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越前侵攻

 新年のあいさつも終わってしばらく、義昭の身の安全も確保されたので、ここ京都では戦という戦は起きることはなかった。特に戦闘がないのなら帰蝶と合流したいなぁ……今頃あの子、何してるんだろ。

 陽射しがぽかぽかと暖かく、冬の面影はどこかへ消え去ろうとしている。やつれていた樹々はつぼみを宿して春を迎え入れるための準備を始め、風景を緑で彩りつつあった。

 滞在中の二条城の縁側から見る異世界の春は、どこか懐かしさと希望の入り混じった複雑なものだった。


 天気もいいし暇だし、どこかへ遊びに行こうかな……とかぼんやりと考えていたら、久しく聞いていなかったどたばたが背後から近づいて来る。

 振り返ってみればちょうど襖が勢い良く開かれるところだった。


「プニ長様! たっ、大変です!」

「キュキュン(どうした)」

「浅井長政殿が喉に餅を詰まらせてお亡くなりになられたとの由!」


 部屋には俺に報せを伝え終えた六助の、肩で息をする音だけが響き渡る。

 浅井長政ねぇ。たしかにどこかで聞いたことあるような気もするけど、わかるはずもない。ていうかそいつも餅で死んだのかよ。

 誰かよくわからないので耳を前足で掻いていると、察してくれたのか六助が目の前に座りながら解説を始めてくれた。


「浅井長政殿は北近江の戦国大名です。我々とは同盟関係にあり、プニ長様の妹であらせられるお市様が嫁いでおられます」

「キュウン?(まじで?)」


 全然嫌いとかではなかったけど、わがままで生意気な弟がいた俺は、かねてから妹という存在に憧れを抱いていた。ラノベだと、妹というのは大体兄を「お兄ちゃん」と呼んで慕ってくれるものだからだ。

 これは朗報だ、一体どんな子なんだろう。


「領有地が美濃と隣接している浅井家との同盟関係は非常に重要です。それは故信長様がお市様を嫁がせたことからもお分かりかと思います」

「キュウン(なるほど)」

「お市様、可愛かったのに……くぅっ」

「キュウン(知らんがな)」


 うつむいて顔をしかめながら、膝の上で拳を強く握る六助。あれかな、皆のアイドル的な存在だったのかな。

 それでなんだ、これから葬式の日程がどうとかそういうことを伝えにきたんだろうか。重要な同盟関係なら出席するだろうし、そこから後継ぎへのあいさつとかそういうのもありそうだな。

 早く本題に入ってくれ、という目線を送ってみると、六助は一つせき払いをしてから話を切り出した。


「それでですね、本題はここからです。浅井殿が亡くなられた混乱に乗じて越前の朝倉を攻めてしまいましょう」


 おお、こいつ結構最低だな……。大事な盟友が亡くなったってのに朝倉ってところを攻めるって? 誰だそれ。

 首を傾げてじっと睨んでいると、「ほおおお……いと尊し」と言ってから、六助が説明を始める。


「実はかねてから朝倉方に『君もこっちに来て、義昭様に挨拶をしないかい!?』 という書状を送っていたのですが、無視されていたのです。これは義昭様に対して叛意があると取れなくはありません」

「キュウン(ほうほう)」

「おまけにこれはただの私怨なのですが、昔朝倉が持つ城に遊びに行ったときに、家臣たちが蹴鞠をして遊んでいたので『私も混ぜて欲しい』と頼んだところ、『何だか臭いから嫌だ』と言って断られたのです」


 お前ら小学生かよとは思うけど、まあたしかに私怨だな。


「というわけで、朝倉は嫌いなので滅ぼしてしまおう、というわけですね」

「キュキュン(いやいや)」


 今自分で私怨って言ったばっかりじゃねえか。どうせなら「逆賊朝倉を倒しましょう」くらいにしとけよ。それに何で、浅井が亡くなった混乱に乗じないと朝倉を攻める事が出来ないんだ?


「そんなのいつでもいいじゃないか、とお思いかもしれませんが、浅井家は朝倉家とも同盟関係にある為、迂闊に攻めてしまえば浅井家に怒られてしまう恐れがあるというわけです」

「キュキュ(なるほど)」


 その話が本当なら怒られるだけじゃ済まないと思うけど、概要は理解出来た。

 簡単に言えば、浅井は織田だけでなく朝倉とも同盟関係にある。でも織田家は上洛参集要求を拒否した朝倉を攻めたい。ならば、当主が亡くなり浅井家が混乱の最中にある今攻めてしまおうというわけだ。やっぱり最低だな。

 六助の私怨の件は聞かなかったことにしておこう。


「朝倉攻めに関しては以上です。プニ長様の意見を拝聴したいので、もし許可出来ないということであれば私の周りを三周してワン! と仰ってください」

「キュン(やだ)」


 何で俺が六助に対してそんな良くしつけられた犬のような真似をしなければならないのか。ていうかこのおっさん、朝倉を攻めたいが為にわざと拒否しにくい意思疎通の仕方を提案してるだろ。

 いや、でも朝倉家を攻める要因の半分は目の前のおっさんの私怨だろ? そんなの断固として認めるわけにはいかん。ここは腹を括るべきか……。

 ぐるるるる、と唸り声をあげながら六助との睨み合いを繰り広げていたら、再度襖が開かれた。


「おお、プニ長様も六助殿もお揃いで」


 俺の中で「ゴリラ侍」のあだ名を欲しいがままにしている柴田だ。


「柴田殿。どうなさったのですか?」


 ゴリラは六助の横に「よっこらせ」と言いながら座ると、視線を逸らしつつ頬を指でかきながら口を開く。


「長政殿が亡くなったという話を聞いたので、その、お、お市様がこちらに帰ってこられるかどうか気になったのでござる」

「あ。そう言われればそうですね」


 朝倉攻めに夢中でお市のことにまで頭が回らなかったらしい。六助は間抜けな調子でそう言ってから、眼をぎらりと光らせる。

 別にいいけど、誰か長政さんの死を悲しんでやってください。


「ははぁん。さては柴田殿、お市様のことを憎からず思っておられるのですね?」

「なっ!? せ、拙者ごときがお市様のことを、などあるはずがないでござろう」

「隠さなくてもいいんですよ。とっても可愛らしいお方ですからね」


 腕を組みうんうんとうなずく六助を見て、柴田はゆっくりと語り出す。


「実は、出会った頃からずっと、そんな感じで……」

「そんな感じとは!?」

「お、お慕い申し上げていたというか、その、好きというか」

「フゥ! 柴田殿フゥ!」


 こういう話をする時の六助のテンションは一体何なんだ。

 柴田の想いを聞いてお腹一杯だしもういいいです、という気分になっていたら、六助が嬉しそうな顔で妙な提案を始めた。


「そんな柴田殿に朗報です。今朝倉家を攻めて滅ぼせば、お市様は織田家に帰って来ますよ」

「ほう」

「キュンキュン(何言ってんのお前)」

「浅井家はこれから後継者が誰になるかなど、家の中の問題で混乱する可能性が高いです。そんな時に頼るのはどこか? それは朝倉家です」

「ふむふむ」

「浅井家は朝倉家のおかげであそこまでの地位を得た恩義などがあり、政略結婚でつながった織田家よりも朝倉家の方が絆は強いです。困った時にはまずそちらの方を頼るでしょう。お市様が次は朝倉義景の側室に……など、ありえない話ではありません」

「何ですと!?」

「そこで我々が朝倉家を滅ぼしてしまえば、頼るところが他に亡くなった浅井は織田家に助力を求めるに違いありません。お市様も自然と織田家に戻っておいでになるでしょう」


 日本史に漫画知識以外では明るくなかった俺でも、今の話が何となく不自然だってことくらいはわかる。

 恐らくだけど、お市が朝倉に対する政略結婚の道具として使われるってことはまずないんじゃないか。お市が信長の妹だからこそ、織田浅井の同盟関係構築に一役買ってくれたのであって、朝倉に対して政略結婚をしたところで意味は無い……はずで、あんた誰? みたいな感じになると思う。

 しかもそんな朝倉家を滅ぼした織田家に、他に頼るところがないからといって助けを求めるものだろうか?

 でも、そんな他にも何かしらおかしいところのありそうな六助のガバガバ理論にも柴田は感動した表情で立ち上がった。


「なるほど、さすがは六助殿でござるな! よ~し、柴田隊は越前に正面突破を仕掛けるでござるよ!」

「お待ちください、それなら家臣団に相談して全員で向かいましょう! 口実は若狭の武藤攻めにして、世間の目も欺きましょう!」

「そうと決まれば早速軍議でござる!」

「キュキュンキュンキュン(おいおい待て待て!)」


 俺の存在なんて忘れてすごい勢いで出て行った二人を慌てて追いかけた。

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