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絵に描いたようなアレ

 そこで六助が勢いよく立ち上がり、拳を強く握り込みながら言った。


「プニ長様、我々も参りましょう!」

「キュキュン(行ってらっしゃい)」

「いってらっしゃ~い!」


 ソフィアはそう言ってぶんぶんと笑顔で元気よく手を振っている。

 まあそうなるよな。私怨を晴らせるわけだし、柴田が追撃に行けばそのフォローなりなんなりで口実作りだって簡単になる。

 こうなってしまうともう俺には止められそうもないので、諦めてその辺で寝ようと踵を返した、その時だった。


「是非プニ長様にもお越しいただきたく存じます!」

「キュ(えっ)」


 思わずといった感じで振り向けば、ソフィアがこちらに寄りながらそっと耳打ちをして来た。


「武さんの前でいいところを見せたいんだと思います。追撃戦なら無理さえしなければそこまで危険はありませんし」

「キュウンキュンキュキュキュウン(授業参観で親を前に張り切る小学生か)」


 小声でツッコミを入れているうちに、六助は俺を抱え込んだ。


「それでは参りましょう! 必ずやプニ長様の前で敵将を討ち取ってご覧にいれましょう!」

「キュンキュン(おいやめろ離せ)」


 こっちの世界に来てから習得した秘技「暴れ魚」を披露するも、やはり抱っこしている腕の力が無駄に強くて抜け出せない。いつも思うけどこいつ、何でこんなに力強いの? やだ男らしい……。

 これ以上暴れても意味がないことを悟った俺は抵抗することを諦めた。天幕の外に連れて行かれて、そこにいた六助の馬に乗せられる。

 次に六助が乗って手綱を取る。俺はこいつの膝の間に這いつくばるような感じで乗る格好だ。


「それでは参りましょう! はいやぁー!」

「キュンキュン? (その掛け声必要ある?)」


 手綱が大きく揺れると共に馬が走り出した。視界が上下に大きく振られ、馬の蹄が地面を蹴る音が耳を支配し始める。

 移動手段といえば駕籠ばかりで馬に乗ることにあまり慣れていない上に、犬の身体での視点ということで、思っていたよりもかなり迫力がある。


 鉄砲の弾痕、使用済みの矢、いずれかの軍の兵が落としていった槍。その他には口にするのもはばかられるようなものも、点々と戦地には転がっていた。

 漫画やドラマでは見ることの出来なかった、残酷かつ鮮明な現実の有様が、前から後ろへと飛ぶように流れていく。


「プニ長様! もし敵将の首を獲ったら、その場でプニモフをお願いいたしますぞぉー! はっはぁ!」

「キュン(嫌です)」


 仮にも馬廻衆で、俺がいない時には総大将として戦っているので、そんな景色を見慣れているらしい六助の快活な声が頭上から響いた。


「わー! お馬さんに乗ったの、久しぶりです!」

「キュンキュン(お前は飛べよ)」


 俺の背中に横座りしたソフィアが楽しそうな声を飛ばしている。


 浅井軍はすでにかなり遠くまで逃げているらしい。姉川を渡って、遠くにそびえる小谷山がぐんぐんと大きくなってきた、その時だった。

 前方に何か妙なものを認めたと思ったら、同時にそれに気付いたらしい六助が訝し気につぶやく。


「むっ、あれは……?」


 大量の織田兵が気絶して横たわっている。気絶して、と言えるのは血が一切流れていないからだ。

 この辺りは主戦場にはなっていないはずだから織田兵が転がっているというのはおかしい。追撃戦で向こうの殿軍にやられた可能性はあるけど、それなら血を流していないというのは妙だ。

 近寄って馬上から覗き込んでみると、彼らはいかにも恍惚といった感じのやや気持ち悪い笑みを浮かべたまま目を閉じている。


「何と言うか、ものすごく幸せそうな顔をしてますね……!」


 珍しいものを見たようなソフィアの言葉を聞きながら、周囲をぐるりと見渡してみる。

 気を失っているやつらのほとんどは、旗印からして追撃戦に入った柴田隊と木下隊の兵だろう。


 馬から降りた六助は、その内の一人を抱き起こして揺すりながら尋ねた。


「おい、しっかりしろ! ここで何があった!」

「ろ、六助殿……ぐふっ」


 目を開けたかと思えば、どこかで聞いたような声を出して身体から力の抜けた足軽に、六助は再度呼びかける。


「おい、どうした、おい!」


 その様子を眺めながら、ソフィアが六助に問いかけた。


「何があったんでしょう?」

「わかりませんが、どうやら皆生きているようですし、こやつらは別の隊に任せて我々は先に進みましょう」


 というわけで、再び馬に乗って草原を駆けていく。途上には続いてごろごろと織田軍の兵が転がっていて、避けながら移動するのは大変だった。六助が。

 そうして追撃に参加したやつらの痕跡を追っていくと、ようやく追いつくことが出来たのか人だかりが見えた。

 人だかりとは言っても戦っている様子はない。こんなところで戦うでもなく何をしているのか皆目見当もつかなかった。


 その集団の最後尾につくなり、六助は馬から降りて早々、足軽を適当に捕まえて問いただした。


「おい、お前たちはここで何をしているんだ?」

「ろっ、六助殿! それにプニ長様まで!」


 馬の首の横からひょこっと顔を出している俺とソフィアに気付いたらしい。他のやつらも、その足軽の言葉に一斉にこちらを振り向く。その瞬間、にわかに群衆がざわつき始めた。

 兵たちの反応がどういうものなのかまだわからない俺たち三人は、一様に首を傾げている。


「こっ、これはその……」


 足軽はどうにか説明しようとするも、何か言いづらいことでもあるのか、口ごもるばかりで一向に話が進まない。

 それをじれったく思ったのか、六助は「先頭に何かあるのか?」と言って、群衆をかき分けながら前の方へと進んで行く。


「私たちも行ってみましょう!」

「キュン(だな)」


 単純に何があるのか気になるし、どうやら戦闘も起きてなさそうだから安全っぽいしということで、俺とソフィアもそれについて行く事にした。


「プニ長様!?」

「いと尊けれども……!?」


 人と人の間を縫って移動する最中に周囲から飛び交う、聞き慣れた台詞たちにも少し動揺の色が混じっているように聞こえる。一体何があるのか、と二人で緊張していたら急に視界が開けた。その先には。

 その先、に……は……?


「ほら、斬れるもんなら斬ってみなさいよ! こんな犬、別に私は何とも思ってないけど、あんたたちにとっては尊いんでしょっ!」


 まなじりがわずかに吊り上がった双眸が強気に輝き、亜麻色の長い髪の後ろからとってつけたように髪を少しだけ結わえて垂らしている。

 帰蝶も俺が思い描いていた「戦国時代の女性」みたいな着物は着てなかったけどこの子の服装は更に薄い。というかもう浴衣だし、おまけに少し丈が短くてけしからん感じになっていた。

 

 一人の女の子がパグと思われる犬を両手腕で抱きかかえながら駄々っ子のように叫び、織田軍の兵たちを困らせている。女の子を挟んで向こう側には浅井軍の兵たちもいて、織田軍と同様に情けない表情を浮かべていた。

 どうやらここまでのわけのわからん状況はこれが原因みたいだけど、正直余計にわけがわからんので何もせずに見守ってみる。


「ま、まさかこれは、絵に描いたようなツンデレ……!?」


 隣でソフィアが瞳を大きく見開いているけどこいつは放っておこう。


「お市様、早くお逃げください!」

「わかってるわよっ!」

「お市様、お待ちください!」

「何よ、やる気!?」

「そ、それは……」


 「お市様」と呼ばれた女の子は、浅井軍に急かされて小谷山方面に足を向けたかと思えば、今度は織田軍に呼び止められて振り向く。

 この「お市」って子、話に聞いていた信長の妹か。つまり肩書上、今では俺の妹に当たるわけだな。でもお市って今は浅井長政と結婚して浅井家の人間になっていると聞いた気がする。

 とりあえずかねてから妹という存在に憧れていた俺は名乗り出ることにした。


「キュンキュン(お兄ちゃんだよ)」

「うおわっ! プニ長様!」

「プニ長様だと!? 何と、六助殿までいらっしゃるではないか!」


 俺に気付いた足軽が叫び、更にそれを見て秀吉が驚いた。二人ともこっちがびびるくらい過敏な反応だ。

 秀吉に気付いた六助がそちらにずんずんと歩み寄っていく。


「秀吉殿、これは一体?」

「こっ、これはその……」


 いつも言いにくいことがあれば適当に嘘をついて誤魔化してしまう、腹黒の秀吉にしては随分と歯切れが悪い。ていうかお市に俺の声は全く届いてねえなと思っていると、秀吉の背後から一人の落ち武者が躍り出る。


「拙者から説明いたすでござる」

「キュキュンキュン (お前もいたのかよ)」


 柴田が俺たちの前に堂々と胸を張って現れた。

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