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家康の饗応

 家康が待機する屋敷はそう遠くなかった。というよりも、俺たちをもてなすために街道から出来るだけ近い場所を選んだらしい。

 俺たちが到着するなり、家康は屋敷の外まで出て来て、白い歯を見せ付けながら太陽よりもまぶしい笑顔を見せ付けてくる。


「皆様、ようこそいらっしゃいました」

「この度はご招待いただき、誠にありがとうございます」

「六助殿。お待ちしておりました」

「家康殿、ご無沙汰しております」

「帰蝶殿もお変わりなく」


 そんな感じで各々が社交辞令を済ませると、家康は俺たちを屋敷へと招き入れてくれた。ただこの時驚いたのは、俺と六助、帰蝶だけじゃなく、部下の家臣や果ては駕籠持ちの足軽に至るまで、全員が手厚くもてなされたところだ。

 「そりゃ客人なんだから当たり前だろ」と思うかもしれないけど、これはこの世界の常識から考えれば中々にあり得ないこと。しかも、立派な大名の一人である家康が指揮しているのだからなおさらだ。

 馬に乗っているものは縄を繋いでもらって、世話をするところまでやってくれているし、駕籠持ちの足軽は個別の部屋を与えられ、食事の際も俺たちと同じ場所で豪華な料理を振る舞われた。


 そんな感じで全員揃ってゆっくり休んだ翌日、家康が俺たちの部屋を訪ねて来たので、六助を呼んで俺、帰蝶との四人で話をすることになった。

 円になるような形で座っていて、俺の右隣に帰蝶、左隣に六助。


「いかがでしたか、何か粗相などがなければ良かったのですが」

「とんでもない。むしろ下士に至るまで手厚く歓迎していただくご配慮に感服致しました」


 もてなしの感想を求められた六助がそう答えると、家康はほっと息を吐き、安堵の感情を表す。


「いえ。むしろ、織田家に報いる恩としては足りないくらいですよ」


 常に爽やかな笑みを絶やさないイケメンを眺めながらふと思う。

 そう言えば、あちらの世界の徳川家康は、本能寺の変が起きた時はどこにいたのだろうか。

 そうだ。他のやつらならいざ知らず、家康ほどの兵力があれば光秀の軍勢を返り討ちに出来るのでは。こうなれば家康に……いや、せめて半蔵が護衛についてくれるだけでも生き延びられるかもしれない。よし。

 俺は和やかに続く雑談の流れなど一切読まず、つまり空気を読まず、家康に護衛をお願いしようと立ち上がり、一歩前に出た。


「プニ長様?」


 突如動き出した俺を帰蝶が不思議そうに見つめている。


「そのような尊いお顔で、どうされましたかな」


 家康の問いに、俺は首を傾げながら答えた。


「キュンキュン、キュキュン(これからはずっと、俺の側にいてくれ)」

「……」

「キュキュン。キュンキュキュン(半蔵だけでもいい。また謀反が起きるかもしれないんだ)」


 何やら誤解を生みそうな台詞を口にしてしまったので、慌てて補足する。

 家康は顎に手を当て、笑みを消し、真剣に何かを考えながら俺の方を見ていた。ちなみに、狙わずしてきゅるりんビ~ムを発射する形になってしまったのに、こいつには微塵も効いていないらしい。さすがは清い心の持ち主だ。

 けど数瞬の後、その表情はいつもの爽やかな笑顔を取り戻した。


「いやあ申し訳ない、私には尊いことぐらいしかわかりません。六助殿は何かお分かりですかな?」

「いえ。お恥ずかしい話なのですが、私にも尊いことぐらいしか……ただ、時折今のように首を傾げたり等、あまりに尊すぎるお顔を拝見すると目がやられるので、そういった場合は直視しない方がいいということはわかりました」

「何を仰っているのかわかりかねるのですが」


 きゅるりんビ~ムに何度もやられたやつにしか、六助の言っていることは理解出来ないだろう。無理もない。

 家康は以前、ソフィアなしで言葉が通じたことがあったのでもしやと思ったが……だめか。あれも表情や雰囲気から内容を察してくれただけで、言葉そのものが通じてたわけじゃなかったからな。

 唐突に「裏切られて殺されるかもしれない」なんて脈絡のない話では、家康でも読み取ることは難しいってことだ。

 そこで、帰蝶が少し迷いながらという感じで口を開いた。


「あの、実は最近プニ長様の御様子がいつもとは少し違っていて……。例えばお散歩にしても私が連れ出して差し上げるという感じでしたのに、自分から城を外出なされて、しかも散歩ではなく、何かを調べているような……」

「ほう。そんなことが」

「そういえば私もそんな気がしていました!」


 家康に続いて六助が合いの手を入れるが、多分こいつはわかってない。


「今回の旅の道中では、そのようなことはあまりなかったのですが。プニ長様の身に何かあったのではと、今も心配で」

「帰蝶殿には、何かお心当たりはないのですか?」

「いえ、何も……」


 ふるふると首を振る帰蝶。

 聡明なこの子のことだ。自分なりに色々考えていることはあるんだろうけど、推測の域を出ないから口にしづらいのだろう。


「まあ、今プニ長様が憂うことがあるとすれば、謀反くらいのものでしょうなぁ」


 その時、空気を読まない六助が、ふと思いついたように推測の域を出ない考えを述べた。

 帰蝶の表情が一瞬だけ、わずかに歪んだ。対して家康にはほとんど変化がなく、至って涼しい顔をしたまま口を開く。


「謀反ですか。確かに、織田家は向かうところ敵なしですからね。切り崩すとするなら内部崩壊を狙う以外に手立てはない」

「ええ。プニ長様が天下を統一なさるまで、残すは北陸の上杉、安芸の毛利、土佐の長宗我部となりますが……各方面軍の司令官は優秀ですから、攻略は可能だと思っています」

「だから、憂うならば謀反と」

「そういうことになります、かな」


 語尾からは自信のなさが出ている。六助は、今の織田家で謀反が起きるなどとは思ってもいないらしい。まあそれも無理はない。俺も、謀反が起きてから「えっ、お前織田家に対してそんなにむかついてたの?」と思うくらいだ。

 しかしそこで六助が一転して、目を見開きながら大声をあげた。

 

「あっ!」

「どうされました?」


 家康に問われ、六助は目を輝かせながら応える。


「いましたよ! かつて少数精鋭にて柴田殿と秀吉殿の隊を退け、織田家の脅威となった者達が! かの者達ならばある意味いつでも謀反を起こせますし、そうなれば織田家ですら叶わないかもしれません」

「何と、そのような猛者がまだ日の本にいたのですか。私は存じ上げませんが……それは一体どのような者達なのですか?」

「お母さんです」

「は?」


 予想外どころの話ではない返答に、家康がこれまでで一番間の抜けた顔をする。


「お母さんですよ」

「えっと…………まず、いずれの者のお母さんなのですか?」

「お母さんであれば何人のお母さんでも同じです」

「……」


 その答えに家康は相槌を打たず、首を帰蝶の方に向けた。


「帰蝶殿、六助殿は一体何を?」

「かつてある城を織田軍が攻略しようとした際に、真正面から突っ込んだ柴田隊と木下隊が、敵方のお母さんに怒られて泣いて帰ってきたのです」

「そ、そうですか」


 単なる事実とはいえ、良識ある帰蝶までもが訳の分からないことを口にし始めたので、家康は苦笑いを返すことしか出来ていない。まあ、当時は俺も呆れてさらっと流してたけど、普通の人ならドン引きだわな。


「確かに、お母さんには逆らえませんからね」


 結局、家康はそうコメントせざるを得なかった。

 一瞬、本能寺の変に関して何か進展がえられそうな雰囲気だったのに、お母さんに邪魔をされてしまう俺であった。そういえば、母さん元気にしてるかな……。

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