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甲州へ

 安土城待機が決定してしまい、俺は途方に暮れていた。

 ここにいてももう俺が欲しいような情報は得ることが出来ないし、かと言って外出もままならない。あまり遠くに行こうとすると家臣たちに止められるし、何より帰蝶が不安がるからだ。

 天守や本丸辺りをうろつくくらいなら何ともないけど、生活圏内を積極的に出て行こうとすると、心配そうな顔をしながら一生懸命ついてくる。それを見てこれ以上非日常的な行動は取らない方がいいと思った。


 こうなると、することも出来ることもなくなる。帰蝶の手が空いている時は二人でのんびりして、そうでない時は浅井三姉妹と遊ぶという、以前と変わらない日々が過ぎていった。

 そんな折、天守にとある人物が訪れる。それは第二陣としての出兵が迫りつつある六助だった。


「武田四郎めは逃亡。これから彼の一門や親類・重臣を探し出して納豆を吐くまで食べさせる拷問をしようかというところです。事前に予想された通り、我々の勝利で間違いはなさそうです。当然、油断は禁物ではありますが」


 甲州征伐に関する報告だ。

 その拷問は納豆が好きな人にとってはむしろ褒美になるのではないだろうか……などと考え込んでいると、六助は続けた。


「詳細はまた追って報告を申し上げます……ところで、今回プニ長様の下に参上いたしましたのは、もう一つお話があるからです」


 何だろうか。今いち予想がつかず俺と帰蝶は顔を見合わせた。


「皆を労いがてら、その大半がほぼ織田家の領有となるであろう、甲州への旅というのはいかがでしょうか」

「甲州への旅、でございますか? いくら勝勢とはいえ、まだ戦の最中なのでは」


 困惑気味の帰蝶からの問いに、六助は笑顔で答える。


「いかにも。ですが先ほども申し上げました通り、現在は実質的な追撃戦に入っております。早ければ我々が到着する頃には全てが終わっているものと。そうでなくてもプニ長様の安全は保障されております、ご安心ください」

「そうですか。では、プニ長様が戦に参加なさるということは……」

「ありません。ですからもし良ければ帰蝶殿もご一緒されては如何かと」


 帰蝶は目を大きく見開いた。


「よろしいのですか?」

「はい。それこそ戦に参加するわけではありませんし、危険なことも特にありませんから」

「ありがとうござます。では、お言葉に甘えます」


 いや、俺まだ何も言ってないんだけど……。

 何と勝手に甲州への旅と、それに帰蝶が同行することが決まってしまった。まあ明智の監視は出来そうにないけど、帰蝶と一緒というのは嬉しいので結果オーライだと思っておこう。本能寺の変もまだ起きなさそうだしな。


「了解致しました。それでは頃合いを見てお迎えにあがります」

「よろしくお願い申し上げまする」


 互いに礼をし合い、この場での話は終了した。

 どうせここにいても出来ることはない。だから、甲州に労いと観光へ行くのも案外悪くはないかもしれないと思った。まあ、甲州というのが今いちどの辺りかわかってないんだけど。関東方面なのはたしかだろう。

 久々に楽しそうな笑顔を浮かべる帰蝶を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。




 降り注ぐ陽射しが柔らかく肌に触れ、頬をそっと撫でていく風が心地よい。街道が桜色に染まるにはまだ早いけど、ただ歩くだけで心を弾ませるのには十分な暖かさが訪れていた。

 安土城から甲州までへの移動を開始した俺と帰蝶は、せっかくの快晴ということで駕籠から一時的に降りて歩いている。

 横にやって来た六助が馬上から語り掛けて来た。


「そう急ぐ旅でもありません。のんびりと参りましょう」

「はい」


 愛想笑いなどではない、自然な笑みを返す帰蝶。ここ数日どこか元気がないというか不安げな印象があったので安心した。

 現在、俺たちは近江の安土城から美濃の岩村城へと移動する最中だ。そこから更に数日をかけて諏訪というところまで行くらしい。どこやねん。元武田領ってことくらいしかわからん。

 帰蝶が、ふとこちらを見下ろしながら声をかけてくれる。


「プニ長様、お疲れではございませんか?」

「キュ、キュキュン、キュキュ、キュン(ふっ……君と歩いていれば、疲労を披露する気にはならないよ、なんちて)」

「ふふ、疲れたらいつでも駕籠にお戻りくださいね」


 色々と渾身の台詞が軽く流されてしまった。まあこの辺りはもう慣れっこなので悲しくなったりはしない。

 そういえば、関東方面に行くのなら富士山が見えたりはしないのだろうか。

 富士山は、前にいた世界で新幹線に乗っている時とかに見えたのかもしれないけど、興味がなくて意識して見てはいなかった。だから、帰蝶と一緒に見に行ければいいな、なんて思う。

 いつになく和やかな雰囲気の中、六助や帰蝶と他愛もない話をしながら道中を楽しんだ。


 岩村城に着くと、早速城兵が出迎えてくれた。

 確かここの城主は河尻何たらとかいうおっさんで、今は甲州征伐の出兵で大将を務めているはずだ。彼は俺がここに来てから――つまり桶狭間の戦い以降――にこそ目立った働きはないものの、堅実でそつなく任務をこなす、優秀な古参の家臣という風に聞いている。


「これはこれはプニ長様に六助様、よくぞおいでくださいました。ぐへへ」


 城兵はいかにも汚い大人といった感じに笑みを浮かべながら、手を擦り合わせている。留守番を任された河尻家の一員だろうか。

 六助が無駄に凛とした表情で彼らに語り掛ける。


「何日か滞在させてもらう。準備は怠りないか」

「へえ。それはもう」


 絵に描いたように腰が低い。まあ、主の主たちとなればそういう態度になるのも致し方ないのだろう。何か問題があれば文句を言われるのは河尻のおっさんだし、こいつらもその場で斬られる可能性もなくはない。

 城兵たちの案内で岩村城に入った俺たちは、まずはゆっくり休むことにした。道中は楽しかったけど、やはり疲れはあるもの。食事をしたり雑談をしている間に城兵が就寝の準備をしてくれたので、すぐに寝ることにした。


 それから二、三日ほどをここで過ごす。城内を視察したり、城下町を帰蝶と散歩したりしていれば意外と退屈はしなかった。

 しかしそんな折、一人の伝令が岩村城へとやってくる。

 その日朝から散歩をしていた俺と帰蝶が昼頃に帰って来て六助が寝泊まりしている客室に顔を出すと、伝令と思われる足軽が六助に向かい合って座り、報告をしているところだった。


「……と言ったわけで、現在でも抵抗を続けているのは、田中城の依田信蕃のみとなっております」

「そうか。ご苦労だった」

「労いの言葉、恐悦至極に存じます。それでは失礼致します」


 即座に立ち上がり、去っていく背中を見送る六助は、部屋の入り口にいる俺たちに気付き瞳を輝かせた。


「これはプニ長様に帰蝶殿。丁度良いところに」

「戦が終わったのですか?」


 部屋に入って座りながらの帰蝶の問いに、六助が力強くうなずく。俺も帰蝶の隣に伏せた。


「はい。武田勝頼、信勝父子が天目山にて自らの尻にとうもろこしを突っ込み自害したとのこと」

「おめでとうございます、プニ長様」

「キュキュン(ありがとうございます)」


 勝頼が最期まで尻にとうもろこしが好きなところはスルーだ。一体彼が何をそうさせたのか、今となってはわからない。けど、帰蝶も笑顔で流している辺り、そこまで気にすることでもないのだろう。


「まだ抵抗している城もあるようですが、時間の問題でしょう」


 六助の声は、閑散とした城内の空気に溶け込んでいった。

 それでもつい先日まで戦が行われていた地で観光というのも微妙なものだろう。名目上は労いや論功行賞などもあるので致し方ない部分はあるが。

 俺としては帰蝶と旅が出来るだけでありがたいし、そもそも勝手に決まってしまったことなのでその辺りはあまり気にならない。帰蝶も気分としては複雑だろうけど、俺といることで安心してくれているように見える。

 これ、勘違いだったらめちゃくちゃ恥ずかしいし気持ち悪いな、俺。でも、もう何だかんだで何年も一緒にいるわけだし……。

 何てことを考えていると、六助からの俺と帰蝶への報告と伝達は終わっていた。ほとんど聞いてなかったから、ぼちぼち岩村城を発つということぐらいしか覚えていない。


 そして数日後、俺たちは再び諏訪を目指して出発した。

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