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作戦の再開

 明くる日に作戦を再開した織田軍は、川を埋め立てた後に土手を築いて櫓を建てるなど、次々に攻城戦の準備を進めていった。

 そうして戦闘態勢を整えた翌日、野田、福島城への攻撃が開始される。

 戦は、数だけでなく砦や櫓など、幾多の「下準備」を施した織田軍の優勢で進んでいったばかりか、更に翌日には援軍も加わった。


 攻城戦二日目の昼過ぎ。六助と一緒に早馬からの報告を聞いていると、織田軍の足軽に案内されて、見慣れない顔が天幕にやってきた。


「こちらです」


 その人物は、軽く手をあげながら友達みたいに声をかけてくる。


「おお、あんたが織田プニ長か! 聞いてた通り、中々尊いじゃねえか!」

「キュンキュン(誰お前)」


 ハゲじゃない頭髪をつむじのあたりで結ったおしゃれちょんまげ。纏う鎧にはあちこちに汚れが見受けられ、細く引き締まった体格も相まって、武将というよりはごろつきの大将といった雰囲気を漂わせている。

 そこで六助が、男を手で示しながら紹介してくれた。


「こちらは援軍を頼んだ根来衆の当主、津田杉乃坊照算殿です」

「キュキュン? (根来衆?)」


 雑賀衆と似たような字面だけど、何か関係があるのだろうか。


「彼らは雑賀衆と同じく紀伊国の一部を拠点とした、鉄砲で武装した傭兵集団で、報酬次第で味方にも友達にもなってくれます」

「キュウンキュン(どんだけ友達欲しいんだよ)」


 それに、傭兵なんていう外部の人間に援軍を頼んで大丈夫なのか、なんて思っていると、疑問を見透かしたかのように六助が説明をしてくれる。


「織田家に対する忠誠心こそありませんが、彼らにも傭兵として決して失ってはならない、信用というものがあります。きちんと支払うものさえ支払えば、少なくともこの戦の間は裏切るようなことはないでしょう」

「キュキュン(なるほどな)」

「しかも、照算殿は大の犬好きとしても有名です。犬臣鎌足公の再来と言われ、驚異的なプニモフを誇るプニ長様が当主に君臨なさっているということで、話を持ち掛けたら是非とも織田家を助けたいと言ってくださいました」

「犬が当主をやってる織田家から依頼が来たら、そりゃもう受けるしかねえってもんよ」


 傭兵集団とはそういうものなのだろうか。戦の最中に裏切ることがないのなら、とりあえずはよしとしておこう。

 六助との談話を終えた孫一がこちらに向き直った。


「さて、と。早速だが前払いで報酬の一部を頂くとしようかね」

「わかりました。プニ長様、申し訳ありませんが照算殿にプニモフを下賜していただけないでしょうか」

「キュキュンキュン(何じゃそりゃ)」


 報酬って金とか米じゃないのかよ。ていうかこいつ、話の流れからして無断で俺を売りやがったな。

 色々言いたいことはあるけど、今ここでだだをこねても仕方がない。大人しく右前足を差し出した。


「話のわかるやつで助かるぜ」


 まずはプニプニから、ということらしく、静かに肉球を堪能する孫一。でも、穏やかな笑顔を浮かべていたその顔は、次の瞬間には驚きの色に染まる。


「な、なんだこれ!?」

「おやおや、どうなされたのですかな?」


 六助が怪しく笑う。


「こりゃプニプニどころの騒ぎじゃねえぞ!」

「くっくっく……照算殿も遂に知ってしまったようですね。プニ長様の肉球から見えてくる、プニプニの向こう側というものを」

「プニプニの向こう側だと?」


 どうでもいいけど早くしてくれ。

 六助は真面目な表情で一つ首を縦に振ると、まっすぐに照算の目を見据えながら解説を始める。


「あまりにもプニプニし過ぎていて、この世のものではないような、これからのプニプニの可能性を示しているような、そんな未知の、あるいは神の領域に達しているのがプニ長様の肉球なのです」

「確かに、このプニプニ具合だとそんな風にも思えてきちまうな……」


 そのまましばらくプニプニした後、照算はおもむろに立ち上がった。


「確かに前払い分はもらったぜ」

「それではよろしくお願いします」

「ああ。三人衆のやつらは任せな」


 頼もしい一言を残して去っていく。


「津田照算殿……中々見所のある御仁ですね」


 その背中を見送りながら、六助は誰にともなくそう呟いた。


 雑賀・根来衆の援軍を得た織田軍は鬼が金棒を持ったようなものだ。戦局はより一層こちらに傾いた上に、気付けば完全に包囲され、やたらと砦や櫓を周辺に建てられてしまった三好三人衆軍は、遂に和平交渉を申し入れてきた。

 しかし、織田軍は軍議の末にこれを拒否する。

 決議の決め手としては、松永と三好のおっさんたちから得た「三人衆は全員揃って足の裏がくさい」という裏情報からだった。一応、優勢で勝利が目前だから、という普通な理由もあるらしい。

 ほぼ確実に勝てるのに、戦を中断する必要はない、ということだ。


 そしてその日の夕方頃。勝利ムードに酔った家臣の一部が、俺の天幕に集まって酒宴をする運びになった。正直他のやつのところでやって欲しい。

 盃を手にした六助が豪快な笑い声をあげている。


「はっはっは、もう勝利は目前ですなあ!」

「敵を一つ排除出来るばかりでなく、摂津も織田家のものになりますな」


 にやりと妖しく笑いながらそう話すのは松永のおっさん。

 酒で顔を赤くしながら幸せそうに談笑する家臣たちとは裏腹に、俺はそんな気分になれなかった。

 何故なら……。


「この戦に勝利出来れば、プニ長様は松永殿に対して摂津の領有をお許しになるでしょう」

「せ、拙者、この戦が終わったら、お市殿に……」

「俺はな、故郷に待たせちまってる女がいんだよ」

「帰ったら、母上のところに顔でも出そうかと」


 こいつらが、いわゆる死亡フラグを立てまくっているからだ。あからさまではないけど、家臣たちの台詞から戦に負けそうな匂いがぷんぷんに漂っている。

 なんだろう、ここから負けるんだろうか。だとすればどうやって? 六助たちの言う通り、織田家の勝利はほぼ決まったはず。この近辺で新しい勢力が挙兵するとか……う~ん、わからん。


「キュ、キュン(おい、六助)」

「いと尊しぃ! おいお前ら、プニ長様を胴上げじゃあ!」

「キャキャンキャン!(待て待て待て!)」

「わっしょい! わっしょい!」

「ワオ~ン! (やめろ~!)」


 成すすべもなく胴上げをされてしまう。誰もが勝利に酔いしれて、かくいう俺も心配のし過ぎかと一瞬の油断が脳裏をよぎった、その瞬間だった。


「プニ長様、プニ長様ぁー!」


 場の雰囲気とは対照的に、必死の形相で息を切らした足軽が一人、入り口の幕を勢いよく押し分けて入ってきた。

 胴上げの輪から外れた六助が、足軽に厳しい視線を向けながら吠える。


「貴様、どうせ騒がしくするならもっと騒がしくせんかぁ!」

「申し訳ありません!」


 少し考える様子を見せた足軽は、奇妙な踊りのような何かをし始めた。


「プニ長様! いよ~っドンドコ!」

「そうだ、その調子だ!」

「ありがとうございます! はあ~っ、あ、そーれっ!」

「いいぞ~! わっはっは!」


 胴上げ隊は解散し、足軽の踊りを見ながらの酒宴再開となった。すると別の家臣が、足軽に新しい指示を飛ばした。


「さあ、その勢いのまま報告じゃあ!」

「はいっ! 石山本願寺がっ! いよ~っ! 織田軍を攻撃して来ましたっ! どんどこはぁっ!」


「「「「えええっ!!!???」」」」


 天地を揺るがすほどの驚愕がすっかり陽も落ちた空の下に響き渡る。

 石山本願寺……ってことは寺だろ? 何で寺が織田軍に攻撃を? ていうか、そもそも寺って兵力とか持ってんの?

 次々に疑問を浮かべていたら、一瞬で酔いが覚めた様子の六助と家臣団一同が足軽に詰め寄っていた。通常の空気に戻ったことを悟った足軽が片膝をつき、そこに六助が追加の質問を飛ばしていく。


「どういうことだ! 何故石山本願寺が挙兵を!?」

「理由は不明です! 先程、寺にある鐘の音と思われる合図と共に、こちらの陣営に突然襲い掛かって来ました!」

「わかった、下がっていいぞ」

「失礼します!」


 去っていく足軽の背中を見送ることもなく、六助は家臣団を見渡しながら声を張り上げた。


「今の報告、皆も聞いておったな? この場にいる者だけでいい、緊急の軍議を開くぞ!」


 この辺の切り替えはさすが武将というべきか。六助を始めとして、おっさんたちは続々と表情を引き締め、席に着いた。

 よくわからないけど、石山本願寺が織田家に対して牙を剥いたというのは余程のことらしい。先ほどの戦勝ムードはどこかへ消し飛び、天幕の中にはこの戦が始まって以来の張り詰めた空気が流れていた。

 その空気を裂いたのは柴田の声だ。


「あの~、六助殿。眠いのでまた明日の朝にしたいのでござるが……」

「それもそうですね。では解散っ!」


 …………。

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