女神様の憂鬱
「いい加減ではありません」
もう一度怒り顔をこちらに向けるソフィア。
しまった、心を読まれたか。しかしこいつ、女神っぽい雰囲気じゃない時は本当にコロコロと表情の変わるやつだな。
「キュ、キュンキュウン……キュン? キュキュン(じゃあ、何で『運命』……『シナリオ』って言うんだっけ? を用意してやらないんだよ)」
「では逆に聞きますけど、武さんは用意された運命に従って生きることが、人々にとって幸せだと思いますか?」
「キュキュンキュンキュウン、キュキュン(その運命が既に用意されているものだって知らなければ、幸せなんじゃないの)」
「でも、そんなの……残酷過ぎると思いませんか?」
視線を落とし、悲し気にそう言ったソフィアはまるで、ただの無力な一人の少女のように見えた。そこで俺は失言に気付く。
思わず言ってしまったけど、冷静に考えればそうだ。本当は最初から全てが決まっているのに、「運命は自分の力で変えられる」と信じて頑張る人たちを見るのは……優しいソフィアにとって、想像を絶する辛さがあるに違いない。
「キュ、キュキュン(悪い。考えが足りなかった)」
「いえ、そんなことは」
ソフィアはふるふると首を横に振ってから続ける。
「それに、神とて万能ではありません。『シナリオ』を用意したところで、それが人々を間違った方向に導く可能性だってあります。以前には、『シナリオ』を私利私欲の為に利用するクソジ……神も現れましたし」
「キュキュンキュウン? (今クソジジイって言いそうになった?)」
「こほん。とにかく、そういった事実がありますから、神の間でも『シナリオ』を用意するかどうかは賛否が分かれていて、最終的にはそれぞれの世界の管理を担当する神の意志に委ねられているのです」
なるほど。最初は何の話してんだ、本能寺の変と全然関係ないじゃん早くそっちの話しろゴラ、と思ってたけど、合点がいった。どっちにしろそこまで関係ないような気もするけど。
「キュン、キュキュウンキュン(お前は、『シナリオ』を用意することに反対なんだな)」
「ええ」
力なくうなずくソフィア。
「キュン、キュキュンキュウンキュン(だから本来なら、本能寺の変で窮地に陥った俺を見殺しにしなければならなかった)」
「そうです」
『シナリオ』を用意するのに反対、ということは、人々には神々の干渉を受けることなく、あるがままに生きて欲しいということだ。それなのに、人間が死にそうなところを助けるのは、主義に反することになる。
こいつが最近全く姿をみせなかったのも、俺を見殺しにするのが辛いから距離を置いていたとかそんなところだと思う。
あれ? でも、俺のサポート的な役割とはいえ、こいつが度々この世界に来て、俺たちと触れ合ったことはどうなんだろう。
あれこれと考えている横で、ソフィアがくすりと笑った。
「それも含めて、私は駄目な女神なんです。皆さんと触れ合うのが大好きだし、特に転生を担当した方には、必要以上に情が移ってしまいます」
こいつ、美少女だけじゃなくて人間そのものが好きだったのか。初耳だ。
「もっとも、ああやってお話をしたりするくらいでは、歴史の大筋は変えられないことが判っているのですが……とはいえ、あまり良くないことです」
「判っている」、か。この世界のように、別の世界と似た歴史を歩む世界は、神々にとってもまだ分からないことがあるということだろうか。
「でも、それまで受け身だった武さんが自分の力で運命を切り開こうと戦って、そこに帰蝶ちゃんまで一緒になって、頑張って……。それなのに、最後の最後で退路を断たれて、絶体絶命で」
「……(……)」
「それでもお二人は、一緒に逝けることが嬉しいと運命を受け入れました。あの時のお二人はとても強くて、美しくて、輝いていて……気が付けば私は、お二人の側に転移していました。もちろん、元から武さんと帰蝶ちゃんが大好きだったからというのもあります。でもそれ以上に、こんな美しいお二人をあそこで死なせてしまうのは、何だかいけないことのような気がしたんです」
「キュン、キュキュン(例え歴史を、運命を変えることになってもか?)」
その質問にソフィアは、何ら迷うことなく、笑顔で答えた。
「はい」
「キュン(そうか)」
「もっとも、武さんだけなら見殺しにしたかもしれませんが」
「キュ(おい)」
いい話のような気がしたのに台無しじゃねえか。
「やっぱり、美少女は世界にとっての宝、ということですね!」
さっきまでの空気はどこへやら。そこでソフィアは完全にいつも通りの雰囲気になり、元気よくばびゅんと、縁石から飛び立った。
「キュ、キュン、キュン、キュキュンキュン(おい待て、話は終わり、みたいな雰囲気を出してるけど、まだまだわからないことがあるぞ)」
どちらかと言えばソフィアに関する話を聞いただけで終わりだ。それはそれで気になっていたからいいけど、大きな謎がもう一点。
酔っ払いが本能寺の変の黒幕であり、明智はあいつに騙されて俺を助けようと、いもしない敵を威嚇する為に本能寺を包囲していただけってことはわかった。
よくよく考えてみれば、明智軍は刀を持っていないやつがほとんどだったし、火矢も放っていなかった。火矢は恐らく、どさくさに紛れて俺を連れ去ろうとした、酔っ払いの仲間の仕業だろう。
でも、帰蝶とお市が本能寺まで来たのは何故だ? 一瞬登場して何しに来たかわからなかった半蔵も、家康の命令で駆け付けたなんてことは、時間的に考えてまず有り得ない。
忍び部隊とかを通じて、どうにかして半蔵が本能寺の変の発生を知ることが出来たとしても、まず三河にいる家康への報告に数日かかるはずだ。どれだけ急いでも一日はかかるだろう。
あらかじめ本能寺の変を知っていて、家康も半蔵も、京都にでもいたのなら話は別だけど……。
思索を巡らせていると、ソフィアがドヤ顔で、またどこからか取り出した愛用の杖を振りながら言った。
「ふっふっふ、大丈夫。それに関してはですね~、特別ゲストをお呼びしていますから!」
「キュキュン?(特別ゲスト?)」
誰だ? 何て考える間もなく、ソフィアは口元に両手を添えて大きく息を吸い込みながら、塀の外に身体を向けた。
「帰蝶ちゃ~ん!」
「キュ~ン (ズコ~)」
誰かと思えば、実はお市と一緒に、塀の外で待ってくれている帰蝶だった。まあたしかに、帰蝶に聞くのが早いだろうけど、ソフィアも知ってるだろ。何ならソフィアに聞いた方が早いまである。
「まあまあ、いいじゃないですか。武さんだって、早く帰蝶ちゃんに会いたいでしょ?」
「キュキュンキュン(それはそうだけど)」
言っている間に、正門から帰蝶が入ってきて、こちらに駆け寄ってくる。お市はいなくて、手には何も持っていない。
袴に鉢巻、たすき掛けの武装モードなのに、以前よりも数倍愛しい。むしろいつもと違う装いだからなのか、生死に関わる修羅場を二人で乗り越えたせいなのかはわからないけど。
とにかくしゅきしゅきビ~ムビビビ~って感じだ。
「お呼びでしょうか」
走って来てくれたので、少し息が上がっている。
「プニ長様に、事情を説明して差し上げてください」
「事情、とは」
「帰蝶ちゃんがここに来ることになった、その経緯です!」
帰蝶が小さく「あっ」と言う。
「そういえば、説明をしておりませんでしたね。かしこまりました」
帰蝶はこちらに身体を向けて、事の経緯を語り始めた。




