不穏な動き
「キャンキャン! キャンキャン! (何でこんなところにいるんだよ。城の人間たちは気付かなかったのか!?)」
「ニンニン……」
思わず帰蝶の膝から飛び降りて吠えたら、半蔵はかしこまって片膝をついた姿勢でしょぼくれた。どうやら反省しているみたいだ。
すると、襖が開いてそこから新たに何人かが顔を覗かせる。
「いやはや、驚かせ過ぎてしまいましたかな。申し訳ありません」
「ちょっとびっくりしていただく程度のはずだったのですが」
爽やかな笑顔と、苦笑をそれぞれに浮かべる、家康と六助だった。
ふざけんなよ、半蔵がいきなり横に湧いて出たら心臓止まりそうになるに決まってんだろうが! なんて言いそうになったけど、万が一にでも意思が伝わってはまずいとぐっとこらえる。半蔵には明らかに悪気がないからだ。
「半蔵も反省しているようですから、許してやってください」
「ニンニン……」
「キュキュウンキュン(こちらこそ驚きすぎてすいません)」
「実は御三方を出迎えるなり、プニ長様と帰蝶殿の部屋にこっそり侵入してみるよう半蔵殿へ促したのは私なのです」
「キュキュン(お前は許さん)」
六助をどう処罰してやろうかと考えていてふと気が付いた。御三方? 家康と半蔵と……あと一人はどこにいるんだろうか。
「忠勝。もういいよ、入っておいで」
「御意に」
家康が背後に向かってそう促すと、襖から今度は大男が現れた。
兜は脱いでいるものの、その見るだけで敵を倒せるような鋭い眼光と筋骨隆々の肉体美を間違えるはずもない。姉川にて、ソフィアの出した鏡で見た本田忠勝その人だった。
忠勝は俺たちの前まで歩み出てどかっと座り、自己紹介をしてくれた。
「本田平八郎忠勝に。以後、お見知りおきを」
「キュ~ン(よろぴく~)」
「き、帰蝶です。よろしくお願いいたしまする」
ぺこりん、と土下座みたいな礼をする帰蝶。
「護衛として付き添ってもらったのですが、それこそ見た目でプニ長様と帰蝶様を驚かせてしまうと思い、部屋の外で待ってもらっていたのです」
場が一段落したのを見て家康は忠勝の隣に、六助は俺たちの隣に。徳川家と織田家が対峙する形で座ってから、家康の口から本題が切り出された。
「半蔵が三好三人衆が不穏な動きを見せているとの情報を得ましたので、織田家の方々にお知らせしようと思い参りました」
「三好三人衆が?」
六助がわずかに眉根を寄せた。
三好三人衆……全く興味がないので誰のことかはもう忘れたけど、三好さんと三好さんと三好さんじゃなく、一人だけ三好さんじゃない人が紛れていたはずだ。
「はい。織田家が姉川の戦いへ向けて出陣している間に、彼らが摂津城主の重臣らを調略して城主を追放、挙兵したことはご存じですね?」
「いえ全く」
真顔で手を横に振る六助。こいつまじか。
家康はそれを意に介することなく、変わらない笑顔を見せる。
「そうですか。金ヶ崎からは息つく暇もなかったでしょうから、情報収集に手が回らないのも当然かもしれませんね。とにかくそういう出来事があったので、半蔵が持つ忍びの部隊の一つに三好三人衆の動向を探らせていたのです。すると、最近になって彼らが摂津中島に進出し、野田・福島城を築城したとの情報が入りました」
「野田・福島城ですか……」
あまり地理に詳しくない俺は元より、六助もいまいちピンと来ていないらしい。
俺たちの様子を見た家康が半蔵に声をかけると、彼は懐から一つの地図を取り出して「ニンニン……」とつぶやきながら広げてくれた。
「これが野田・福島城周辺の地図です」
地図に示された場所は海に近く、陸地が数多の河川に分断されて、島が集まっているようにも見える特殊な地形をしていた。こういうのをたしか三角州とかデルタ地帯とか社会の授業で言っていた気がするな。
素人の俺から見ても理解できる。これは……。
「ご覧の通り、周囲を河川に囲まれた攻略の困難な城です。戦力が整ってしまえば三好三人衆は、反織田勢力の有力な旗頭となるやもしれません」
「なるほど。それで本日、わざわざ足をお運びくださったというわけですね」
「いえ、盟友である織田家の方々のお顔を拝見したくなったから、というだけで、この情報はそのついででございます」
「おほほぅ」
さらりとイケメン発言をする家康に、六助からは奇妙な声がもれた。
続いて六助はやや前のめりになって、半信半疑な様子で、まるで何か触れてはいけないことを確認するかのように尋ねる。
「あの、そっ、それはもしや、私と家康殿は友達……ということなので?」
「もちろんです」
「うほほっ」
二人のやり取りが六助のゴリラ化によって終結したのを見たからか、帰蝶が本題へと話を切り替えた。
「あの、それで。三好三人衆の方々はどうなさるおつもりで……?」
「おっと申し訳ありません。私、人生初めての友人と呼べる存在が出来たことに感激して我を忘れておりました」
こほん、と一つ咳ばらいをしてから、六助は真剣な表情に戻って口を開く。
「とりあえず様子を見ましょう」
「それもそれでありだとは思いますが……よろしいのですか?」
「ええ。彼らはもしかしたら、野田・福島城を築城して、夏に川遊びをしたいだけかもしれませんから」
家康に問われた六助は、何ら考える間もなくそう答えた。
「いえさすがにそれはないでしょう。すでに挙兵までしているわけですし……というか六助殿、ご自身が川遊びをしたいのでは」
苦笑からからかうような笑みへと、豊かに表情を変える家康。
「そっ、そんなことはありません。いずれにせよ攻城戦は避けたいところですから周囲の織田勢力に対して打って出るならそれも良し。今は様子見をしておくのが最善です」
「そういうことにしておきましょうか」
「これは、家康殿もお人が悪い」
ひとしきり笑い合うと、話の切りがよくなったところで家康が立ち上がり、それを合図に忠勝と半蔵も立ち上がった。
「それでは、今日はこれにて失礼します」
「貴重な情報、ありがとうございました」
六助も立ち上がって硬い握手を交わす。そして、見送りでもするのか家康と共に出て行った。二人きりになった空間で帰蝶が俺を見ながら遂に、危惧していた台詞を口にする。
「家康様……とっても素敵な方でしたね」
何かが派手な音を立てながら崩落した。もちろん、周囲には聞こえることのない俺自身の胸の内で起きた現象だ。
ぐぬぬ、家康め。いつかはこんな日が来るとは思っていたが許さん。真の敵とはやはりすぐそばにいるものなのだ。いやでも、こんな懐のちっさいことを言っているからだめなのかもしれない。
けど、そんなことを言われても俺はまだ高校生……こちらの世界に来てからのことを考えても二十歳前後の年齢でしかない。ちょっとしたことですぐに未完成の小さな世界は崩壊するし、死にたくなるほどに思いつめたりもするものだ。
青春とは自分の行動力を上げるきっかけになる一方で、自分の心を容易く傷つけてしまう、諸刃の剣でもあったりする。
頭では色々とわかっていても、心は到底納得の出来るものじゃなかった。だから俺は駆け出した。
「プニ長様、突然どうなされたのですか!? 厠ですか!?」
帰蝶にお漏らしの心配をされながら、縁側に飛び出し、天に向かって吠えた。
「アオオオオォォォォン!!!! (ちくしょおおおおぉぉぉぉぉ!!!!)」
「あちらの方にお友達でもお見えになりましたか?」
とりあえず、飼い犬から夫への昇格を目指そうと思いました。




