甲州征伐
それから数日、織田家の内情を知ろうと安土城内から城下町をうろついてみたものの本能寺の変に繋がり得るような情報は得られなかった。もちろん明智にも会ってみたけどいつも通りな感じでよくわからない。少なくとも俺の目から見て特に変化はないように思えた。
本当は織田の領内を一通り巡った方がいいのかもしれないけど、時間がかかり過ぎるしさすがに無駄だろう。かと言って明智に張り付くのも変だし、情報収集にも限界を感じる。
ソフィアがいないから家臣を使って織田家の内情を調べることも出来ないしな~……何かいい方法はないものか。犬の身だから仕方ないとはいえ、これまで六助にばかり色々やってもらっていたのが仇になった。
結局どうにもならず、安土城の天守にある自室で、ごろごろしながら考え込んでいると来客があった。
「ご無沙汰しております」
ジャ〇ーズ系さわやかイケメン野郎こと徳川家康だ。
部屋には帰蝶を含めて三人。俺と帰蝶が横に並び、それに対峙する形で家康がどっしりと座っている。
はて、この人は一体何をしに来たのやら……と首を傾げていると家康が、はははと軽い笑いを漏らしてから続けた。
「まずは安土城竣工、おめでとうございます」
「キュン(センキュウ)」
「ありがとうございます」
互いに一礼を終える。
「以前のように天守にお住まいになっているとのことで、どのような暮らしをなさっているのかと思っていましたが。住むための場所としてあれこれ工夫が凝らされているのですね」
「はい。丹羽殿が指揮を執り、あれこれと考えてくださったと聞いております」
「なるほど、道理で」
それから家康は、豪華な装飾や仏教に関する施設があることなど、自分がいいと思った部分を褒めてくれた。
一段落すると、間を見計らって再び話を切り出していく。
「さて、本日参上したのにはもう一つありまして」
「キュン(はい)」
「お二方ならばすでにお察しのこととは存じますが」
「もしや、武田に関することでございますか?」
「その通りです」
おお~さすがは帰蝶だ。あれ? でも武田ってもう滅びたんじゃなかったっけ? 長篠の戦いで悲惨な負け方をしていたから、勝手にそうだと思ってしまっていた。
「長篠の戦いから方向性を変え、外向政策に力を注いで来た武田ですが、失敗して戦を避けることが出来ず家臣の離反が相次ぎ、徐々に国力を衰えさせています。そしてこの度、離反した家臣の一族を切ったという報せが入って参りました」
「ということは……」
「内乱の混乱に乗じて甲斐武田氏を攻め滅ぼし、甲斐や駿河、上野を始めとする国々を手中に収める絶好の機会かと」
「六助殿はこのお話をご存知なのですか?」
「はい。プニ長様にお話する前にご相談を、と思いまして」
まあ、言葉も通じないし六助にあらかじめ話しておくのが妥当だろう。ということは、あいつは武田攻めには賛成というわけか。
そうなれば俺が反対する理由も特にない。尻尾を振って賛同の意を示すと、家康が嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。それではそのように話を進めて参りたいと思います」
「あの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
礼を終え、立ち上がりかけてわずかに足へ力を込めていた家康は、帰蝶の言葉に一切陰りのない笑顔で応じる。
「何なりと」
「今回の戦、プニ長様は帯同なさるのでしょうか?」
少しだけ考える素振りを見せる家康。
「恐らくですが、ないのではないかと。武田は兵力的に考えても織田徳川連合軍に対抗し得る力は残っていないはずです。プニ長様に鼓舞していただかなくとも、何の問題もなく我々が勝利できることは疑いようがありません」
「そうですか……」
帰蝶は胸に手を当て、安堵の息を漏らした。
「如何なされましたか?」
「えっ?」
家康の微笑みながらの問いかけに、帰蝶は目を見開いた。
「いえ、帰蝶殿がそのようなご心配をなさることが珍しいものですから。何か特別な出来事があったのかと」
たしかに、帰蝶は意見を求められない限り、政治や戦に関することにはほとんど口出しをしない。それなのに、さっきみたいに「戦に行かないで欲しい」とも取れるようなことを言うのは今までになかったことだ。
帰蝶は静かに首を横に振ってから応える。
「そのようなことはございません。お気遣い感謝致します」
「そうですか。それならば良いのですが」
前々からそうだけど、帰蝶は何かを感じ取っているらしい。
加えてここ最近は俺も自発的に活動をしているから、余計に不安を煽る感じになっていたのかも。動物の大移動を見かけたら何となく不吉な予感がしてしまうような、多分そういうのだと思う。
でもこの犬の身体で、いつも一緒にいる帰蝶から隠れて行動するというのはかなり難しい。どうにか天守や本丸のある一角から動かずに本能寺の変の原因を探ることは出来ないのだろうか……。
あれこれと悩んでいるうちに家康は帰って行った。
武田攻めが決定し、いよいよ天下統一が現実味を帯びてきたというのに、俺の心はどこか靄がかかったように不透明だった。その日の夜は、いつも優しい帰蝶がより優しかったことを覚えている。
数日後、武田攻め――甲州征伐と呼称するらしい――の決定を受けての軍議が行われた。
場所は安土城内の一角にある専用の広めの個室。この城において住居である天守や本丸を軍議に使うことは出来ないということで、丹羽たちの粋な計らいによって建てられていた。
今回は六助の家臣が先陣を切り、その後から応援が駆けつける、という手はずになっているらしい。遠征になるので兵糧を節約するのだとか。
と、そこまでは聞いていたものの、具体的なメンバーは知らされていなかった。そして現在、軍議の場に集まった将を眺めていると……。
「遂に、あの武田を滅ぼすで候」
隣に座る丹羽と雑談をする明智の姿があった。
「天正十年如月。若く血気盛んな森、団両将が木曽口に攻め入る。目付は美濃岩村城主で司寿家の筆頭、河尻与兵衛なり」
「なるほど。先鋒が優秀な人材なれば、我らの出番はないかもしれぬで候」
作戦の概要を聞きながら、何やら納得した様子で首肯する明智。
この甲州征伐、明智も出兵するのか……。そうなると、本能寺の変の要因がこの遠征にある可能性はないとは言い切れない。家康から帯同しなくてもいいのではと言われていたけど、ここは自分から志願するべきか?
明智の近くで、あいつに何か異常がないか見張っていた方がいいのかも。
まあ、帯同したからと言ってあいつの近くにいないことの方が多いとは思うけれども、それでもずっと安土城にいるよりは色んなことがわかるはずだ。情報は大いに越したことはない。
決断は自己最速で済んだ。隣に座る六助の膝に右前足をかける。こちらに振り向いた六助に語り掛けた。
「キャンキャン! (俺も行く!)」
「プニ長様、どうなされましたか?」
つい意気込んで大声を出してしまった。六助の問いかけと共に、家臣団の視線が俺たちに集まるのを感じる。場は静まり返り、囁き声一つでも部屋の隅まで染みわたるような雰囲気だ。
さて、どうやって出陣したい旨を伝えるか。
そう言えば、以前何かを表現しようとして元気にぴょんぴょん飛び跳ねたら、戦う気満々と誤解されて帯同させられる流れになったことがあったな。よし、少々場違いだけどこの方法で行こう。
右に左に大きくジャンプしながら自らの出陣を主張していく。
「キャン! キャン! (俺も! 連れてけ!)」
「おお……」
「キャン! キャン! (俺も! 連れてけ!)」
「何と言う尊さじゃあ!」
「いと尊し!」「いと尊し!」
よし、成功だ。何とか伝わった。
六助が勢いよく立ち上がり、強く拳を握りながら叫んだ。
「皆の者、見たか!? プニ長様は今回帯同されないにも関わらず、我々が確実に勝利できるよう、この場で、このような尊い振る舞いで! 士気を高めようとしてくださっているのだ!」
「キュン(え?)」
「この戦、必ずや勝利し、武田領をプニ長様に献上して差し上げようぞ!」
「うおおおおおおお!!!!」
「いと尊し!」「いと尊し!」
湧き上がる歓声。雄叫びにも似た「いと尊し」コール。どうやら俺が帯同しないことがより決定的になってしまったらしい。
本当にこいつら扱いにくいな。六助はよくやってくれてるよコンチクショウ。




