあ皆さん、にっくき織田プニ長を今こそ討ち果たすのです!」
敵兵の一斉に駆け出す足音がして、たくさんの人の気配が一気にこちらに詰め寄って来るのを感じる。でも、目が開けないからどちらに向かって逃げればいいのかすらもわからない。
うっすらと「死」の文字がまぶたの裏に浮かんできた、その時。
「プニ長様、お逃げください! うおおおぉぉぉーっ!」
六助の声と、そして彼のものと思われる足音が一斉に敵がいたはずの方向へと遠ざかっていく。
恐らく俺を助けるため、命を捨てて敵へと突撃する気だ。
「六助殿!?」「六助殿ーっ!」
それに気付いた家臣たちがあいつの名前を呼んでいる。
たまにおバカをすることもあったけど、何だかんだで憎めないムードメーカー。そんな六助がいなくなってしまうかもと、身が震え出すのを感じた。
「ワオ~ン! (六助ー!)」
悲鳴にも近い何かをあげたがもう遅い。六助の足音と、敵兵たちの足音が今にも交わろうとしていた。が、
「くさっ!」「え……」
「本当だくさっ!」「うわっ!」
戦闘はそこで中断されてしまった。




