茶会好きな信栄
佐久間はその事実に気付く様子もなく、顔をしかめながら続ける。
「もはや皆さんの耳に入ってしまったようじゃから言うがの。元はと言えばワシが隠居を決断したのもそれが理由なのじゃ。遊び惚けとるあいつの頭を丸めて、しばらく高野山にでも登ろうかと思っての」
「信栄殿のそれは、業務に支障を来たす程のものなのですか?」
呆然とする六助に代わって帰蝶が尋ねた。
「うむ。知り合いの大名の下へ赴いたかと思えば茶会じゃし、商人と会合したかと思えば茶器の収集じゃ。日がな一日茶のことを考えとって、それ以外のことがまるで手についておらん」
やれやれ、と一つため息をついてから佐久間は尋ねる。
「実際、本願寺に対して消極的な姿勢を取っておったのも、何か言われているのではないかの?」
「まあ、その、ある程度は」
質問を受けた六助は、少し気まずそうに答えた。織田家中では、本願寺に対する佐久間の消極的な姿勢が問題視されていたのは事実だ。
「じゃろうのう。言い訳のようにはなってしまうが、本願寺に戦を仕掛けようとすると、いつもあやつは『私も行けたら行きます』とか言い出しおっての。出陣を取りやめ、それは明らかに来る気のないやつじゃろうと叱りつけているうちにどんどん月日が過ぎていきおった」
「キュキュン(お前ら何やってんだよ)」
たしかに、それは信栄に問題があるけど、佐久間も戦を取りやめてまで説教をしなければいいんじゃないだろうか。まあ、一人だけだと兵力が足りないとかの理由があるのかもしれないけど。
六助はしばし何かを考えた後、意を決した様子で顔を上げた。
「では、信栄殿の茶会好きを何とか出来れば、隠居は取りやめていただけますか」
「あ、いや、それはその……わからないでござるが……」
「ござる?」
何故か佐久間の言葉が急に怪しくなった。見れば老臣の視線は泳ぎ、その頬を伝う汗が鈍く光っている。
こいつ。もしかしてだけど、何だかんだ理由をつけたところで、結局面倒くさくなったから引退したいだけなんじゃなかろうか。いやしかし、名誉とかそういうのを大事にするこの世界の武士がそんなことで……?
俺と同じように考えたのか、六助が訝しむような眼差しを向けている。
「佐久間殿、もしや……本当は面倒くさくなったから引退したいと仰っているだけなのでは?」
「なな、何を仰るか! この佐久間右衛門尉、魂が枯れ果てるまで織田家に尽くす所存じゃ! とはいえじゃな、今回は信栄の父としての責任というものがあってじゃな……ごにょごにょ……」
「最後の方がちょっと聞き取りづらいのですが。では魂が枯れ果てるまで畿内方面軍を率いていただけますね?」
「いや、それはまた話が別というかじゃな。信栄が不肖の息子故、このままでは父として面目が立たぬし、わしがいくら働こうとも迷惑がかかるであろう」
「そのようなことはございません」
「じゃから、山にでも登って息子と共に修行し、魂が枯れ果てるまで仏様に祈り続けることで織田家に貢献しようと」
「そのような役割は必要ありませんし、そもそも私はあまり仏教に肩入れをしておりません」
「それは六助殿個人の話じゃろう。比叡山の時にも言ったが、どの宗派であれ仏様の教えを……」
「じゃあもういいよもぉ! 勝手にしてよもぉ!」
延々と続く押し問答に、遂に六助の我慢の緒が切れてしまった。拳を勢いよく振り下ろしてどすんと畳を打ち鳴らすと、立ち上がってこの場を後にする。
「キュ、キュン(あっ、おい待て)」
慌ててそれを追うと、帰蝶も「失礼致します」と一言断ってからついてくる。
去り際に振り返ると、佐久間は何かを言いたげな表情のまま、前に出した手を下ろした姿勢で固まっていた。
「キャンキャン! (おい待てって!)」
走ってはいないものの、どすどすと歩く六助の移動は地味に速い。身体の小さい俺だと走ってようやく追いつくくらいだった。
「プニ長様……」
六助はたった今我に返った様子でこちらを振り返る。
「申し訳ありません。つい熱くなってしまいまして」
「キュキュンキュン(別にいつものことだろ……)」
そこに関しては何を今更、という感じだ。
「プニ長様、六助様」
背後から、草履が地面を擦る音と一緒に帰蝶の声が聞こえた。そちらを見れば、息を切らせながら追いついてくる帰蝶の姿が。
しまった、ただでさえ走りにくい格好をしている帰蝶への配慮が出来ていなかった。体力に関しても、日頃の鍛錬などがあるからないわけではないけど、それでも俺や六助に比べれば少ないはずだ。
帰蝶の足下まで歩み寄り、あざとい顔を作って見上げる。
「クゥ~ン(ごめんなちゃい)」
「帰蝶殿、申し訳ありません」
六助も身体を帰蝶の方に向けて腰を折っていた。
「いえ。それよりも佐久間殿は……」
足を緩めながらも会話に参加していく。まだ少し肩で息をしている感じはするから、無理はしないで欲しい。
「先程は熱くなってしまいましたが。こうして冷静に考えてみても、やる気のない者に無理やり重要な役目をやらせたところでろくなことにはならないでしょう。残念ですが、佐久間殿には望み通り引退させて差し上げる他ないかと」
「そうですか……」
少し残念そうに顔を伏せる帰蝶。
困ったことになった。六助の言う通り、明らかにやる気のない様子の佐久間に、責任のある仕事や役職を押し付けるのはまずい。ここで俺が佐久間を引き留めるのはどう考えたって不自然だ。
ではどうするか。要は明智が大きな軍勢を持たなければいいのだから、他のやつに任せるか? でも残念ながら、あいつ以上にその大任にふさわしい人物なんてすぐには思い当たらない。めぼしい人材はすでに各方面軍を任されてあるし、ちゃんと皆が納得出来るような人物じゃないとうまくいかないだろうからな。
とはいえ、そもそもいい人材がいたところでそれを六助に伝える手段がない。う~ん、ソフィアのやつ忙しいのかな。最近パッタリと来てくれなくなったけど。
ソフィアが来ない限り佐久間の引退と、明智の畿内方面軍司令官就任を阻止することは難しそうだ。となると、次に考えるべきはいかに明智が裏切る原因を作らないようにするかだろう。
要は明智が裏切らなければ済むだけの話なのだから。
微妙に暗くなった空気を抱えたまま、俺たちは一度天守へと戻った。誰が言い出したわけでもなく、俺の部屋で再度今後の流れを話し合うような雰囲気になる。
俺と帰蝶が横に並び、六助がそれに向かい合った状態で話が再開した。
「佐久間殿もああいった様子ですし、隠居の件を受け入れ、明智殿を畿内方面軍の司令官に任命しようと思うのですが、よろしいでしょうか?」
俺は肯定の意を示すために尻尾を振った。この件に関してはこれ以上足掻いても無駄だと判断する。突然に権力を振りかざして、明智以外の敵を作っては元も子もない……まあ、今の段階ではあいつも敵じゃないけどな。
というか、出来れば一生敵にならないで欲しい。疑っているだけの現段階でも多少の罪悪感を覚える程度には、何だかんだでいいやつだと思っているから。
俺の尻尾を確認した六助が恭しく一礼をした。
「ありがとうございます。それでは、そのように話を進めようと思います」
さて、まずは明智に会ってみないとな。それに本能寺の変が何故起きるのか探るためにも、織田家の置かれた状況を今一度整理しよう。
そんな風に考えながら、ぼんやりとその日を過ごした。




