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 土埃の舞う街路。並び立つ木造の住居。そんな見慣れた光景はほんの一部で、街路は人で埋め尽くされ、建物と建物の間にはほとんど間隔が無い。人々の生み出す喧騒も際限なく広がり、街中を覆いつくしている。

 美濃の城下町もそこそこに賑やかだけど、堺は次元が違う。

 九鬼水軍の船が停留している港へと向かう前に見物でもしてみようかと、俺たちは堺の街を歩いていた。


「見失っては大変ですから、私の側を離れないでくださいね」

「キュン(は~い)」


 かつてない人の多さに、帰蝶は駕籠から出るなり俺を抱き上げてくれている。俺としても犬目線でのこの人混みは、いつ踏んづけられてしまうのかと気が気ではないので嬉しい。


「いやあ、いつ来ても信じられない程の人の多さですな」


 六助は俺や帰蝶と違って何度か堺には来たことがあるみたいだ。この群衆の中にあっていつもと雰囲気が変わらないのは頼もしい。こいつを初めてかっこいいと思ったかも。


「こんなに沢山の人が居て。皆、輝いているように見えます」


 そう言った帰蝶は笑顔だけど、遠くを見るような、どこか寂しそうな表情をしていた。


「誰もかれもが、今日を生きることに精一杯なのでしょうね」

「……でしょうな」


 「こいつ突然何を言い出すんだ」とでも言いたげな、気まずさと戸惑いを適当な割合で混ぜたような顔の六助。

 何だお前こら、帰蝶たんが言うことは全部尊いんだぞこら。


 帰蝶は、そんな六助の態度には気付いているはずなのに、敢えて話を続ける。


「武士も商人も百姓も、皆一様に」

「はい」

「だと言うのに、百姓は税を取られるばかりなのでしょう?」

「! ……はい。国にもよるとは思いますが」

「特に、プニ長様が上洛なさる前の京は酷い有様であったと」

「そうでしたね」


 織田家が上洛した当時、京都は非常に荒れていた。その理由は実質的に政府に権力が無い「無政府状態」だったからだ。

 政府は存在するので、税は取られる。なのに力がないから守ってはくれない。だからかつての京の民は「納税の義務を果たしているのに生活が保障されない」という滅茶苦茶な状態だったそうだ。

 おまけに応仁の乱や宗教戦争など、歴史的に戦いの舞台となってきたが故に雑兵の乱暴狼藉などもあり、「力こそが正義」を体現する最悪な街と化していた。

 更にもう一つは「座」と呼ばれる同業組合によって、物価が恒常的に高騰しているのも町民を苦しめる要因となっていた。


 これらは織田家が上洛してから改善されたと聞いているけど。

 帰蝶は、そんな不遇な民衆のことを憂うことがたまにある。でも織田家の方針にはあまり口を出さない。それは何故か。最も効果的な改善策が現在もなお進行しているからだ。

 俺に視線をやりながら、帰蝶はぽつりと言った。


「プニ長様が天下を統一し、民衆に安寧が訪れる日が早く来ると良いですね」

「はい。私もお力になれるよう精進して参ります」


 織田家が天下を取れば、京のように全ての国の政治が改善され、民衆の暮らしはどんどん良くなっていく。帰蝶はそう信じてくれているのだ。俺も出来ることならその期待に応えてあげたいと思う。

 突き抜けるような青空の下、どこまでも強く輝く太陽が人々を照らしていた。


 ざっと街を眺めた後、俺たちは九鬼水軍の船が停留する港へと足を向ける。あらかじめ行くことは伝えておいたので、手前で九鬼の家臣が迎えにきてくれた。この前志摩国で俺たちを案内してくれたのと同一の人物だ。

 港へと歩きながら、六助が先頭を行く九鬼の家臣に尋ねる。


「して、完成した船は一体どのようなものなのですかな?」

「見るだけで圧倒されます」

「ほう。見るだけで」

「もう本当にすごいです」

「すいません、もう少し具体的に説明していただけますか?」

「そうですね。かなりかっこいい感じです」


 このようにして、九鬼の家臣の語彙力が壊滅的なことが判明してすぐのことだ。

 建物の角を曲がり、遠くには雲が気持ちよさそうに泳ぐ青空が。

 そしてその下では、群衆のような船の中にずっしりと構える、一際巨大で異質な黒い船があった。

 それを視界に入れた瞬間に思わず立ち止まり、口を開けたまま呆然とする六助と帰蝶を見て、九鬼の家臣がしてやったりという表情で口角を吊り上げる。


「どうです? 本当にすごいでしょう?」

「はい。かなりかっこいい感じです」


 語彙力が壊滅的なのは六助も同じだった。




「どうだ俺の鉄甲船は! これなら問題ねえだろ!」


 再会するなり、九鬼はそう言うと大きく口を開けてがっはっは、と笑う。

 たしかにあの船は見るからに鉄で造られている。中に入ったり触ったりはしていないけど、優柔不断な九鬼がここまで気分が良さそうにしているのだから、本物であることは間違いないだろう。

 となれば、やはり気になるのはどうやって鉄を用意し、加工したかだ。そこは当然六助も疑問に思っていたらしい。


「お見事です。この船があれば毛利に打ち勝つこと能いましょう。して、一体どのようにして製造を?」

「そりゃもうな、鉄をずがんよ!」

「ずがん?」

「おうよ!」

「すいません、もう少し具体的に説明を」

「だからな? 南蛮から鉄を買い付けて運び込むだろ?」

「はい」

「それをずがんよ!」

「いやいや、だから」


 九鬼は「ずがん」のところで拳を振り下ろすような仕草をするが、それが何を示しているのかが全くわからない。


「それからがっしゃーん、な! がっはっは!」

「はあ……」


 解読を諦めた六助は一つため息をつくと、改めて鉄甲船をまじまじと眺める。


「しかし本当に見事なものですな。すでに実戦で使用されたと聞きましたが」

「おう。伊勢からここに来る時に雑賀衆に絡まれてなあ。ぎりぎりまで引きつけて大砲でどかんとやってやったぜぇ」

「おお、それは素晴らしい」

「まあ六隻しか造れなかったからちぃとばかし不安だったが、蓋を開けてみりゃ何てことはねえ。むしろ十分だったな」

「いや、本当に頼もしい限りです。これで毛利との戦いにも勝利し、本願寺を更に追い詰めることが出来るでしょう」

「そうだろうそうだろう」

「つきましては追加の褒章をお渡ししたいのですが」


 そこで六助がちらっと俺の方を見る。つられて九鬼も。

 正直この文明レベルじゃ無理かもと思っていたけど、目の前にあるのは文句なしに鉄で出来た「燃えない船」だ。一応誰かに確認させる必要はあるかもしれないけど……恐らくは大丈夫だろう。

 そうなれば、無茶ぶりに答えてくれた九鬼にはそれなりの報酬があって然るべきだ。俺も一肌脱ごう。

 「いいよ」的な意味を込めて、帰蝶に抱っこされたまま、右前足を「お手」の形でぴょこっと差し出す。それを見た六助が、ほっと安心したような表情を浮かべてから言った。


「よろしいですか、プニ長様。ありがとうございます」

「へへっ、さすがは織田家の当主。話のわかる御方じゃねえか。それじゃ早速」


 九鬼は下卑た笑みを浮かべてこちらに近付いてきた。正直、九鬼には悪いけど結構気持ち悪い。俺が女の人なら悲鳴をあげて逃げ出しそうだ。

 何て失礼なことを考えている間にもプニプニが始まる。


「相変わらずのプニプニだな……よし、次はモフモフだ」


 そして帰蝶から俺を抱き上げてモフモフする。帰蝶はいつものように穏やかな笑みでこちらを見つめているけど、内心は心配してくれているに違いない。

 これは報酬なのだから仕方がない、と内心で自分を抑制しているうちにモフモフも終了した。


「残りの褒章も後日お渡ししますので」

「おうよ」

「次回の毛利水軍との海戦が楽しみですな!」

「ああ、どんとこいってんだ! がっはっは!」


 二人のおっさんの陽気な笑い声が港に響き渡っていた。

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