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ピクニック

 それを見たお市は慌てて茶々の元へと駆け寄った。屈んで目の高さを合わせ、両肩に優しく手を乗せる。


「何、どうしたの茶々? 何であんたが謝るの」

「だって、わたしがみなさまをおつれしたから……」


 信ガルがくぅ~んという声をあげた。

 よくわからないけど、理屈としては「お市が怒っている→相手は自分が連れてきた人たち→連れてきた自分が悪い」といったところか。

 「連れてきた自分が悪い」は理解出来ないけど、小さい子の価値観だし、普段から何かと気を遣う茶々のことだ。無闇に自分を責めているだけだろう。


「別にあんたは悪くないでしょ」

「わたしが、ろくすけさまいがいのかたにはごえんりょいただけば」


 そこで言葉は詰まり、頬を一筋の雫が伝った。


「ごめんなさい」


 完全に場の空気は固まり、「お市やっちまった感」にあふれている。

 もちろんお市としても茶々が自分を責めるなんてのは予想外だっただろうけど、そもそもお市がもうちょっと言い方を考えるか、場所を改めて注意すればよかっただけの話だ。

 普段の六助なら相手次第で「や~い泣かした泣かした~」とか言いそうなものだけど、さすがに今は薙刀で首を飛ばされそうなので控えているらしい。その代わりに侍共の視線は、何かを訴えかけるようにお市に集まっている。

 罪悪感を感じているのか、お市はわずかに怯んだ。


「うっ、な、何よあんたら見てんじゃないわよ」


 どうやって泣き止ませようか、慌てた様子のお市。おっさんどもも当てにはならないし、しょうがねえ、ここは俺が動くか……と影のボス的な思索をめぐらせて一歩を踏み出すと同時に、他にも動いたやつがいた。


「くぅ~ん」

「! しんガルちゃん……」


 茶々の顔をぺろぺろする変態……ではなく、武田信ガルだ。いつもの威厳ある姿とは裏腹に尊い鳴き声を出しながら、茶々の涙を舌で拭っている。

 いつもなら「汚いからやめなさい」とお市が嗜める場面だけど、ここは信ガルに任せて見守ることにしたらしい。

 すると茶々は泣いたまま顔を綻ばせて、信ガルの頭を優しく撫でた。


「もう、そんなことしたらまたははうえにおこられちゃうよ?」

「わふっ」


 笑顔になってくれたことが嬉しいのか、信ガルは尻尾を振りながらされるがままになっている。

 一方でお市は場が何とか収まりそうなことに安堵のため息を漏らすと、茶々をそっと抱きしめた。


「ごめんね茶々。あんたは何も悪くないからね。悪いのは私」


 そこでお市は「ほら、あんたらも何とか言いなさいよ」とばかりに、後ろのおっさんたちに視線をやった。


「そうですぞ。悪いのは全部お市殿ですからな! わっはっは!」

「「「わっはっは!」」」


 場を明るくしようと頑張ったのかもしれないが、完全に対応を間違えている。的にされたお市は、いかにも「後で覚えてなさいよ」と言わんばかりに六助たちを睨みつけると、茶々から身体を離して立ち上がった。


「さっ、行きましょ。晩御飯ももうすぐ出来るから」

「はい」

「あんたらはさっさと帰りなさいよ」

「了解致しました。ではプニ長様、我々はここで失礼致します」

「キュン(あいよ)」


 振り返り、ぞろぞろと帰っていくおっさんたちを見送る。同じくお見送りをしていたらしいお市が、背後から声をかけてきた。


「あ、あんた居たのね」

「キュウン(ですよね~)」


 俺、今の場面で全く存在感なかったもんな。いつもだけど。




 数日後。


「とってもいいお天気ですね~!」

「そうですね」


 街道を歩きながら、ソフィアと帰蝶がそんな平和なやり取りを交わす。俺の右を帰蝶が歩き、左にはソフィアが飛んでいる並びだ。

 織田軍はすでに越前一向一揆の鎮圧へと出発し、正直暇になった俺は、ある日ソフィアが来た際に「散歩でも行かないか?」と帰蝶に提案してみた。どちらかと言えばピクニックという感じなんだけど、ピクニックのニュアンスをカタカナ無しで説明するのが難しいので散歩と言わざるを得ない。


「しかし、周囲に人が居るなんて全然思えませんねぇ」

「はい。さすがは忍びの方々です」


 俺と帰蝶だけでは危ないと周りの人たちが心配していたので、今回は服部半蔵から忍びの部隊を借りて護衛してもらっている。

 普段、ある程度の距離を移動する時は駕籠に乗せられてしまうので、自分たちの足で街の外を歩くというのは中々に新鮮だ。帰蝶の足取りが軽く見えるのも、天気がいいから、という理由だけではないだろう。

 すうと息を吸い込み、道の両脇に映える緑を味わっていると、ソフィアが元気に話しかけてきた。


「今日は久々の夫婦水入らず、ですね!」

「キュキュン(お前がいなけりゃな)」

「あ、ひど~い!」

「プニ長様は何と仰られているのですか?」


 ソフィアが俺たちの後ろから、ひゅんと帰蝶の右側に移動した。


「聞いてください、帰蝶ちゃん! プニ長様ったら私を邪魔者扱いするんですよ?」

「あらまあ」

「キュンキュン(そこまでは言ってない)」

「こんなにプニ長様に尽くしているのに……およよ」

「キュウンキュン(およよって久しぶりに聞いたな)」


 ソフィアは泣き真似をしながら力なく飛行し、帰蝶の肩の上に着陸する。


「私はソフィア様と一緒でも楽しいですよ?」

「帰蝶ちゃんは本当にいい子ですねぇ」


 帰蝶がソフィアの頭を指で優しく撫でた。


「キュ、キュキュンキュン(って、何か俺が悪者みたいになってるじゃねえか)」

「みたいというか、悪者ですよ?」

「キュキュン、キュウンキュン(何だとコラ、そして帰蝶の肩から降りろコラ)」

「その姿ですごんでも全然怖くありませんよ~だ!」

「ワオ~ン! (待てコラ!)」


 見上げるしか出来ない俺をからかうように、帰蝶の肩から飛び立っていったソフィアを追いかける。

 ソフィアが飛び立つ瞬間、わずかに視界に入った帰蝶の表情がもの寂しさを帯びていたように見えたのは、俺の気のせいだろうか。


 それからしばらく歩いて疲れた頃に、休むのに丁度いい木陰を見つけた。梢が大きく、足元には良い具合に草が茂っている。


「ここら辺で休憩にしますか!」

「そうしましょう。プニ長様もよろしいですか?」

「キュ~ン(いいよ~)」


 ソフィアの提案で休憩が正式に決定すると、どこからともなく数人の忍びが現れて御座や水の入った竹筒を持ってきてくれた。一瞬、敵襲かと思ってびびったのは内緒にしておきたいところだ。


「皆さん、ありがとうございます」


 帰蝶が礼を述べるや否やどこかへ消えていく。あの人たちはちゃんと休憩しているのか心配になってしまう。いくら忍びでもこの夏の暑さの中では、木陰に入って水分を取らないと倒れるだろう。

 御座を敷いて座り、皆で水を頂く。もはや聞き慣れた蝉の鳴き声も今は耳に心地よく、目をつぶれば眠ってしまえそうだ。ちなみに、俺の分は専用のおちょこみたいなやつに入れてもらってそれをぺろぺろしていて、ソフィアは自作のミニ竹筒に水を入れて来ている。世界観を壊さないナイスな配慮だと思う。

 ソフィアは両手でミニ竹筒を持って、いかにも美味しそうに水を飲むと、「ぷはぁ」と息を漏らしてから口を開いた。


「それで、最近のお二人はどうなんですか?」


 どうもこうも……正直、夫婦というよりは飼い主とペットの関係に限りなく近いしなあ。特に何かあるわけがない。でも、帰蝶が俺を敬ってくれているのも事実。彼女がこの質問にどう答えるのかには興味がある。


「そうですね……」


 斜め下に視線をやって少しだけ考えてから、帰蝶は続けた。

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