女神様からの贈り物
「この世界における私の役目は、もう終わりです」
「ソフィア様……?」
「ですから最後に、お二人にささやかな贈り物をして差し上げたいと思います」
それらの言葉はまるで、別の世界にいる人々に話しかけているような響きを持っていた。
ソフィアは胸の前で手を組んで目を瞑り、神聖な、慈悲深い雰囲気を纏う。
「私の愛する下界の者達よ。勇気を以て、自らの意志で道を切り開かんとする者達よ……時に残酷で冷たく、時に優しくて、温かい。そんなこの世界で生きていくあなたたちに、ささやかな祝福を」
そこで目を開くと、いつも通りの天真爛漫な笑みを浮かべて、女神様は元気一杯に言った。
「な~んてね! えいっ!」
そして、背後の空間から取り出した五芒星のついた杖を振る。一体何を……と考えた瞬間には、もうそれは起きていた。
神の奇跡。
その言葉からは、普通は死んだ人間が生き返るとか、枯れ果てた大地から水が湧き出るとか、そういったものを連想するのかもしれない。でも、この日から俺は、それを聞くたびにこの光景を思い出すのだろう。
足元に、突如として咲き誇る色とりどりの花たち。それは、次の瞬間にはもう視界の半分を埋めようとしていた。まるで水面に発生した一つの波紋のように、俺と帰蝶を中心にして、それは際限なく広がっていく。
辺り一面の花畑。つい先刻まで戦場だった前庭と、炭の塊と化した本能寺。荒れ果てた地に隙間なく花々が咲き誇る。
「わぁ」
帰蝶から感嘆の声が漏れた。
庭を走る、黒ずんだ石畳の道。踏み荒らされた土。かつて本能寺だったもの。一度は命の輝きを失ったそれらに鮮やかな色彩が宿っていた。それはもう、もはやどこに何があるのか、区別がつかないほどに。
俺はこの光景を一生忘れない。
それまでただ状況に流されていただけの自分が、必死に悩んで、足掻いて、最後にはソフィアの力を借りたけど……どうにか日常を掴み、取り戻した。そのご褒美としてもらった、女神様からの贈り物を。
「どうですか? 気に入っていただけましたか?」
ほけーっと魅入っていた俺たちの側に寄り、ソフィアが声をかけてきた。
「はい! とっても!」
満面の笑みで応えた帰蝶が、その場に座り込み、うっとりと花を眺めている。かと思えば、顔をあげて尋ねた。
「あの。ここのお花、少し頂いてもいいですか?」
「? もちろんいいですけど……お花くらい、帰蝶ちゃんにならいつだって差し上げますよ?」
不思議そうにソフィアが答えると、帰蝶は首をゆっくりと横に振る。
「お気持ちは大変嬉しいのですが……今、この時、この場所にあるお花が欲しいのです」
「……! 私としたことが、失礼しました。うん、そうですよね! 好きなだけ持っていっちゃってください!」
「ありがとうございます」
一つ一つ丁寧に花を摘み取って集め、それらを手元で眺めながら、帰蝶は穏やかな声音で言った。
「本当に、お花なんですね」
「はい。お二人の為に、私が差し上げたお花です。大切にしてくださいね?」
「もちろんです。ずっとずっと……いつまでも、大切に致します」
そう言って、彼女はとても大切そうに、その感触を、香りを確かめるように。
胸元までそっと花々を持ってきて、笑顔のまま瞼を閉じた。




