大層お好みのはずだからな
諏訪への旅路も、安土城から岩村城へのそれと差して変わりはない。街道の左右でありのままに育っている大自然や、帰蝶の笑顔に囲まれながら歩く。
六助と帰蝶の話題の中心はもっぱら武田の終焉に関してだった。
戦国最強と謳われ、織田家の宿敵として立ちはだかった甲斐武田氏の滅亡。それは長篠の戦いという出来事を契機に、意外とあっさりと訪れた。いや、もっと正確に言えば武田信玄の死かもしれない。
二人は戦勝に喜びながらも、その事実にはいささか動揺しているようだった。
帰蝶が「いくら敵国のこととはいえ、まるで人の生き死にのようでとても儚く感じてしまいます」と言えば、六助は「我々もより一層気を引き締めて参ります」と抱負を口にした。
直接言葉にはしないけど、二人共、下手をすれば織田も武田のように一瞬で――と考えてしまったに違いない。その話をした時は少しだけ雰囲気も暗かった。
でも、それも一瞬のこと。全体的に道中が楽しかったのは、いつも変わらずに俺たちを照らしてくれる陽射しのおかげだったのかもしれない。
やがて、甲斐に近付き浪合という土地で休んでいた時のことだった。
俺たちの下にとあるものが届けられた。
昼下がり、食事が終わって居間的なところでごろごろとしていたら、河尻のおっさんの軍から伝令がやってくる。
「失礼致します!」
「何事か」
六助が返事をすると、伝令は俺たちの近くにやってきて、六助の正面に跪くような姿勢で座った。
「武田勝頼・信勝父子が最期に尻に挿したとうもろこしを持ってまいりました」
「おお、これはご苦労。さすがは河尻殿だな」
いや、何がさすがなのかわかんねえし。何てもんを持ってきてくれたんだ。まさかここで出す気じゃないだろうな……。
「では早速、皆さまのお目にかけてご覧に入れ」
「キャンキャン! (やめろバカ!)」
誰かに持ってこさせたのだろう。部屋の入り口の方を振り返って手をあげかけた伝令に吠えると、その動きがぴたりと止まった。
目に見えてうろたえながら尋ねてくる。
「も、申し訳ございません。何かお気に召しませんでしたでしょうか」
「ふむ。恐らくは、帰蝶殿がいらっしゃるからやめろ、と仰っているのかもしれないな。プニ長様自身は尻にとうもろこしを大層お好みのはずだからな」
「キュキュンキュン(誰が大層お好みやねん)」
何を根拠に……とか、そもそもどこ発祥の文化なのか、とか詳しく問い詰めたいところだけど、今はそれどころじゃない。とりあえず帰蝶の視界に汚いものを晒す事態は防げそうだ。
帰蝶は苦虫を噛み潰したような顔をしていたけど、俺が二人に注意するとその表情をいつも通りの優しいものに戻してくれた。尻にとうもろこし大好き野郎にされてしまったけど、彼女の為ならそれくらいの被害はお安い御用だ。
「たしかに我々の不注意だった。プニ長様には後でこっそり件のとうもろこしを献上して差し上げてくれ」
「かしこまりました」
「キュン(いらないから)」
それもらったところでどうするんだよ。まあ、宿敵の首級だからみたいな意味合いがあるのかもしれないけど。たしかにそう言うことなら生首を持ってこられるよりはましだったのかもしれない。
俺はその日の残りを帰蝶にべったりで過ごした。おかげで勝頼の尻に挿さったとうもろこしを目にすることはなかった。翌日までは。
そしてとうもろこしのトラウマと戦いながら数日が過ぎた頃、俺たちは改めて諏訪に向けて岩村城を発つ。
諏訪に到着した時には、唯一抵抗していた田中城も開城していて、甲州征伐は各地に散らばった武田残党の追討と論功行賞の発表を残すのみとなっていた。
「河尻殿には甲斐一国、滝川殿に上野一国……それと、家康殿にも駿河一国を贈ろうと考えております」
最初に入った宿にて、六助が論功行賞に関する報告をしてくれている。帰蝶は俺の横で静かに話を聞いていた。
「キュン(いいと思う)」
「ご存知かとは思いますが、単純な褒美というよりも、河尻殿や滝川殿にそれぞれの国の統治をお願いしたいという意味合いが強いです。実際、滝川殿はプニ長様と一緒にお散歩をする権利が欲しいそうですが……」
それでも別にいいけど、滝川と一緒に散歩とかしても話題がな……。とにかくこういったことは六助に任せきりなので異論はない。尻尾を振って賛同の意を示す。
「ありがとうございます。ではその様に致します」
「キュン(オナシャス)」
そして翌日、論功行賞が行われた。
その場には明智もいたものの、あいつも後続の軍で現地入りする前に大勢が決していた為、特に褒美などは授与されなかった。まあ、これは致し方ない。まさかこれで恨みを買うということはないだろう。
滝川はあからさまに残念そうな表情をしながら「ありがたき幸せ」と言い出したので、少し申し訳ないと感じたものの、これ会社とかだったら上司に「もうお前に褒美はやらん」とか言われそうだな……とも思った。
一通り終わると六助は軍勢の現地解散を通達。武田の残党は河尻に任せて、実質的に甲州征伐は終結した。
ぞろぞろと家臣たちが引き払うのを見送っていると、入れ替わりで帰蝶が部屋に入って来る。俺たち三人だけになったのを見て六助が口を開いた。
「後は河尻殿がうまくやってくださるでしょうし、我々のすべきことはもう終わりました。して、ここからはプニ長様に観光をお楽しみいただきたく存じます」
「どういった場所を遊覧していただくご予定なのですか?」
帰蝶が尋ねると、六助は得意げな顔をして言い放つ。
「まずは富士山! これをご覧いただかねば何も始まらないでしょう」
「富士ですか。私も目にするのは初めてなので楽しみです」
「何を隠そう私もです。生涯に一度は見たいと思っていたのですが、その願いも早々に叶いそうですな」
「本当に」
とても和やかな雰囲気で笑い合う二人。織田家が日の本一の勢力になりつつあるからなのか、六助の心にも余裕が出て来たような感じがある。
最近聞いた話によれば、東北の大名はほとんどが織田に従う姿勢を見せていて、関東で逆らうのは上杉くらいのもの。九州でも主な大名はほぼ同盟のような感じになっていて、少なくとも敵はいないという状況だ。
よって、後は中国の毛利と四国の長宗我部を倒せば、天下はほぼ統一というところまで来ていた。
油断はしない方がいいけど、これまで忙しくてすぐに拗ねたりキレたりしていた六助を思えば、少し緩んでるくらいの今の方がいいと思う。
「その後は信玄が生涯に渡り本拠としていた躑躅ヶ崎館、その焼け跡に建てられた仮御殿に宿泊し、それから東海道の眺めをお楽しみいただきなら安土まで凱旋、という予定となっております」
いや、笑顔で言われても……。信玄が住んでた屋敷とか行きたくないんだけど。下手したら化けて出るだろ。
「亡くなられた方の居館だった場所というのも中々に恐ろしいものがありますが、プニ長様と一緒なら楽しいかもしれませんね」
「ええ、我々は周囲で警護に当たりますので存分にお楽しみください」
「ありがとうございます」
まあ、帰蝶が楽しそうにしてるし別にいっか。
今だけは本能寺のことも忘れて、雑談に興じる帰蝶と六助の姿を、ただぼんやりと眺めていた。




