肉球、前払いで
「金の心配なら必要ありません。そちらは全て織田家が負担しましょう」
「いや、んなこと言われてもよぉ」
九鬼は腕を組み、唸り声をあげながらしばし考え込んだ。
基本的に鉄は南蛮人から輸入した南蛮鉄が使用されているので、金を負担してもらえるのであれば、鉄の調達そのものには困らないだろう。でも、それを加工する技術が不足しているのではないだろうか。
刀や鉄砲を作る技術はあるはずだけど、それを船の建造に利用出来るのかどうかが俺にはわからない。恐らく九鬼もそこが悩みの種になっているんだと思う。
「やっぱり無理だ。出来ないもんを約束するなんてことは出来ねぇ」
「おやおや? 九鬼殿ともあろうものが。おやおやおやおや? まさか船に恐れをなすおつもりですかな? ん? ん?」
「そんな安い挑発には乗らねぇよ」
割と引いてる感じで苦笑を漏らしながら、九鬼はあっさりと受け流す。安いというよりは子供並みといった方が正しい気もするけど。
冷静な相手の様子を見て、六助は正攻法での説得に切り替える。
「金に糸目をつけなければ、全国から数多の職人を呼び寄せることも出来るではないですか。そして、それらに議論をさせれば鉄製の船を造る方法の一つや二つ、思い浮かぶこともありましょう」
「だけどよぉ……」
「九鬼殿。出来ないことは断る、というのは、『漢』としてたしかに重要なことであるのはわかります」
「……」
「しかし、不可能を可能に変える、というのもまた一つの『漢』なのではないでしょうか」
「何を言っているのかはわからねぇが……このままじゃ毛利に勝てねえってのも事実なのはわかってる」
六助の本気なのかふざけているのかわからない言葉をまたもさらりと受け流す。なのに表情は真剣そのものだ。このおっさん、これからの織田家にとって重要な人物になるかもしれないな。
「申し訳ねえが、少し考える時間をくれねえか?」
「構いませんよ。すぐに帰るというのもなんですから、一週間ほどはこちらでのんびりさせてもらおうかと思っていますし」
「そうか。悪いな」
「いえ。難しいことをお願いしているのはわかっていますので。それではまた明日伺います」
「おう。おい! お客人がお帰りだぞ!」
九鬼がそう言うと、襖をそっと開けて家臣が入ってくる。そして、その家臣に案内されて俺たちは屋敷を後にした。
翌日。俺たちは昼頃に九鬼の屋敷を訪れた。
一通り挨拶や世間話なんかを済ませた後に、六助が改めてと言った感じで座り直してから口を開く。
「して、返事の方は」
「いや、それがまだ決めかねててよ……」
こいつ意外と優柔不断だな。失礼だけど見た目も喋り方も大雑把な感じなのに、心は意外と繊細なのだろうか。
そうなると引き受けてもらいたい六助はここぞとばかりに畳みかける。
「でしたらいっそのこと引き受けてはいただけないでしょうか」
「でもよぉ、『漢』として出来ないことを引き受けるってのも」
もはや男らしさの欠片もないんだけど。
「ここでこの依頼を引き受けて達成すれば、日の本一の『漢』になれますよ」
「鉄を加工するのだって難しいだろ。そりゃ武器や鉄砲に加工する技術を知ってるやつはいるが、船の材料にするための加工なんて出来るやつはいるのか?」
「そういった人材を探すお手伝いも致しましょう」
「キュキュンキュン(昨日とほぼ同じやり取りじゃねえか)」
「そうか」
そうやってまたしばし考え込んだ後、九鬼は何かを決意した様子で言った。
「よし。すまねえが、また明日まで待っちゃくれねえか?」
「んもぉ! 何でだよもぉ!」
遂に辛抱堪らず、六助がぶちギレモードに入ってしまう。ヒステリックな声に九鬼も一瞬怯みながら応じた。
「やっぱりこういうことは慎重に決めねえとだめだろ」
「じゃあいいよもぉ! 他の人に頼むからもぉ!」
「何だと? それは聞き捨てならねえな。やっぱり明日まで待って」
「それはいいよもぉ! どうせ明日になってもこれの繰り返しじゃんかもぉ!」
「六助殿。落ち着いてください」
ここで、昨日から今に至るまで一言も口を挟まなかった帰蝶が、混沌としてきた議論を一旦止めに入った。
「九鬼殿にも九鬼殿なりの事情というものがおありでしょう。互いが冷静にならなくては議論もままなりませぬ」
帰蝶の注意を受けた六助は、スッと憑き物が落ちたように正気を取り戻す。
「……大変失礼を致しました」
「いえ。九鬼殿も、無理なら無理で断ってもよろしいかと。難題を押し付けられて断ったとて、家名が地に落ちるようなこともありませんし、貴殿が責められるようなこともないでしょう」
「それはそうだけどよぉ」
帰蝶に説得されてもなお、九鬼は決断を渋っている。当主ともなると色んなことに頭を悩ませる必要があるのはわかるけど、このままじゃ埒が明かない。
しょうがない。帰蝶も困っている様だし、ここは俺が一肌脱ぐか……。
俺は立ちあがり、九鬼の前まで移動してからまた座り込んだ。
「な、何だ? そんな尊い顔されたってすぐには引き受けられねえぞ」
動揺する九鬼を見上げながらスッと右前足を上げる。すると、俺の意図を汲んだ六助が驚いた様子で解説した。
「プニ長様、まさか報酬にプニプニを……?」
「キュキュン(しかも前払いでな)」
「素晴らしいご決断です」
俺を優しい笑顔で褒めた帰蝶は、そのまま九鬼に視線を向ける。
「プニ長様は、もし依頼を引き受けてくれるのならば、この場でプニプニを下賜しても良いと仰っています」
「いつもなら論功行賞の際に褒美として授かるものですから、依頼を引き受けるだけで下賜というのは滅多にありません。それだけ、プニ長様も燃えない船の建造を大事に考えていらっしゃるということです」
「噂に聞いちゃあいたが、確かにやべえ肉球をしてやがるな」
六助の言葉を受けた九鬼が、今は地に着けている俺の右前足をちらちらと見ている。
やべえ肉球なんて言葉は初めて聞いたし見た目でわかるんかいとは思うけど、それ以外は予想通り……いや、それ以上の反応で驚きだ。
この世界の人たちは、俺の肉球を餌にするとやけに食いついてくる。まあ俺が交渉の材料に出せるとすればプニプニかモフモフしかないってのもあるけど。
「ぐぐっ、この肉球が前払いで、か」
「これから先、触れることすら能わぬかもしれませんぞ?」
「ぐうっ」
自分で持ちかけといてなんだけど、そんなに触りたいもんかね。いや、俺も人間だった頃はチワワの肉球を触りたくてしょうがなかったけど、例えば「触らせてあげるから百万円くれ」と言われたら諦める。
九鬼はそこで百万円を払おうかどうか悩んでいるのだ。
九鬼はさんざん悩んだ後、自らの膝をぱんと勢いよく叩いてから、まるで叫ぶように告げた。
「あぁっわかったよ! 俺も漢だ! この依頼引き受けてやろうじゃねえか!」
「そう来なくては! さすがは九鬼殿!」
笑顔の六助と、ヤケクソ気味な九鬼が固く握手を交わした。
そんな二人を眺めながら帰蝶が俺を優しく抱き上げて、膝の上でふわりふわりと撫でてくれる。その仕草からは「よくやった」というメッセージを感じた。




