燃えない船
どんぶらこ~どんぶらこ~。
最近、話題の中心が船のことだったせいもあり、駕籠の中で揺られているとそんな効果音が頭をよぎる。
現在、織田家は志摩国にある九鬼嘉隆の拠点へと向かっている。そこで、燃えない船を造ってもらえないか交渉する予定だ。
しかし、かなり無駄な交渉になりそうな予感がするけど、どうなんだろう。この文明レベルだと鉄ってむしろどうやって作ってるの? みたいな感じだし。
それに。これは余談だけど、頑張って鉄の船を造ったところで、何百年後かにはその鉄の船すらも燃えるようになってきちゃうからな。人間ってのは怖いわ~。
「こうして、プニ長様とお出かけするということもお久しゅうございますね」
「キュキュン(ございましゅ~)」
帰蝶は、この蒸し風呂のような駕籠の中で、更に着物まで纏っているというのに聖母のような笑みを崩さない。すごいなと思う一方で、無理はしていないのだろうかと心配になってしまう。
いつも通りばれないように赤ちゃんになっていると、帰蝶が小窓の外に広がる緑を眺めながら、ぽつりとつぶやいた。
「九鬼殿がいらっしゃる志摩国というのは、どういったところなのでしょうか」
「キュンキュン(わからないでちゅ)」
「あまり海というものを見たことがないので楽しみです」
「……(……)」
さすがにそんな空気ではなかったのでバブバブは止めた。
美濃→尾張→美濃と移り住んできた帰蝶にとって、海は珍しいものらしい。尾張は海に面しているけど、清州城下町は内陸にあったからだ。車ならそう遠い距離ではないけど、もちろんそんなものがあるはずはない。
晴れ渡る青空の下に広がる水平線と、潮の香りを乗せてやってくる風を知ったらどんな顔をするのかなと少しだけ楽しみになった。
やがて、ゆさゆさと身体を優しく揺すられて目が覚める。
「プニ長様、到着したそうですよ」
「キュ(ん)」
六助が起こしにきてくれたのか、駕籠の扉がわずかに開いていて、そこから潮の香りが漂ってくる。
それを嗅いで気付いたのは、俺も海に来た経験が少ないということだった。俺が生まれ育った街も海からは遠かったしな。今思い出したわ。何がどんな顔をするのかなと少しだけ楽しみになった……やねん。
まだ寝ぼけていると思ったのか、帰蝶は俺を優しく抱きかかえて駕籠から出る。すると、目の前には広大な海が広がっていた。
「わあ……!」
帰蝶から、そんな感嘆の声が漏れる。瞳がきらきらと輝いていて、まるで陽光を反射した海のようだ。彼女のこんな顔を見るのは久々か、もしかしたら初めてかもしれない。一緒にここに来て本当に良かったと思う。
「帰蝶様、崖になっておりますのでお気を付けください」
「ありがとうございます」
近くにいた馬廻衆に注意されて笑顔で返事をする。
確かに、俺たちのすぐ近くは断崖絶壁というほどではないものの高い崖になっていて、某サスペンス劇場に出てくる東尋坊を思い出した。そして横を見ると、細く伸びていく崖の先には建物がある。
「プニ長様に帰蝶殿、長旅お疲れ様でした」
六助はそう声をかけてくるなり、建物を手で示しながら言った。
「あちらに見えますのが九鬼殿の居城、波切城でございます」
「ああいったお城は初めて拝見致しました」
どうやらあれが九鬼の居城らしい。帰蝶も触れているように、ぱっと見では城という感じがしない。
「何を隠そう私もです。噂には聞いていたのですが」
「お城はあそこに見える建物だけなのですか?」
「いえ、この城は海岸段丘を天然の要害として利用した丘城でして、あれ以外にも崖にいくらか建物が続いています」
「それは興味深いですね」
波切城には、「城」と聞くと真っ先に思い浮かべるような天守閣が無い。どちらかと言えば「砦」という印象で、物見やぐらや屋敷のような建物がいくつかあり、それがどうやら崖の方まで続いているらしい。
ちょっとした集落のようなイメージと言えばいいだろうか。
その頃砦の入り口では、こちらの使者と九鬼家の人間と思われる人物が何やら話込んでいた。
こちらの使者が引き返してくるのを確認して、六助が口を開く。
「確認も済んだようです。それでは中に入りましょう」
それから、九鬼家の家臣に案内されて中に入って行った。
居住空間に使われているのだろう。屋敷のような建物に九鬼がいるらしく、そこの奥に案内された。ぎしぎし、と足元が軋む音を聞きながら進んで行く。
屋敷には潮の香りが染みついていた。木の壁や床は黒ずんでいて、大名の住む場所というよりは金持ちの民家といった様相を呈している。
「こちらに嘉隆様がいらっしゃいます」
「ご苦労様でした」
帰蝶の労いの言葉を受けて、家臣はそそくさと去っていく。九鬼からあらかじめ部屋に入らないように言われているのかもしれない。
中には神妙な面持ちでどっしりと座り込んだおっさんがいた。
ぼさぼさになってしまった髪を適当に後ろで結っていて、髭も雑に伸ばしている感がある。やや小柄ながらもどっしりとした体格も相まって、正に「海賊」という二つ名を想起せずにはいられない。
武士の服を着た筋肉だるまは、俺たちが部屋に入るなりすぐに口を開いた。
「本日は、ようこそおいでくださいました」
「戦場以外でお会いするのは初めてですな。こちらがプニ長様と、その奥方である帰蝶殿です」
「初めまして、帰蝶と申します」
「よ、よろしくお願いします」
九鬼はどことなく緊張している様子だ。
見た目からして「いやぁ、噂通りのべっぴんさんじゃねえか! がっはっは!」くらいは言いそうなものだったけど、そこで会話は途切れた。
その後ちょっとした世間話なんかを済ませてから、六助が早速と言った感じで本題を切り出していく。
「さて、九鬼殿。本日ここに参った用件なのですが……」
「は、はい」
「先日の木津川河口における毛利との戦いに関して」
「申し訳ねえっ!」
六助が言い終えるよりも早く、九鬼は座ったまま勢いよく頭を下げた。呆気に取られた様子の六助が思わず声を漏らす。
「は……?」
「あれだけの無様な戦を見せちまったんだ。申し開きは出来ねぇ……! でもよ、どうかこの首だけで勘弁しちゃあくれねえだろうか」
つまり家族は見逃してくれということらしい。
最初からこのおっさんが緊張していた理由がわかった。木津川で大敗した九鬼家は一族郎党皆斬首されるとでも思っていたのだろう。でも、俺たちにそんなことをする気はさらさらない。
というか、九鬼にいなくなられたら困るのはむしろこちらの方だ。
六助の方でもそれらを理解したのか、急に優しい顔になって九鬼の方へと近寄って彼の方に手を置いた。
「九鬼殿、顔をあげてください。今日はそのようなことをさせる為に来たのではないのですから」
「へ?」
今度は九鬼が間抜け面を晒す番だった。
「次回こそは毛利から本願寺への補給を阻止するべく、どうにか燃えない船を建造していただけないものかと、交渉に参ったのです」
「燃えない船?」
眉根を寄せ、明らかに怪訝な表情へと変化していく。
「そりゃあどういうことだ。鉄でも使って船を造れってか?」
「その辺りはお任せ致します。とにかく燃えなければ何でも良いのです」
「そりゃあ無茶だ。燃えない船と言えば鉄で造る以外には思い浮かばねぇが、それだけの鉄を調達するのにどれだけ金がかかるかはあんたもわかるだろ?」
完全に口調の崩れている九鬼。恐らく、これがいつもの話し方なのだろう。




