安土城完成
ここで第四章は終わりで、次が最終章となります。しばらくお休みをいただきますのであらかじめご了承ください。
「わ~すご~い!」
「あれが、てんしゅでございますか?」
「きれい……」
初、茶々、江が絢爛豪華と言うにふさわしい城内を見渡しながら、それぞれに言葉を発する。
引っ越しの準備を済ませた俺たちは帰蝶の屋敷を引き払って旅立ち、近江の地、安土山にある安土城へとやってきた。もちろんモフ政や信ガルも一緒だ。信ガルは茶々の横に並び、モフ政は三姉妹の後ろをのんびりと歩いている。
美濃から引っ越す際に子供たち――特に初――がだだをこねるかと思っていたけど、意外とそんなことはなかった。寂しさよりも、新しい街に住める楽しみやそこまでの旅路への期待といったものの方が勝ったらしい。
実際、茶々はともかく、初と江はここに来るまでの道中大はしゃぎで、あのお市もさすがに疲れ果てたようだった。
ちなみに美濃の屋敷は取り壊さずに残しておくらしい。あまり行くことはないかもしれないけど、あるとわかるだけで嬉しいものだ。
子供たちやモフ政の更に後ろで、六階建てくらいの無駄に高い天守を遠めに眺めながら、帰蝶がぽつりとつぶやく。
「あそこに、今日からプニ長様が……」
その横顔(正確には右斜め下顔)はどこか儚げだったけど、次の瞬間にこちらを振り向いた時には、もう笑顔になっていた。
「プニ長様、おめでとうございます」
「キュキュン(ありがとうございます)」
今日から俺は天守で。帰蝶やお市、そして三姉妹らは本丸で生活することになるらしい。だから寂しいなと思っていたけど、帰蝶も同じように感じてくれていたのかもしれない……なんて気持ち悪いな、俺。
自虐に走っていた思考に横やりが入る。
「あんな豪華な犬小屋なんて聞いたこともないわ」
「キュウンキュン(犬小屋ちゃうわ)」
恐らくは天守のことだろう。お市はそのまま首を巡らせて、城内を通っている道を確認しながら言った。
「道もわかりやすいし、本当に住むために造られたのね」
「ほら、プニながさまもはやくいこっ!」
そう言って、初がこちらに無邪気に走り寄るのを眺めていたら、突然ふわりと俺の身体が浮かび上がった。
「ごめんね、プニ長様は私と一緒に天守に行くの」
「え~! まあいっか」
初に連れて行かれる前に、帰蝶が俺を抱きかかえてくれたみたいだ。
断られるとあっさりと引き下がった初はモフ政を抱っこし、姉妹も連れて本丸の方へといち早く駆けていく。信ガルも茶々についていった。更に後ろから「こらー走らないの!」と言ってお市も追いかける。
そんな義妹の一家の背を見送ってから、帰蝶は腕の中にいる俺を見下ろした。
「それでは、私たちも参りましょうか」
「キュン(ういっす)」
安土城の内装も外装と一緒で、これまでの「城」とは一線を画していた。
要塞としての機能はほとんど排除され、居住性が高まっている。というとわかりにくいけど、要は住みやすくなっている。
清州城や岐阜城は、俺が住んでいた部屋と軍議を行っていた大広間以外のほぼ全てが木で出来ていた。でも、安土城は部屋という部屋全てに畳が敷かれている。
装飾物に関しても、これまではあまり見られなかった絵画や仏像が場内のあちこちに設置されていた。ちなみに内装ではないけれども、安土城内には摠見寺というお寺まで存在している。
実は、これに関しては安土城建築中に六助から相談を受けていた。曰く、
「恥ずかしながら私、この歳になっても浮いた話の一つも無くて。何か呪いのようなものにでもかかっているのではないかと思いますので、城内に仏像やお寺などを設置したいと考えているのですが、よろしいでしょうか?」
ということらしい。何かのせいにしようとしているからモテないのでは……と思ったけど敢えて言わなかった。
そんな六助の切実な願いが込められているとはいえ、仏像や絵画を施した内装は見た目的には悪くない。少なくとも、殺風景だったこれまでの城よりは何倍もいいと思える。
帰蝶の腕の中からの景色が久しぶりだというのも、気持ちに影響しているのかもしれない。最近はずっと並んで一緒に歩いていたから。
程なくして天守に到着する。帰蝶は少しの間足を止め、安土城内の建物の中でも際立って煌びやかな外見に見入ってから中に入って行く。
帰蝶も概ね俺と同じ感想を抱いたらしく、とても綺麗だ、とか仏像や絵画が多いのですねとか言いながら歩みを進めた。そして、やがて天守の三階にたどり着くと降ろしてもらう。
以前のように最上階に住むのはさすがに頭が悪すぎるので、今回は天守とはいっても、三階に住ませてもらうことにした。本当は一階や二階が良かったんだけど、それだと城で働いてくれる人たちに色々と気を使わせてしまうと思ったからだ。
例えば俺にむかついた時、下の階に降りてすぐに「今日のプニ長まじくさいよね~」などの愚痴が言いたくなるものだ。俺が一階や二階に住んでいれば安心してそれが出来ない。
帰蝶が縁側へと通じる襖を開けて外へ出たのでついて行くと、もう一度ひょいっと抱き上げられた。
安土城自体が安土山に張り巡らされていて、この天守や本丸は頂上付近にあるので景色は中々のものだった。遠くには森林の中に浮かび上がるようにして琵琶湖がその存在感を示していて、陽光を浴びてきらきらと輝いている。
景色はこんなにも綺麗なのに、何故だろう。帰蝶の表情がどうにも浮かないように見えるのは。
「やはり、安土山からの眺めは比肩するものなく、筆舌に尽くしがたいことでございますね」
優しく微笑みながらもその瞳はどこか儚げに揺れている。そして次の瞬間にはうつむき、帰蝶は表情に陰りを落とした。
「なのに、どうしてでしょう……」
今にも泣き出しそうな顔で俺を見下ろしながら、口を開いた。
「ここでプニ長様と穏やかに老後を過ごす未来が、どうしても見えないのです」
その一言で俺は重要なことを思い出す。いや、今まで考えないようにしていたのかもしれない。
元の世界で、織田信長がどのような最後を迎えたのかということを。
本能寺の変。明智光秀が織田信長を裏切り、自らの軍勢を率いて本能寺を襲撃したという、歴史上では最も有名といって差し支えのない出来事だ。
この世界の歴史が完全に俺の元いた世界の日本と同じ歴史を辿っているのなら、俺はもうすぐ明智に討たれてしまうのだろうか。あいつがそんなことをするとは思えない……けど、織田信長だって本能寺の変の前はそう思っていたはずだ。
そもそも現在、あいつは自由に動かせる大軍勢を持っているのか。俺の記憶が正しければ、各方面軍の司令官の中にあいつの名前はなかった。
ううむ。基本的に何でも六助に任せっきりになっていたからよくわからない。あいつも安土城の麓に住むようになったはずだし、後で聞いてみるか。
「プニ長様?」
あれこれと巡らせていた思索は、帰蝶の心配そうな声に遮られた。
いかん。せめて俺だけでも明るく振る舞わないと、帰蝶を余計に不安にさせてしまうではないか。
「キュウンキュキュン(おしっこ漏れそうなだけでしゅよ~)」
「ふふっ。お昼寝の時間に致しますか?」
言葉は通じなかったけど、何とか笑ってくれたので良し。どうやらおねむだと思われたみたいだ。
それから帰蝶が敷いてくれた布団の上で横になると、帰蝶は「本丸の方に行って参ります」と言って出て行った。
一人になり、ぼんやりとあれこれ考えている内に、段々と意識が遠のく。
前代未聞といえる程の絢爛豪華な城の中で、俺はたった一人、闇の中へと溶けていった。




