茶々と信ガルの連携
あれこれと回想しているうちに眠ってしまったらしく、目が覚めた頃には美濃に到着していた。
それからしばらくは俺が帯同を頼まれるような戦も起きることはなく、ただひたすらに我が家で船の完成を待つ日々が続く。もちろん、戦そのものはあちこちでやっているので、俺や六助のところにはちょくちょく伝令が訪れていた。
例えば、あの上杉謙信が能登というところに侵攻した際、危機的状況に陥ったそこの領主が織田家に助けを求めてきたために、柴田を始めとした北陸方面軍が七尾城という城に向けて出兵した時のことだ。
〇 〇 〇
「失礼します!」
「キュン(どうぞ)」
「七尾城手前の手取川で水遊びに興じていた柴田様の軍は、上杉軍に上流から小便を流されて急遽撤退しました!」
「キュンキュキュン(柴田も上杉も何やってんだよ)」
「一部の者は汚染された川の水を口に含んでしまった模様!」
「キュキュン(聞いてねえよ)」
お市ならブチギレそうな下品なお話でも、俺の隣に座る帰蝶はすまし顔で、口を真一文字に結んで聞いている。
何て思っていたら、不意に襖ががらりと開く。
「ちょっと! 今子供たちだっているんだから、あんまり下品な話してんじゃないわよ!」
振り向き、狼狽する柴田軍の伝令。
「お、お市様。いえ確かに下品な話ですが事実でして……」
「お市ちゃん聞いてたの?」
「たまたま通りがかった時に聞こえただけよ」
廊下に立ったまま、腕を組んで憮然と見下ろすお市は、伝令の次なる言葉を待っている。けど、相手は織田家当主の妹ということもあってこれ以上反論できるはずもなく、伝令の人にとってはさぞ理不尽なことだろう。
こういった時、客人に助け舟を出すのが帰蝶なのだ。
「この方もありのままをプニ長様に報告するのがお仕事なんだからしょうがないじゃない」
「にしたって、言い方とか声をひそめるとかあるでしょ?」
「それはそうだけど……」
そしてこんな時、もう一人「役割」を持つやつがいる。
帰蝶が反論しかねて困っていると、お市の横からひょこっと信ガルが顔を出す。
「げっ」
それに気付いたお市がそんな声を漏らすと、更に茶々までもがやってきた。
「ははうえ、どうされたのですか?」
「別にどうもしないから、あっちで遊んでなさい」
「でも、しんガルさまがきにかけておいでです」
「ガルル」
「うっ」
信ガルは「どうしたの? 大丈夫?」と言わんばかりに純粋無垢な瞳でお市を見上げている。
ここ最近良く見られるようになったこの一連の流れは、もちろん偶然じゃない。
屋敷に来てから、お市が誰彼構わず突っかかっていくスタイルで、たまに俺や帰蝶でも困らされることがあることを学習した信ガルは、お市が客人に物を申し始めると、それを察して別の部屋からこうして駆けつけてくれるようになった。
正確には、信ガルは俺以外だとほぼ必ず茶々と一緒にいるので、茶々や子供たちを連れて来てくれるようになったと言うべきか。
子供たちは母が大声を出しているのを聞き、信ガルが突然そっちに向かって歩いていけば、自然と興味を持ってついて来るからだ。お市が可愛い娘たちに強く出られない性格なのを知っていて、あえてそうしているんだろう。
ただ、三姉妹の中でも茶々だけは信ガルの行動の意図を察しているらしい。今もあえてお市に食い下がっているのがその証拠だ。彼女の性格的にいつもなら、はいわかりました、と帰っていくに違いない。
観念したのか、お市はふうとため息をついてから言った。
「本当に何でもないわ。ほら、お部屋に戻るわよ」
「はい。しんガルさまもまいりましょう」
「ガルル」
そうしてお市が去ったあと、茶々はこちらにぺこりと一礼をしてからいそいそとそれに続いた。信ガルもこちらを一瞥してからついていく。
三人がいなくなったのを見計らってから、帰蝶が笑顔で謝罪の言葉を口にした。
「申し訳ありません。悪い子ではないのですが」
「いえ。自身の配慮のなさを反省しております」
「本当に気になさらないでくださいね。して、報告は以上ですか?」
「はい。ですので、これにて失礼致します」
「ご苦労さまでした」
伝令は礼をして立ち上がると、素早く静かに去っていった。
〇 〇 〇
こんな感じで基本はのんびりと。客人の来訪があった際は、お市が怒り、帰蝶がなだめ、失敗したら茶々と信ガルがやってくるというお決まりの流れの中で日々は過ぎていった。
他に大きな出来事としては、雑賀攻めと荒木の裏切りがあったか。
紀伊に拠点を構える雑賀衆は、兵や物資を本願寺に補給している。
毛利水軍に負けて本願寺への補給を許してしまった織田家は、どうにか戦局を打開すべく思索を巡らせていた。そこで目をつけたのが雑賀衆で、彼らを攻め滅ぼせば本願寺の根を枯らすことが出来ると考えたようだ。
これに関する軍議の際、六助は「規模から考えれば織田家の敵ではありませんが念の為に調略から入りましょう」と、俺は慎重アピールをし始める。これが完全にフラグとなってしまい、結論から言えば織田は負けた。
調略自体は成功し、雑賀衆の過半数を織田側に引き込んで臨んだ雑賀攻め。
六助の言う通り数では圧倒していた。でも、相手は天下にその名を知らしめる傭兵集団だ。一筋縄でいくわけはない。
例えば、織田軍が渡るであろう川の底に桶や壺、穂先なんかを沈めておいて渡りにくくし、おまけに渡った先も湿地帯。うまく前進出来ず身動きの取れなくなった織田軍は、雑賀衆お得意の鉄砲で散々に撃たれ、甚大な被害を出した。
結局、数で勝っているというのに攻めきれず、織田軍は雑賀側の「しゃあねえから降伏してやんよ」的な降伏を受け入れるしかなかった。これを聞いた義昭や毛利は「織田、雑賀に負けてやんの。やーいやーい」と宣伝したらしい。
その後、敵対していた雑賀衆が、こちらに味方していた雑賀衆を討伐し始めたので織田は佐久間率いる大軍勢でこれを潰そうとした。が、それも失敗。佐久間は罰として猿のモノマネをしながら大坂まで帰ったそうな。
「ウッキー」と言いながら四足歩行で帰路を行く父親の姿に、信栄は涙を堪えきることが出来なかったという。
荒木のおっさんの裏切りに関して詳しくは割愛。六助のことが気に入らなくて突如戦線を離脱し居城に引きこもり始めたとのこと。とにかく背景やらが複雑で聞いてて眠くなってしまったので全然覚えていない。
そして更に待つこと数週間。九鬼が遂に鉄の船を完成させたという報せが入ってくる。六助がすぐに「早速見に行きましょう!」と興奮していたので、仕方なく一緒にいってやることにした。
船の建造は九鬼の拠点である志摩ではなく伊勢にて行われたそうだ。でも、俺たちが向かうのは大坂、堺。九鬼は船を完成させるなりすぐに出港して、すでに本願寺の周囲へと配備を済ませているらしい。
今回も戦の帯同というわけではないので帰蝶もついてきてくれるらしい。三姉妹も来たがっていたけど、遊びにいくわけじゃないとお市に止められていた。
そんなわけで、夏も過ぎ去り、夜には肌寒さを感じるようになった頃。俺たちは堺へと向かった。




