無力なプニ長
「プニ長様、こちらをどうぞ」「こちらもお召しになって!」
「食べる姿もいと尊しね!」
くそっ、俺は何て無力なんだ……。
どうすることも出来ず、結局宿まで拉致された俺は、色々食べさせてもらったりプニプニやモフモフを提供しているだけの肉塊と成り果てていた。
でも、悲しみを顔に出すようなことはしない。この子たちは善意で俺に構ってくれるのであって、何も悪いことはしていないのだから、雰囲気を壊したり心配させたりするのも申し訳ないからだ。
とにかく食べて食べて食べまくっていると、女の子のうちの一人が、とあるものを持ってきて俺の側に座った。
「プニ長様、お櫛は如何ですか?」
「キュ……キュン……(なん……だと……)」
お櫛。つまり、前の世界で言うところのブラッシングだ。これは非常にまずい展開になってしまった。恐れていた事態が遂にやってきたというべきか。
何故まずいかと言うと、ブラッシングがめちゃくちゃ気持ちいいからだ。
犬の身体になる前からも、ブラッシングが気持ちいいということは知っていた。ペットショップにいる犬たちが、店員さんにそれをされてとても幸せそうな顔をしていたからだ。もちろん動画とかでも観た。
じゃあいいじゃん、と思うかもしれないがそうじゃない。気持ちいいことだからこそ、帰蝶以外の人にされると背徳感のようなものがあるのだ。ぎりぎりで許せるのがお市や浅井三姉妹といったところか。
もっとわかりやすい例えを出すなら、えっちなことをするようなものだ。えっちなことは普通好きな人と以外にはしないだろう。
家族ならぎりぎりで許せるって言ってるのにその例えはどうなの? と思うかもしれない。でもよく考えてみて欲しい。Kissは家族とだってするでしょ? 俺はしないけど。ほら、アメリカとかだとするらしいじゃん。
いや待て、そもそもKissはえっちなことじゃないな。でも他にいい例えが浮かばないので大体そんな感じだと思ってください。
とにかく、この場でブラッシングをされるのはだめだ。
逃げなければ。でも、四方八方を囲まれている現状ではそれが出来ない。
誰かの膝をぽんぽんと叩けば「どいて」という意思表示くらいにはなる。でも、その場合は「お腹が空いた」か「トイレに行きたい」とみなされて、結局それを済ませた後でまたここに連れてこられ、ブラッシングされるだろう。
となれば、方法は一つ。心が痛むけどしょうがない。
「ほら、お櫛……」
櫛を持ったまま伸びて来た女の子の右手を、右前足でばしっとはたいた。瞬間、場の時間の流れが完全に止まる。ほとんどの子は、何が起きたのかわからずにただ固まっていた。
すっと右前足を戻してから、キメ顔で語る。
「キュウン、キュキュンキュン(ごめんな、帰蝶以外の人からの櫛は受け付けない決まりなんだ)」
「どうなされたのかしら」「櫛をはたく姿もいと尊しね」
「お櫛がお嫌いなのかな?」「あんたが嫌われてるだけなんじゃないの?」
「嫌いっていうより怖いだけなんじゃない?」
「お櫛が嫌いなお犬様なんていらっしゃらないでしょ~」
全然伝わってない……こともないな。「ここで櫛をされたくない」という部分は伝わりかけている。よし、もう一押しだ。
「キャン、キャンキャン! (そう、俺は櫛が嫌いなんだ!)」
会話の流れに乗ってそう言うと、女の子たちはまたそれぞれ、隣にいる人と相談をし始めた。
「あんたの持ってきた櫛がお気に召さないんじゃないの」
「え~、これカワイイじゃん」「ていうかあんたをお気に召さないんでしょ」
「ひどい!」「吠えてらっしゃる姿もいと尊しね」
「でも、やっぱりお櫛がお嫌いなんじゃないの?」
「そうよね、急にお怒りになり出したわけだし」
「けど、うちで飼ってる犬とかも、櫛いれてあげるとすごい幸せそうな顔するよ」
「プニ長様、一度だけお櫛を入れられてみては如何でしょうか?」
まじか。伝わってるのに結局こうなってしまうのか。
「とっても気持ちいいですよ~ほら!」
再び、櫛を持った右手が俺に近付いて来る。思わず一歩後ずさると、後ろにいた子に身体を優しく掴まれてしまった。
「ほらほら、怖くないですから。一度だけ!」
いやいや、何その「先っちょだけでいいから」みたいなノリ。もしくは、怖い人たちに後ろから拘束された状態でおクスリを差し出されて、「一度でいいからやってみろ」と脅されているような状況に似ているか。
「キャ、キャイ~ン! (や、やめろ~!)」
この身体では女性の、しかも軽く掴んだ程度の力でも中々逃れられない。情けない声をあげながら抵抗するも虚しく、櫛が背中に生えそろった毛皮へと到達してしまう。
そしてそれが毛を繕った、その瞬間。
「キュン……(おほうっ……)」
思わずのけ反って天を仰ぎながら、変な声を出してしまった。
その反応を見た女の子たちが一斉に目を輝かせて、わいわいとさわぎ出す。
「見て! いと尊し!」「やっぱり気持ちいいんだ!」
「如何ですか、プニ長様。お気に召しましたでしょう?」
と言いつつ、櫛を持った女の子はその手を止めることなく動かしている。
「キュキュ……キュ、キュン……(ひょひょっ……ちょっ、やめ……)」
背中から頭部へ、それが終われば次は腹へ。こ、この女、手慣れてやがる。百戦錬磨というやつか!?
毛が繕われる快感と、帰蝶への罪悪感がないまぜになった、何とも言えない奇妙な感覚が俺を襲う。少しでもそれから逃れようと後ろに下がると、いつの間にか身体を掴んでいた女の子の手が外れていて、床にごろんと転がり込んだ。
「キュ~ン(やめて~)」
「あっ、お腹をお見せになった!」「これって信頼されてるってことなんだって」
「いや、お会いしたばかりなのにそれはないでしょ」
「もっとお腹をやって~ってことなんじゃない?」「そうかも!」
「キュウンキュキュン~(お婿に行けなくなっちゃう~)」
お腹の周りの、毛が生えている部分を重点的にブラッシングされてしまう。
本来ならば、犬のお腹を見せる行為というのは、彼女らの言う通り信頼されている人間に対して甘えている時や、リラックスしてごろごろしている時、もしくは降参の意を示す時だ。
彼らにとって首やお腹、手足は急所であり、余程のことがない限り見せない大切な部位ということ。
そして俺は今、その大切なところを他人に好き勝手にされてしまっている。
確かに気持ちはいい。でも、同時に情けなさや屈辱感、そしてやっぱり帰蝶への罪悪感にさいなまれ、俺は気付けば叫んでいた。
「キャンキャン、キャイ~ン! (帰蝶た~ん、助けて~!)」
「ふふっ、今度は何て仰っているのかな?」
「気持ちいいよ~とかじゃない?」「きっとそうだよね!」
「よし、宴の時間までたくさんお櫛を入れて差し上げましょ!」
「キュキュ~ン(うひょひょ~)」
この後、めちゃめちゃブラッシングされた。




