あの子の本音
「尊いだけではなく、穏やかで優しいプニ長様にいつも救われております」
「では、夫婦関係は円満ということですね!」
「はい……」
そう答えて目を伏せる帰蝶の表情はどうにも浮かない。いつも愛想よくしているだけに、今の様子はどうにも心に引っ掛かるものがある。
当然の如くソフィアも気付いた。帰蝶の顔を覗き込みながら心配そうに尋ねる。
「どうしたんですか? まさかプニ長様に性的な嫌がらせをされていたり?」
「キュキュンキュン(この身体でどうやってやるんだよ)」
と言いつつもたまに顔をぺろぺろしていることを思い出していると、帰蝶は静かに首を横に振った。
「滅相もございません」
「ではどうして、そんな顔をしているんですか?」
「キュ、キュキュン(そうだよ、心配だよ)」
「ほら、プニ長様も心配しておいでですよ!」
すると、帰蝶はようやく少しだけ笑ってくれた。
「ありがとうございます」
そして考える為の間を空けてからゆっくりと、その胸の内を明かしてくれる。
「夫婦仲に問題があるわけでありません。ただ、仕方のないことだとはわかっているのですが……プニ長様と直接はお話出来ないことが寂しいのです」
「クゥ~ン(帰蝶たん……)」
帰蝶の正面まで歩み寄り泣き声をあげる。彼女は俺を抱き上げて膝の上に乗せ、背中を優しく撫でながら続けた。
「この戦乱の世で、大名の娘として生まれた私は早期に自らの運命を悟りました。どこかの家に嫁ぐことで斎藤家の発展、安寧の為にこの身を捧げるのだと」
ソフィアは何か思うところがあるのか、真剣な表情のまま黙って聞いている。
「そして私は美濃と尾張の同盟の証として信長様の元へ嫁ぎました。最初はとても緊張しましたが、威厳のある外見とは裏腹にとてもお優しい方で、私はすぐにあの方の正室であることを心から嬉しく思えました」
そこで俺に向けた眼差しはとても優しい。まるで我が子を慈しむ母のようなそれだった。
「プニ長様もほとんど同じです。最初はどんな方なんだろうと思い、とても緊張していましたが、いざお会いしてみればこんなにも尊くてお優しい方で……。お犬様相手であっても、私はこの方と一生を添い遂げようと、そう思いました」
「キュウン(帰蝶たん)」
たかが犬相手にそこまで想ってくれていたなんて。俺は感動のあまり嬉ションをしそうになっていた。しかし、ここでそんなことをすれば確実に何かを失ってしまうので必死に我慢する。
「言葉が通じようと通じまいと、その気持ちに変わりはありません。ですがやはり直接お話をしてみたいと、そう思ってしまうことがあるのです」
慕っている人と話をしてみたい。それは何ら不思議な感情じゃなかった。でもそれは帰蝶にとっては叶わない願いで……。でも、犬と話をしてみたいなんてだだをこねてもどうにもならない。
だからこれまで複雑な想いを抱えていつつも誰にも言えなかったのだろう。
帰蝶の気持ちが聞けて嬉しいけど、俺にはどうすることも出来ない。ソフィアならどうにか出来る可能性もあるけど、見た感じ何かする気はなさそうだ。あるいは色んな意味で出来ないのかもしれない。
「ごめんなさい。変ですよね、人でない方と一生を添い遂げるとか、お話をしてみたいだとか……忘れてくだ」
「そんなことないです!」
「キュン(うおっ)」
めっちゃびびった。ソフィアが帰蝶に詰め寄り、文字通り目と鼻の先ほどの距離で気合の入った声をあげた。
「誰かを想う気持ちが変なんてこと、あってはなりません! 例え相手が誰であろうと何であろうと、です!」
「ソフィア様……?」
「好きな人と一生を添い遂げたい、お話をしてみたい……どれも当たり前のことじゃないですか。相手が犬だからって、その気持ちを馬鹿にするような人がいたら、私がお仕置きします!」
何だろう、普段からもおふざけやら何やらで大声を出したり怒ったりすることのあるやつだけど、今は芝居がかった感じがなく、どこか必死に自分の意見を主張しているように思える。
一体何がソフィアをそうさせているのだろう、と考えていると、彼女はそこで突然我に返って帰蝶から離れ、こほんと一つせき払いをした。
「とっとにかく、帰蝶ちゃんの愛は本物ですから、もっと自信を持ってください。思わず熱くなってしまいましたが、私が言いたいのはそういうことです」
そうか。今まで聞いたことなかったけど、ソフィアだって恋をすることぐらいあるのかもしれない。その相手が同じ神であれば問題はないけど、人だったら。
ソフィアにも叶わぬ恋、あるいは禁断の恋の経験があるのかもしれないな。
頬をわずかに朱に染めながらの弁明に、帰蝶は微笑みながら、そっとソフィアの下に両手を添えた。ソフィアも自然とそこに足をつける。
「ありがとうございます。ソフィア様のお言葉、とても胸に響きました」
「いえそんな。本題からも逸れてますし、結局私が出来ることは今まで通り通訳をして差し上げることだけですし……でも、そうですね。お二人の仲を応援していますよ」
熱くなってしまったのがよっぽど恥ずかしかったのか、ソフィアは照れながら言った。そして最後に帰蝶と二人で笑い合う。
帰蝶もソフィアも、普段はあまり本音を晒さないタイプだ。そんな二人の貴重な一面を見れてちょっとだけ嬉しいと思う。それに。
俺は帰蝶の膝の上から降りて、正面から向き合った。
「キュン(帰蝶)」
「帰蝶ちゃん、プニ長様が呼び掛けてますよ!」
「はい、何でございましょう」
「キュンキュン、キュウンキュンキュン(例え言葉が通じなくても、気持ちが通じ合ってるから大丈夫だよ)」
くう~っ恥ずかしい! でも言ってしまった! 今までに放ったことのない超キザな台詞を!
「た、例え言葉が通じなくても、き、気持ちが……プニ長様、これ訳す私も相当恥ずかしいですよ!」
「キャン! キャンキャンキャイン! (うるせえよ! んなことわかってるから早くしろ!)」
ソフィアは頬を赤らめて、まるで自分が告白をするかのようにもごもごと俺の台詞を翻訳しようとしてくれている。俺も恥ずかしくてこの時間を早く終えたいあまり怒鳴ってしまった。
「もう、妖精使いが荒いお人ですねえ。いいですか帰蝶ちゃん、一回しか言いたくないのでよ~く聞いてくださいね?」
「はいっ」
ソフィアはそこで一度深呼吸をしてから、神妙な面持ちで語り出した。
「例え言葉が通じなくても、気持ちが通じ合ってるから大丈夫だよ。帰蝶、愛してる」
「まあ」
上品に口元を隠しながら驚く帰蝶の頬がほんのりと赤くなっていく。
「キュ、キュン。キュキュンキュンキャイン!(って、おい。そこまで言ってねえだろうが!)」
「いえいえ、これはそう言ったも同然ですよ! むしろ私が正しく補完して差し上げたんです!」
「キャンキャン!(余計に恥ずかしくなっただろうが!)」
「それは私のせいじゃありません! プニ長様があんなことを言うからです!」
「キャンキャン!(わかってるそこはごめん!)」
「例え言葉が通じなくても、気持ちが通じ合ってるから大丈夫だよ」
「キャイ~ン!(もうやめて~!)」
俺の物まねをした後、逃げるように俺から離れていくソフィアを追いかける。その時、背後からは帰蝶の控えめな笑い声が聞こえた気がした。
太陽に丸焦げにされてしまいそうな程の暑さも忘れて、澄み渡る青空の下、俺たちはどこまでも大自然の中を駆け回った。




