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光秀の窮地

 数日後、遂に木津砦への攻撃が始まった。とはいえ、俺たちはいつも通り後方でのお留守番が仕事だ。場所が本陣から宿に変わっただけ。


「キュン(暇だな)」

「ガルル」


 自室で寝転がり、畳を味わいながら信ガルに声をかける。こいつは退屈だからといってむやみやたらに吠えたり絡んだりしないから偉いと思う。俺の側で「待て」をしたまま、必要以上には動こうとしない。

 未だに戦術とかには詳しくないけど、今回の戦も特に不安はなさそうだ。家臣団は愉快なおバカさんたちだけど合戦では頼りになるし、今回木津砦への攻撃を仕切る明智はもちろんのこと、二番手に入る塙直正も優秀だと聞いている。

 今も戦場にいる織田軍の兵たちには申し訳ないと思いつつ。結局のところ、俺に出来ることはどうやって暇を潰すのかを考えることくらいだな……と思いながらあくびをしていると、不意に信ガルが立ち上がった。


「ガルル」

「キュウン?(誰か来たのか?)」


 廊下の方に視線をやっているので、誰かが来たパターンだ。来ると言えば六助か伝令の兵くらいだろうけど。

 とっとっとっ、と軽めの足音が部屋の前までやって来て止まる。


「プニ長様、失礼致します」

「キュン(だめです)」


 やはり六助だった。すすっと静かに襖を開けて部屋に入って来ると、俺の真正面に座ってから口を開く。


「プニ長様にご報告がございます」

「キュン(何でしょうか)」

「最近、プニモフが全くもって足りておりません」

「……(……)」

「このままでは戦に支障を来たすということで、久方ぶりのプニモフを賜りに参上した次第にございます」


 急に報告とか言い出すから何かと思ったら、非常にしょうもなかった。いや、プニモフの価値が高いこの世界の人間から言えば本当に重要なんだろうけど。

 でも、ここのところ六助は本当によく働いてくれている。プニモフくらいなら褒章としてはむしろ安いくらいだろう。仕方ない、今日くらいは好きにプニモフさせてやるか……。


 「ガルル」と信ガルが警戒の色を見せる中、俺は右前足をすっと差し出してプニプニを与える姿勢を見せた。


「おお、ありがたき幸せ」


 それを手に取って早速プニプニを味わう六助。存分に味わうが良いぞ……とどこかの王様気取りでいると、また信ガルがすくっと立ち上がる。


「ガルル」

「キュウン? (どうした?)」

「来客、よりは早馬の可能性が高いでしょうな」


 六助もそれに気付いたらしい。二人して廊下の方向を見つめてじっと動かない信ガルを眺めていると、どたばたという足音が聞こえて来た。


「プニ長様、六助様! 失礼を致します!」

「どうした」


 声の勢いの割には襖がそろっと開き、お行儀よく座り込んだ足軽が姿を現す。


「ご報告申し上げます! 天王寺砦が本願寺勢に包囲されました!」

「何っ!? どういうことだ!」


 突然降って沸いた凶報に、六助が大きく目を見開いた。良く見れば、この足軽は司寿隊の者じゃない。状況を鑑みるに明智隊か佐久間信栄隊所属だろう。


「木津砦に攻撃をかけたところ、楼の岸砦から本願寺兵一万程が討って出て来て織田軍を包囲しました。塙隊がその軍勢を引き受けましたが囲まれ壊滅。直政様やその他多くの将が討ち死にを……!」

「直政殿が!? 何と言うことだ……いや、しかし今は……!」


 頼りになる同僚が討ち死にした悲しみと混乱に耐え、六助は歯を食いしばりながら頭を横に振り、正気を取り戻す。


「そのままその軍勢が天王寺砦を包囲したということか。して、どれぐらい持ちこたえられそうか?」

「三日から五日を耐えることすら難しいと思われます」

「急を要するな……。それに、味方をむざむざ見殺しにしたのではプニ長様の威光にも関わる。直ちに諸国へ動員令を出すと伝えてくれ」

「かしこまりました!」


 慌てず騒がず、かつ速やかに去っていく足軽の背中を見送りながら、六助が座ったままこちらを向いた。


「プニ長様、明智殿救援の為に兵を動員致しますがよろしいでしょうか?」

「キュキュン(いいんじゃね)」


 「お手」のポーズで賛同の意を示す。さすがに六助も完全には動揺が抜けていないらしく、ゴリラ化することもなくうなずいた。


「ありがとうございます。それでは、早速行って参ります」


 立ち上がり去っていく六助の背中は悲壮感に満ちていた。




 動員令を出すとすぐに、俺たちは摂津から東の方面にある河内若江城に入った。でも肝心の兵が集まらない。単純に、動員令が突然過ぎたからだ。一日二日で摂津までは早々出兵出来るものではない。

 味方の窮地を知っておきながらどうにも出来ず。六助は、焦りを募らせるばかりだった。


「キュキュン(ちょっとは落ち着けよ)」

「ガルル」


 座っていれば貧乏ゆすり、立てばあっちをうろうろ、こっちをうろうろ。どうにも落ち着かない六助は苛立ちの様子さえも見せる。


「このまま明智殿や信栄殿まで失うことがあれば、織田家は……!」


 若江城に入ってからも度々、天王寺砦からは「もう無理、まじ無理」みたいな援軍要請が来ている。このままだと司寿隊だけでも突撃しかねない勢いだな……なんて思っていると。


「いざとなれば寡兵でも出陣するべきか」


 本当に言い出した。正確に言えば、数が足りなくても集まってくれたやつらだけで行くぜってことだけど。

 六助はぎゅいっとこちらを振り向き、俺の前に座り込んだ。


「プニ長様、織田家にとって非常に大事な局面と存じます。未だに兵は集まりきっておりませんが……このまま、集まった者だけで天王寺砦の後詰に向かおうかと」


 天王寺砦を包囲している本願寺軍は、最低でも一万からいるらしい。大してここに集まった兵は三千ほどだ。六助は無謀なことを言っているようでも、その眼差しは真っ直ぐにこちらを捉えていた。

 数では明らかに負けている。戦術面は皆に任せっきりで、未だに素人に毛が生えた程度な俺でも、この状況で救援に向かうのが厳しいのはわかっていた。


 いつもの、テンションが上がって自分の着物を破る明智の姿を思い浮かべる。

 うん。まあ、そんなに助けようって気にはならないけど、見殺しにするってのは寝ざめが悪いな。六助のいう体裁的な理由ってのも一理あるし、後詰に行きたいのなら止める理由はないか。

 俺は「お手」のポーズで許可の意を示した。


「キュキュン(いいよ)」

「ありがとうございます」


 ところが、あれだけ焦っていたにも関わらず六助は立ち上がらない。何かを言いにくそうに視線を泳がせてそわそわとしている。


「あの。つきましては、プニ長様にも出陣をお願い申し上げたいのですが……」

「キュン(え?)」

「ガルル」


 まさかの一言に間抜けな声が漏れ、信ガルが警戒の声を発する。こいつが危険な戦場に俺を連れて行こうとするなんて珍しい。やはり不安なのだろう。気持ちはわかるし行ってあげたいけど、死んで帰蝶たんに会えなくなるのは嫌だしなあ。

 俺が返事を渋っていると、六助がずいっと身体を寄せてきた。


「当然ではありますが、戦場では私が命をかけてお守りいたします。それに」


 そこで内緒話をする時みたいに、口元に手を添えて声を潜める。


「戦場で生き残って帰還できれば、帰蝶殿が惚れ直すやもしれませんぞ。そうなれば夫婦仲はますます安泰となりましょう」

「キュン(まじ?)」


 帰蝶たんとますます仲良く……? 今でさえ仲良いのに、これ以上絆が深まったらどうなっちゃうんだよ。行くところまで行っちゃうんじゃね?

 いや待て待て。数では負けてる上に劣勢の戦場に突っ込んで行くんだぞ? どう考えたって危険だ。死んで帰蝶たんに会えなくなったら元も子もないじゃないか。


「ガルル」


 信ガルが唸る。六助が俺をうまいこと丸め込もうとしているのを汲んで警戒してくれているらしい。

 ……。瞳を閉じて日本海よりも深い思考に意識を沈める。

 ……。

 ……帰蝶たんとあんなことやこんなことが出来るかも……?

 ……いや待て帰蝶。俺は犬だぜ? そんなことまでして……ああっ……。

 そうか、脱飼い犬が出来れば帰蝶たんといやんあは~んなことが。


 よし、決めた!


 俺は顔を上げて、心配してくれている信ガルに声をかける。


「キュン、キュン。キュキュン……キュウン(信ガルよ、ありがとう。たしかに俺は騙されているのかもしれない……でも決めた)」


 そして明後日の方向を見ながら決意を表明した。


「キュ。キュ、キュン(そうだ。天王寺へ、行こう)」

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