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 その晩、夕飯を平らげてから帰蝶とごろごろしていると、自室に妹が訪れた。夫という名の飼い犬も一緒だ。部屋には二人と二匹で、帰蝶とお市は畳の上に正座、俺とモフ政は寝転んでいる。

 うきうきしている感じなので、一体何があったのだろうかと思っていたら、お市はまさかの話題を切り出して来た。


「ねえねえ義姉上」

「どうしたの?」

「今日徳川家康様がいらしてたんでしょ?」

「うん」

「かっこよかった?」


 どうやら家康のイケメンっぷりは他国でも有名らしい。ましてや同盟国のうちになら当然といったところか。

 ま、そりゃ女の子なら気になるよな~。俺も可愛い女の子がいたら気になるし、友達と噂くらいはすると思う。噂する友達がいないだけで。


「うん、とても素敵な方だな、とは思ったけど」

「え~いいな~私も会ってみたい!」

「同盟国の主様だし、プニ長様といればその内会えると思うよ」

「だよね。こんなのでも、たまには役に立つのね」


 お市がこちらに近寄り、笑顔で頭を撫でて来た。

 いかんな、姉川からここしばらく様子を見ていたけど、完全になめられている。というか、完全にただの犬としか思われていないし、帰蝶に何度言われたところで認識を改める気配もない。

 別にこのままでもいいけど、やっぱり兄としては見られたいのでここらで少し威厳を見せておこう。


 ぺしっと手を振り払ってやると、途端にお市は不機嫌を露わにした。


「は? 何よあんた」

「キュキュン(お兄ちゃんだよ)」

「こういう時は叱ってあげなきゃだめね」

「キュキュン(かかってこいや)」


 俺の名は犬上武。小学生の頃、同じクラスの番長である大森君と対決したこともある歴戦の猛者だ。

 まだクラスカーストなんて関係のなかったあの頃。俺と大森君は互いにゲーム好きなこともあり、いつもその手の話で盛り上がっていた。でもその友情も長くは続かない。

 夏休みももう目前というある日、チーム戦形式の格ゲーで俺が女キャラしかいないチームを使っていたことを知った大森君は、何故かそれをクラス中に言いふらしてしまった。

 あの頃は何故か女キャラを使っているやつは恥ずかしいとかむっつりスケベみたいな文化があったので、俺がクラス男子の笑い種になるのにそう時間はかからなかった。


 それを知った我が鉄拳が標的を間違えるはずもない。かっとなった俺は大森君に勝負を挑み、近所の雑木林での特訓で編み出した必殺「犬上パンチ」は彼の腹を深くえぐることに成功した。

 しかし、大森君はデブだった。腹に蓄えられた脂肪は俺の予想していた量を遥かに超えていて、「犬上パンチ」は彼の中枢に達する前に止められていたのだ。

 醜悪な笑みに歪むデブの口角。全てを悟った時には、俺の身体は虚しく宙を舞っていましたとさ。


 なんて過去を回想している間にも、お市はお仕置きをしようとこ四つん這いの体勢になって腕を伸ばして来ている。

 威厳を見せるとは言っても、可愛い妹の肌を傷つけてしまうのは忍びない。あくまでソフトにいくぜ。標的に向かって一歩を踏み出し、相手の腕の下をくぐって、尊い右腕を振り上げながらあの技の名前を叫んだ。


「キャン、キャワワン! (必殺、犬上パンチ!)」


 俺の腕は空を切り裂き、ぽすん、という音を立てて妹の太ももに突き刺さる。


「何してんの」

「ふふ。プニ長様がね、遊んで欲しいって」

「構って欲しかっただけ? ならそう言えばいいのに」


 何だかあらぬ誤解をされてしまった。そのままひょいと、お市に抱っこされてしまう。するとモフ政が俺も俺も、とばかりに近寄って来る。


「モフ政様はこちらにおいでください」


 そう言って帰蝶が両腕を広げると、大人しくそっちに歩いて行った。モフ政めっちゃ言うこと聞くやん。


「さて、いくら構って欲しいからと言っても、さっきの態度はいただけないわね」


 抱っこされたままくるりと、うつ伏せの体勢にされてしまう。こ、この体勢はまさか……。嫌な予感に背筋が凍り付く。


「はっ!」

「キャワン! (痛い!)」


 かつてない衝撃が俺のプリティなお尻を襲う。やはりというべきか、これは今では伝説となった種類のお仕置き、「お尻ぺんぺん」だ。古風ながらとても痛くて効果がある為、漫画の中などではいたずら小僧へのお仕置きとしてよく使われる。


「お市ちゃん、それはさすがにやり過ぎよ」

「義姉上は黙ってて。犬はね、ちゃんと躾けないと調子に乗るんだから」

「キャワ~ン! (助けて~!)」


 帰蝶が泣きそうな表情で止めてくれるも、言うことを聞く気配はない。体格差があるので、女の子によるものでもお尻ぺんぺんは大層痛かった。

 その後しばらくしてようやくお仕置きが終わると、涙ながらに帰蝶の膝の元へと戻る。けど安住の地での休息も束の間、帰蝶は俺をそっと床に置いてから立ち上がった。


「プニ長様、少しだけ席を外しますね」

「義姉上、何か用事?」

「ううん」

「あ、わかった」


 そんなやり取りをして帰蝶は立ち去っていく。用事じゃないってことはすぐ戻って来るのかな。お市と二人っきりになりたくないなぁ。

 襖が閉まる音がすると同時、お市はこちらを振り返っていつもとは違う、期待に輝かせた瞳を向けながら近付いて来た。そして、俺の目の前に座って両腕を広げて来る。

 帰蝶がいない間に俺を存分にプニモフするつもりなのだろう。


「ほら、こっち」

「キュン(ひっ)」


 そんなことはないとわかっていても、一度身体に刻み込まれた恐怖は早々拭えるものじゃない。またお尻ぺんぺんをされてしまうのではないかと、思わず逃げ出してしまった。

 部屋の隅で警戒心を露わにする俺に表情を曇らせるお市。


「何で逃げるのよ」

「…………」


 もう一度近寄って来るお市。別の部屋の隅へと逃げ込む俺。


「何で……あっ、もしかしてさっきので怖がってんの?」

「キュン(そうです)」

「そりゃさっきのはちょっとやり過ぎたかもしれないけど……もうしないわよ」


 珍しく、というか初めてしゅんとした表情をお市は見せる。

 怖いけど妹にこんな顔をさせるのは忍びない。たしかに自分がチワワに嫌われたら相当悲しいもんな。

 俺は震える手足を頑張って前に出し、勇気を持ってお市に近付いた。途端に彼女は花の咲くような笑顔を見せる。


「なに、やっぱり抱っこして欲しいの? しょうがないわねえ」


 強張る俺の身体を抱き上げて、頬ずりしたり肉球を触ったりし始める。


「ふふ」


 全くしょうがない妹だぜ。

 その後帰蝶が戻ってくるまで、お市は存分にプニモフを堪能したのであった。

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