帰蝶のこだわり
「じゃ、じゃあ早速プニプニを賜るとするぜ」
「了解致しました。ではプニ長様、お手数をお掛けしますが」
「キュン(あいよ)」
帰蝶の膝の上から降りて、九鬼の下へと歩いていく。座り込んで「お手」の形で右前足を差し出した。九鬼はそれを、まるで探し求めていた茶器を扱うかのような手つきで持ち、肉球に触れる。
次の瞬間、その口からは感嘆の声が漏れた。
「おお……」
宝物を発見した子供みたいな顔しやがって。全く、しょうがねえおっさんだぜ。
おっさんは間抜け面のまましばらくプニプニを堪能すると、やがて顔を上げて六助の方を見た。
「見た目からしてやべえと思っちゃあいたが。世の中にはこんなにやべぇプニプニがあるんだな」
六助は、まるで自分が褒められたかのように口角を上げ、力強くうなずく。
「プニ長様のプニプニは日の本だけでなく、海を越えた彼方に存在するであろう国々を含めても比肩するものなしと確信しております」
「何も知らずにそれを聞けば大袈裟に聞こえるが……今ならそれも間違いじゃねえって言い切れちまうな」
いや、普通に間違いだろ。世の中にはもっといいプニプニを持ってる犬(特にチワワ)はたくさんいて、そのどれもが等しく尊い。俺だけじゃなく、どの犬も一匹だけ特別なんてことはないのだ。
九鬼は無駄にいい笑顔を浮かべながら帰蝶を見やる。
「帰蝶殿は毎日このプニプニを堪能出来るのでしょう。いやあ、羨ましい限りで。がっはっは」
それに対して帰蝶は否定も肯定もせず、ただ静かに微笑むのみ。
「約束して報酬まで前払いで貰ったからな。出来る限りのことはやってみるぜ」
「何とも頼もしい。よろしくお願い致します」
「ああ。美濃でのんびり待っててくれや」
こうして無事、志摩国での交渉は終わった。
そして美濃への帰り道。俺は駕籠に揺られ、帰蝶の正面に寝転びながらぼんやりと考えごとをしていた。先日、九鬼が言った「帰蝶殿は毎日このプニプニを堪能できる」という言葉に関することだ。
戦がなければ毎日俺と一緒にいる帰蝶だけど、好き放題にプニモフを堪能しているかと言えば実はそうでもない。
もちろん全くしないわけじゃないけど、いつでも気が向いたら……というわけでもない。本当に必要最低限という感じだ。必要最低限って何だよとは思うけど、それで何とか理解して欲しい。
そう。あれは俺がこの世界に来て日も浅い、とある日のことだった。
〇 〇 〇
まだ城の最上階に住んでいた頃。俺と帰蝶はいつも通り、のんびりとした時間を過ごしていた。でもその日はソフィアが来ていた。
ソフィアがプニプニを味わいながら言う。
「やはりプニ長様のプニプニは天下一品ですねぇ~」
「そうですね」
柔らかい笑みを浮かべる帰蝶。でも、「私も」みたいなノリでプニプニを味わおうとはしない。
この時点で俺は、前から帰蝶が好き放題にプニモフしないことを不思議に思っていたことを覚えている。出会った瞬間はあんなに頬を紅潮させ、瞳を輝かせながらプニモフしていたのに。
でも、その疑問を先に口にしたのはソフィアだった。
「帰蝶ちゃんはプニモフしないんですか?」
「私は充分にさせていただいているので、大丈夫です」
その回答にソフィアは首を傾げ、頬に人差し指を当てた。
「そうですか? 私がいる時はそんなにプニモフしていないようなので……」
「キュキュンキュン、キュン(遠慮とかはいらないから、どうぞ)」
「ほら、プニ長様も遠慮はしなくていいと仰ってますよ!」
「お気持ちはとても嬉しいのですが、そういうわけには参りません」
帰蝶は笑顔のまま静かに、けどしっかりと首を横に振って続ける。
「プニプニとモフモフは、主に褒美として下賜されるもの。戦働きをしていない私が、正室だからという理由で好き放題にしていいものではありません」
肉球をプニプニするだけでそこまで考えんでも……と、当時の俺は思った。犬臣鎌足の伝説があるせいなのか何なのか、この世界では犬やそれをプニモフすることの価値が高いというのをまだ理解出来ていなかったからだ。
とは言っても、あくまで多少高い程度。それでも通常なら戦働きの褒章代わりにはなったりしない。俺のプニモフが価値が高い要因は、偏にその柔らかさあるいは毛並みの異常なフサフサ感にある。らしい。
どうしたものかと困り、無理に笑顔を作ったソフィアが口を開く。
「で、でもほら。こういった時なら誰も見てませんし? 皆、二人きりの時にはプニモフを存分に堪能してるんだろうって思ってますよ? だったら味わっておかなきゃ損です!」
「もちろん、日に何度かはいただいていますから大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
もはやソフィアは反論する術を無くし、黙り込んでしまう。
帰蝶はゆっくりと俺を抱き上げ膝の上に置き、背中を撫でながら語った。
「もし私が百姓の娘に生まれていたなら、話は違ったのかもしれません。もっともその場合はプニ長様にお会いする機会すらなかったかもしれませんが……」
「キュキュン。キュウンキュン、キュンキュン(そんなことはない。例えいつの時代のどこに生まれていても俺は君と出会っていた)」
ソフィアがいることを忘れてふざけてしまったけど、完全に空気を読めていない発言だったので訳されず命拾いをした。
「ですが私は大名の家に生まれました。そして今は織田家の当主であるプニ長様の正室です。家臣やその更に下の者たちが命をかけて手に入れる褒章を、私が無制限にいただくことは出来ません」
真面目に話してるけど、それでも日に何回かはプニモフしてる辺りが可愛いな……と思ってしまう。ソフィアも同じことを考えているのか、顔がにやつこうとするのを必死で我慢する様子が見て取れた。
「ですから、プニ長様と妖精様のお気遣いは恐悦至極に存じますが、私は好き勝手にプニモフを堪能するようなことは致しません」
「そうだったんですね。それだけの覚悟があったのに気軽にプニモフを勧めてしまって、ごめんなさい」
宙でぺこりと一礼をするソフィアを見て、帰蝶が慌てて手をぱたぱたする。
「いえそんな、気になさるほどのことでは……! 少し大袈裟に申し上げてしまったかもしれませんが、私も日に何度かは我慢出来ずにプニモフをいただいておりますので」
「なるほど……我慢出来ずに、という辺りにとてつもない『萌え』を感じますね」
今度は真剣な表情でそんなことをつぶやくソフィア。こいつ、美少女が出てくるアニメとかも結構好きそうだな。普段こいつがどういう生活をしてるのか、ちょっとだけ興味が沸いてきたぞ。
実際のところ帰蝶は朝昼晩一回ずつに加え、その間に我慢できなくなったら、周囲に誰もいないことを確認してこっそりプニモフしている。つまり、恥ずかしいのかああいったことを言った手前ばつが悪いのか、微妙に嘘をついている。
でも、それを言ってしまうと主にソフィアのテンションが上がって面倒くさいことになりそうだから、ここは黙っておこう。
と、思いながらソフィアをじっと見ていると目が合った。すると急にじと目になってこちらを睨みだした。
「むむ。プニ長様、面倒くさいことになりそうだから、黙っておこう……みたいな顔をされていますね。何を隠してるんですか?」
「キュ(えっ)」
「……」
内容を察したのか、帰蝶の頬と耳が赤く染まり出した。
「……ですがまあ、今日は深く追求しないであげましょう」
やれやれとため息をつくソフィア。こいつ何様だよ。助かったけど。




