天下無双の司寿六助
ぽんぽん、ぽぽんぽん。
六助の踊りに合わせて、明らかに普段から叩いている人のそれではない、和太鼓の音と人々の笑い声が深夜の本能寺に鳴り響いている。ちなみにこの和太鼓、正式には鼓とか小鼓だとか言うらしい。
テレビとかで見かける、肩の辺りに乗せて片手で打つアレだ。
「ほらほらプニ長様! ご覧くだされ! これが私の生き様ですぞ!」
「キュンキュン(そんな人はいません)」
「わっはっは~!」
あの後、死闘の末に一人で腹踊りの準備をする権力を勝ち取った六助は、帰ってくるなり「女子の前で腹踊りというのは緊張しますね……」と言って酒をたらふく飲み、泥酔した状態で腹踊りを始めた。
緊張するなら別の余興を考えれば良かったのに、と思わなくもない。
現在、宴は打ち上げの二次会的な様相を呈している。ほとんどのやつがべろんべろんに酔いつぶれ、もはやまともな会話が成立せず、バカ騒ぎに時間を費やすばかりとなっている。
六助の腹踊りも、始まってから大分時間が経っている……っていうか、余興ってこれしかないんかい。もうちょっと考えてこいよ。
酔いからか羞恥からか、六助はふんどし一丁というあられもない格好で、全身を真っ赤にしたまま踊り続けている。俺にはもう他人のフリをしてやり過ごすしか手段は残されていなかった。
やがて、部屋の隅に控えていた司寿家のおっさんが立ち上がり、六助に何やら耳打ちをした。ちなみにこの人は酒を一滴も飲んでいない様子だ。
「なあにい? もう時間だとぉ~! そんなわけあるかぁ! もう一曲踊るぞぉ~! ほら、そこの君も一曲どうだい!?」
「やだ六助様ったらぁ」
君も一曲どう=君も腹踊りをしないか、というセクハラ発言だけど、この世界にセクハラという言葉は存在しないからセーフ。
お決まりの文句を聞いて満足したらしい六助は腹踊りを再開する。困った表情でそれを見守る部下。正直、俺も六助の腹踊りを見せ付けられるのはいい加減に飽きてきたというかもう限界なので、一肌脱ごうと思う。
すくっと身体を起こし、とことこと六助の前まで躍り出る。そんな俺に気付いた酔っ払いが無駄に大きな声で言った。
「おお、これはプニ長様! 如何なされましたかな!?」
「キュキュン(そろそろ帰るぞ)」
「え! 腹踊りをもっと見たい!? いや、そこまでお気に召していただけるとは! この司寿六助、感動の極みにござ」
「クゥ~ン(きゅるりんビ~ム)」
これは埒が明かないと判断した俺は、すかさず必殺技を発動させる。精一杯に可愛い顔を作り、こてんと首を傾げてみた。
「あがああああぁぁぁぁっ!!!!」
「ぐわああああっ!!」「ぎゃああああ!!!!」
「キュ(えっ)」
「ああああぁぁぁぁっ!」「ぬわあああっ!!!」
顔に聖水をぶっかけられたゾンビみたいに、のけ反って両手で顔を覆いながら苦しみ始めた六助。そればかりか、本能寺にいたほとんどのおっさんが叫び声をあげながら倒れ込んだ。
恐らく、俺を見ていたやつのうち、女の子を除くほぼ全員がきゅるりんビ~ムの効果を受けてしまったのだろう。皆、何だかんだで六助の腹踊りを見ていたみたいだからな。
六助だけでもいつも以上の効き目でびびるのに、全員がまるで絶命するかのような叫び方をしているのでどうしたのかと思った。
どいつもこいつも、勢力を拡大した織田家の恩恵に預かって、隠れて悪さをして利益を得たり、部下に権力を振りかざしてでかい態度を取ったり、そう言う風なことをしていたのだろう。
俺が進化したのでもなければ、きゅるりんビ~ムの効果が上がるということはそういうことだ。受ける側が、以前よりも心が腐ってしまったと。
一瞬にして地獄絵図と化した宴会場にて、ビ~ムの効果がなく何のこっちゃわからん女の子たちは呆然としている。
そこで、会場の片隅で雑用その他の係として控えていて、かつ俺の方を見ていなかった織田家の人間が、事態を収拾すべく動き出した。
俺が、あまりの尊さに時折このような事態を招くこと。その際、心が汚れている人ほど激しく苦しむ傾向にあること。そしてこうなってしまった以上、今日の宴はここまでにしたい、ということ。
それらを一人一人に告げ、女の子たちを納得させていく。
「そうですか。残念ではございますが、そういったことであれば……」
説明を受けた女の子の一人がそう言って仲間に目配せをすると、それぞれがうなずき、片づけを始めた。
会場に並んでいる食器の類やごみの処分はもちろんのこと、動かなくなったおっさんたちに衣類をかけてくれるという完璧さ。あんなもの放っておいてもいいと思うんだけど、その辺の気遣いはやはりプロだ。
宴の後始末を終え、帰宅の準備も済ませた女の子たちが、わらわらと俺のところに集まってきた。
「それではプニ長様。大変名残惜しくはございますが……」
「キュキュウン(僕はそうでもないです)」
言葉は通じていないはずなのに、そこで妙な間が空いた。すると、女の子のうちの一人が、若干ためらいがちに尋ねてくる。
「あの、プニ長様。最後に一度だけ、プニモフを賜ってもよろしいですか?」
「ちょっと、気持ちはわかるけど図々しいわよ」
「そうよ。本来そう簡単に下賜されるものじゃないんだから」
「だ、だよね。あの、申し訳ございませんでした」
周囲から注意され、しょんぼりとする女の子。
たしかに、褒美としてあげてるものだから、おいそれと一般の人間に差し出すのはまずい。まずいというか、家臣たちに悪い。アイドルの握手か。
でも、そこまで気落ちされると何だか可哀そうになってくる。ほとんどのやつが泥酔してるし、ちょっとくらいならまあいいか。
尻尾を振って「いいよ~」という雰囲気を出すと、女の子たちは一斉に、UFOでも目撃したかのような表情になった。
「これは、いいよ~ということなのかしら……?」
「プニ長様は寛大な御方。充分にあり得るお話ではございますわね」
「プニ長様がそう仰るのであれば」
そう言って最初の子が俺に向けて手を伸ばそうとした、その時だった。
「ちょっと待て~い!」
全く酔いの醒めない様子の六助が、こちらに気付き絡んでくる。当然のように腹は出したままで。
突然のふんどし男の登場に何人か、すでに腹踊りを見ていたはずの子からも悲鳴があがった。
彼女らにとってはやはり仕事。この反応を見るに、心の底ではあの余興にドン引きしていたのかもしれない。
「きゃあっ!」「いやっ!」
「いやだわ六助様ったら。突然おいでになるものですから、驚いてしまったではありませんの。如何なされたのですか?」
ある女の子からナイスフォローが入る。六助は俺たちの近くにまでどすんどすんと歩み寄ると、腰に手を当てて胸を張りながら答えた。
「プニモフはそう簡単に与えるわけにはいかん! もしプニモフを望むのならば、代わりに私の尊いところをプニプニモフモフしなさい!」
「キュキュン(下ネタかよ)」
こいつ最低だな。フォローを入れてくれた女の子ですら顔が引きつってるし。
あまりのひどさに俺を含めた全員が固まっていると、六助は不敵な笑みを浮かべながら、まるで何かの台詞を述べるかのような口調で言った。
「ふっ、どうした。来ないのか。ならばこちらから行くぞ!」
「きゃー!」「いやー!」
まるで露出狂のようなポーズと足取りで女の子に近付いていく。一斉に、まるで蜘蛛の子を散らすように逃げた彼女らを、六助は更に追いかけていった。
「ほれほれまたんか~い!」
「誰か助けて!」「変態!」
「どうだ! 私こそが天下無双の司寿六助だ~!」
「キュン(誰かあいつを叩き斬れ)」
俺のそんなつぶやきは誰に届くこともなく、騒乱の中へと静かに消えていった。




