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安土城凱旋

 景観の中に葉桜が混じり始め、季節が徐々に衣替えの準備を始めている。

 帰路においてはまだ、暖かい風に乗ってひらひらと舞っていた花弁も、安土に凱旋する頃には全て散り、街路を彩る絨毯の様相を呈していた。


「おおっ、本物のプニ長様じゃあ!」

「いと尊し!」「いと尊し!」


 六助の馬の頭に乗った俺を見て、民衆が次々に歓声をあげている。中々バランスを取るのが難しくて落ちないように必死だ。

 帰蝶は馬の横に並んで歩きながら、時折民衆に向けて手を振ったりしていた。


「帰蝶様じゃあ!」

「いと尊し!」「は?」

「帰蝶様だっていと尊しじゃろうが!」

「確かに麗しい御仁ではあらせられるが、尊いのとはまた違うわ!」

「何を言うかこの不届き者がぁ!」

「ぐわああああぁぁぁぁっ!」

「おっ、始まったな」

「俺も混ぜろぉ!」


 帰蝶を巡って民衆の斬り合いが始まった。

 いくら心優しい帰蝶でも、普段から織田家臣のおバカっぷりに慣れているので、これしきの状況では笑顔を崩さない。


「やってますなぁ。元気があって大変結構! はっはっは」

「キュキュン(はっはっは)」


 よくわからんが六助にとっては大変結構な状況らしい。俺も合わせて笑ってみたものの、どこか虚しい気持ちになった。

 すでに収拾のつかなくなった民衆を放置して進むと、背後から体操のお兄さんのような声音が響いて来る。


「そこの良い子の皆~! やる時はとことんやろう!」

「あ、明智十兵衛様!? 何を……」

「よ~しそれじゃ、光秀の戦、始めるよぉ~!」

「ちょっ、明智様……ぎゃああああぁぁぁぁっ!」


 一足先に安土に帰り、凱旋した俺たちの警備をしてくれている、明智だ。騒動を起こした民衆を発見し、それに刀を持って混ざりに行ったらしい。

 街路が血で染まっていく。明智が混ざったことで城下町の混沌が加速し、もはやあいつが周囲の民衆を殲滅するまで待つほかなくなった。なお、関係のない人たちはすでに避難を始めているので、そこまで被害が拡大することはないだろう。

 修羅場と化した街の一角をしばらく眺めてから視線を外す。


 今まで「どうして明智が裏切るのか」って考えてたけど、あいつ理由なんてなくてもノリとか勢いで裏切りそうだな。いや、裏切るというよりは「僕という困難を乗り越えていこうよ!」みたいな感じで突然敵になるというか。

 人が突然に消え失せ、閑散とした通りを進みながら、ふとそんなことを思った。




 旅の道中で色々と割り切った俺は、それからの日々を帰蝶との思い出作りに費やすことにした。

 下手に運命に抗おうとして変な動きをすれば帰蝶や家族が心配するし、本当に死ぬのなら、残り少ない日々を大切にしようと思ったからだ。

 かと言って、これから死ぬということに対する恐怖心とかはなかった。理由は単純で、いまいち実感がわかなかったから。


 だから、死ぬまでの思い出作り……とかいう割には結構のほほんと、いつもよりちょっと遊びに出かける頻度が高いくらいな感じで過ごした。それは逆を言えば、これまでの日常が途方もなくかけがえのないものだったということなのだろう。

 そして、一か月とちょっと日が経ち。陽射しが身を焦がして、肌に触れる空気が湿り気を帯び始めた頃だった。


「プニ長様、失礼致します」

「キュ(ん)」


 帰蝶と部屋でのんびりしていると、襖越しに六助の声が聞こえて来る。俺の返事があるとすぐに襖が開いた。


「吉報です」


 何やら嬉しそうな顔をしたまま報告を続ける。


「秀吉殿より、援軍の要請がありました」

「キュン(ほう)」


 秀吉は中国方面軍司令官に任命され、ここ数年は中国地方……更に言えば毛利の攻略にかかりっきりになっていた。

 ただでさえ大軍を任せている秀吉から援軍の要請が来るということは、「もうすぐ大将が出て来そうだからオナシャス」ということ。つまり、毛利攻略が最終局面に差し掛かったことを意味している。

 西の大国、毛利を倒せそうだと言うのだから、六助の心が弾んでしまうのも無理はない。


「備中高松城が包囲され水没したために動揺し、士気が低下。更に秀吉殿の工作によって補給路までも断たれた毛利方は、互いの軍が抱えている兵糧をかけて、秀吉殿にじゃんけん勝負を持ちかけました」

「……(……)」

「とは言っても、包囲している織田軍とされている毛利軍では兵糧の数が違い過ぎます。秀吉殿が『互いの持つ全ての兵糧』ではなく、一俵をかけたら一俵といったような等価交換を条件に出したため、最初から勝負は織田軍に有利でした」

「キュンキュン(どうでもええわ)」


 またそういう話かよ、もう寝てもいいかな……。


「三本先取だったのですが、秀吉殿の巧妙な後出しによって勝利を収めた織田軍は敵方の数少ない兵糧の召し上げに成功します。これにより、高松城主清水宗治は、総大将毛利輝元に救援を出さざるを得なくなりました」

「キュキュン(秀吉最低だな)」

「後出しに関して、敵方からは何も言われなかったのですか?」


 帰蝶まで……いつもならこの手の話にはのってこないのに、どうしたんだろう。

と思ったら、いかにも楽しそうに目を輝かせている。たまたま今、テンションが高いだけなのかもしれない。かわいい。


「後出しだと文句は言われたのですが、秀吉殿が『後出し禁止等とは言ってない。そちらもやればいいだろう』という旨の返答をしたところ、敵方も後出しを使ってきたので、秀吉殿は後出しの後出しで対応したそうです」

「キュン(子供か)」

「秀吉殿らしいですね」

「全くです」


 じゃんけんの後出しという姑息かつ幼稚な行いを「らしい」とか、秀吉のやつさりげなくディスられてんな……。まあ、帰蝶が楽しそうにしているからあいつとしても本望だろう。


「でも、これで毛利輝元を戦場までおびき出すことに成功したのですね」

「はい。援軍は明智殿にお願いしましたので、後はお二人が毛利輝元を下し、安芸を傘下に収めるのを待つばかりとなりました。プニ長様にも、すぐにではありませんが、お二人の元に向かっていただこうかと考えております」


 まあ方法はあれだし人としてどうかとは思うけど、秀吉が良くやってくれたことに違いはない……ん?


「いやあ、低湿地にある難所、備中高松城をどう攻略するのかと思っていましたが……まさか、それを逆手に取っての水攻めとは。さすがは秀吉殿です」


 湿地、つまり定期的に冠水するような平地に建っているため、高松城は騎馬戦法や鉄砲などに強い。らしい。

 いまいちぴんと来ていない様子の帰蝶が、可愛らしく首を傾げる。


「して、水攻めとは?」

「あ、これは失礼。つまりは周囲に水源が豊富で、更に低地にあることを利用し、周辺の堤防などをせき止めて城周辺を水浸しにしたのです。現在では城内にまで浸水しており、兵士は小舟で連絡を取り合っているとか」

「水浸しに……。あまり聞かない戦法ですね」

「前例がないことはないですが、非常に珍しいですね。敵方も奇想天外な戦法に、先ほども申し上げた通りひどく動揺していたようです」


 六助が色々と詳しく解説をしてくれているけど、まるで耳に入ってこない。

 さっき六助は、秀吉からの報せに対して、「明智に援軍を頼んだ」と言った。そして後から俺にそっちに向かってもらうとも。

 まさか、中国方面へ向かう前に俺が行くところってのは……。


「さて、プニ長様。まずは京都の本能寺に向かい、茶会でも開こうかと考えているのですが、如何でしょうか。ここからは合戦以外での戦いも重要になって来ますから……」


 時が止まった。視界が色を失い、音声もどこか別の空間にでも放り込まれたかのように遠ざかっていく。

 この先に待ち受けているのが、あの本能寺の変なのか……。

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