第27話:悪役ジジイ、勇者パーティーと会う
「……ジグ様、こっちです! もう少しで合流できるはずです! 少しずつ声が大きくなってきました!」
「よし、このまま突き進むぞよ!」
ノクターナル、第14階層。
俺たちは魔物を倒しながら、コレットの耳が示す方向に走っていた。
ククッ、わかる……わかるぞ。
ジグルドとしての勘が言っている。
俺はもうじき勇者に会う。
イケメン勇者よ、そのときがお前の人生の終わりだ。
通路を駆け抜け広場的な空間に出たとき、コレットが叫んだ。
「ジグ様、大変です! 勇者パーティーの皆さんが……!」
「うむ、緊急事態のようじゃな」
数十m離れた場所に、大量の魔物が集まっている。
そして、その中央にいるのが……。
「……くっ、みんな頑張れ! この襲撃さえ凌げば上層階に行けるよ!」
カイゼルたちだ。
周りには何体もの魔物の死骸が転がっているので、すでに戦闘が始まって長いことが容易に想像つく。
「ジグ様、私が突っ込んで敵を攪乱します!」
「いや、お主が行く必要はない。ワシの隣にいるんじゃ」
「わ、わかりました!」
カイゼルたちはうまい具合に乱戦状態だ。
ククッ、これは好都合。
魔物の攻撃に紛れ込ませて勇者を殺せばいい。
コレットが向かったら斜線の邪魔になるので止めたのだ。
俺はいつにも増して強く魔力を練り上げる。
最優先はカイゼルだ。
他の仲間は後でどうとでもなる。
とにかく、カイゼルを一撃で仕留めろ。
「《接死の三つ鉾》」
擦っても致命傷となる毒属性の三つ鉾を思いっきり放った。
カイゼルは目の前の魔物に夢中で気づいていない。
完全に死角を狙うことに成功した。
直撃しても死、擦っても死。
あばよ、勇者。
せいぜい、楽しい来世を送ってくれ。
『グギャアアッ!』
……なに?
魔物が…………庇っただと?
カイゼルを庇いやがった三級魔物のパワーオークは、三つ鉾の毒により秒速で朽ち果てて死に至る。
クソッ、運のいい奴め。
ちくしょう、もう一発だ。
「《接死の三つ鉾》!」
『ガギャアアアッ!』
……おいおい、どういうことだ。
勇者を攻撃するたび、魔物が勇者の盾となって死ぬ。
いったい何が起こっているんだ、誰か説明してくれ。
あろうことか全て殺してしまい、魔物に勇者殺害の罪を被せることができなくなってしまった。
呆然とする俺に対し、コレットは大喜びする。
「ジグ様の魔法はいつ見ても惚れ惚れします! 勇者パーティーの皆さんを傷つけないよう貫通力の高い魔法は使わず、魔物を倒したのですね! 私が突っ込むよりずっと安全で効率的です!」
「あ、ああ……」
魔物どもの不可解な行動により、計画が台無しになってしまった。
最初は意味不明だったが、徐々に"考えないようにしていたあの可能性"が現実味を帯びてくる。
――シナリオの強制力。
その言葉を思い浮かべただけで、心臓が不気味に鼓動する。
クラウス(原作主人公)の後継者であるカイゼルは、【蒼影のグラシエル】の次なる主人公としてこの世界に認められているのかもしれない。
魔物が庇う動きを示したのは、次なる主人公を不慮の死から守るため。
…………あり得る。
ゲーム世界にいる以上、主人公が特別扱いされるのは当たり前だ。
俺が前世の記憶を取り戻したのは、クラウスに断罪された50年後。
シナリオの強制力が働く必要はなかったので、考えもしなかった。
この先危害を加えようとするたび、強制力によりカイゼルは生存するのだろうか……。
勇者殺しの現実性が徐々に遠のいていくのを感じる……。
当のカイゼルは俺たちの存在に気づき、やたらと眩しい笑顔で駆け寄ってきた。
「……ありがとう、ご老人! あなたのおかげで助かったよ! 魔物が一撃で朽ち果てるなんて、すごい魔法使いなんだね! 旅をして長いけど、あなたほどの使い手は初めて見た! ボクはカイゼル、どうぞよろしく!」
「お、おぉ……」
「ぜひ、名前を聞かせてほしいな! 渋いご老人!」
カイゼルは顔も中性的だが声も高い。
チッ、イマドキの正統派イケメンってか?
念のため、名乗るのは止めておこう。
ジグルド=伝説的に悪名高い下劣貴族ジグルド・ルブラン、と勘づかれたら命の危険がある。
やはり、ここは一旦退いて態勢を整えた方がいいな。
カイゼルに忘れられるためにも、俺はスルーを決め込んで立ち去る……。
「こちらにいらっしゃるのはジグルド様と仰いまして、巷では"正義の賢老"と呼ばれております。この世から悪を撲滅し、正義を執行する旅を送っておられる素晴らしい方なのです。ジグ様は地上にいるアイビスさんから勇者パーティーの皆さんが帰ってこないことを聞くや否や、率先して救助に向かってくれました」
「"正義の賢老"!? なんてカッコいい二つ名なんだ! ありがとう、ジグルド翁! あなたは優しい人なんだね!」
…………おい。
……おい、コレット。
勝手に名乗るんじゃないよ。
忘れた頃に暗殺する俺の計画が台無しじゃねえか。
そして、その二つ名を広めるな……ともう何度目かわからない注意をしていたら、勇者パーティーの仲間まで合流しやがった。
ひぃふぅみぃ……なんか、やけに人数が多いな。
地上で見た写真のメンバーより、四人も多いのだが……。
訝しげに思う俺の視線に目敏く気づいたらしく、カイゼルが説明をする。
「こちらにいるのは、冒険者パーティー"神滅の刻印"のみなさん。彼らはボクたちより先にノクターナルに入っていたようでね。22階層で動けなくなっていたところを見つけて、ともに地上を目指していたのさ。でも、このダンジョンの魔物は結構強くて、帰還がなかなかうまくいかなかったんだよ」
「ふむ、そうじゃったか」
「ジグ様が来たからにはもう大丈夫です。砂粒ほどの心配や不安もありません」
どうやら、カイゼルたちは攻略に難義していたわけではなく、遭難冒険者を助けていたから予定より遅れたらしい。
ふん、お人好しめ。
よく見てみれば、勇者パーティーは傷がほとんどない。
さすがの実力者ということか。
一方の厨二病の遭難冒険者たちは傷だらけで、出血も多かった。
ククッ、若者が苦しんでいる様子を見るのは良い気分……なのだが、"懸念"が心のしこりにある。
カイゼルが生き続ける以上、俺はずっと命の危険――破滅フラグの再来に怯えないといけえないのだろうか。
そんなの、せっかく若返っても辛すぎる。
もう罪は償ったんじゃないのか、世界~。
「ジグ様、回復ポーションをお願いします」
「ん? ああ、そうじゃの」
突然コレットに言われ、地上にいる勇者パーティー後方支援組から強奪したポーションを渡す。
治療が進む光景を眺めながら、思索を再開した。
どうすれば破滅フラグを完全に消すことができ……。
「……ジグルド様が渡してくれたの、特級の回復ポーションですよね!? おかげで、全身の骨折や内蔵の損傷が完全に治りました! いくらお礼を言っても足りません! ああ、本当にありがとうございます!」
「俺たちはもう死ぬんだなと覚悟してたんですが、命を助けてくださってありがとうございます! また生きられるなんて、それこそ死ぬほど嬉しいです!」
「"正義の賢老"バンザーイ! 命の恩人バンザーイ! ジグルド様、バンザーイ!」
……なに?
気がついたら、"神滅の刻印"の面々は全回復していた。
全身の傷や痣は綺麗さっぱり消え失せ、表情は大変に明るい。
ちょっと見ない間に何が起きた…………あっ!
おい、ジグルド!
なに、普通に回復ポーション渡してんだよ!
相手が思索に耽っているときに話しかけるという、コレットの話術に引っかかってしまった!
回復した"神滅の刻印"はひとしきり喜んだところで、リーダーっぽい男が俺の手を握る。
「"正義の賢老"ジグルド様、本当にありがとうございました。あなたのご恩は絶対に忘れませんし、いつか必ずお返しします。まずは怪我なく地上に戻れるよう頑張ります」
「あぁ、そうじゃの……」
「ご心配なく。ジグ様は"魔物だけ"を殺す罠魔法を仕掛けながら、ダンジョンの入り口からここまで来てくださいました。ですので、罠魔法を辿れば安全に地上に戻れます」
「「"正義の賢老"すごすぎる!」」
ちょいちょいちょいちょい。
なに勝手に話を進めてるのよ。
たしかに道標を兼ねた罠魔法を仕掛けてはきたが、それは俺がスムーズに帰還するためだ。 こんなことなら人間にも作用する魔法にしときゃよかった……。
"神滅の刻印"は自分たちだけで帰れるとのことで、俺たちとは笑顔で別れる。
やるせない気持ちで見送ったところで、コレットがカイゼルに尋ねる。
「カイゼルさん、ノクターナルで"狼人族"を見かけませんでしたか? 最深部付近にいると聞いたのですが……」
「"狼人族"? いや、見ていないね。みんなはどうだい?」
尋ねられた勇者パーティーの面々は首を横に振った。
第22階層まで、"狼人族"はいなかったようだ。
返答を聞き、コレットはしょんぼりと俯く。
「……そうですか」
まずいな。
モチベーションの低下を感じる。
今ここでコレットを失うのは惜しい。
後方支援組のアイビスから、カイゼルたちは最深部に棲むと言われる古龍の討伐に向かっていると聞いた。
コレットがしょんぼりして地上に戻ったら、カイゼル暗殺の難易度が上がってしまう。
"若返りの泉"の探索もそうだ。
人手は多いに越したことはない……よし。
「コレットよ、ワシの話をよく聞くんじゃ。"狼人族"がここにいないと決まったわけではないじゃろう。そもそも、カイゼル殿たちだってまだ最深部に到達してないんじゃ。ここで諦めるのはちと早すぎる気がするがの?」
「! ……はい!(そうだ、ジグ様の言うとおり! 希望はまだある! 私が諦めてどうするの! 気合いを入れ直しなさい!)」
コレットの目に光が戻る。
ククッ、悪役仕込みの素晴らしい話術でうまい具合に丸め込んでやったぞ。
さて、もう一発披露といこうか。
「カイゼルよ、アルビスから聞いたのじゃが、お主らは最深部を目指しているようじゃな。実は、ワシとコレットもそうなんじゃ。ここで会ったのも何かの縁。どうじゃ? 最深部まで一緒に行動せんか?」
「いいね! ジグルド翁みたいな"正義の賢老"がいてくれたら、攻略がずいぶんと楽にあるよ! ぜひお願いしたい!」
「ありがとうの。ワシも"勇者"と一緒にダンジョンを攻略できるなんて夢のようじゃよ」
うまくいった!
カイゼルと行動すれば……暗殺のチャンスがあるかもしれない。
今はともにいるのが吉。
俺たちはさっそく最深部へと歩を進める。
(ボクは女だけど、勇者として人々を守るために乙女の心は封印してきた。でも、ジグルド翁を見ていると気持ちが昂ぶってしまうのはなぜだろう。世のため人のため懸命に働く。まさしく、ボクの理想の男性だ。封印した乙女の心が……今ここに開かれるかもしれない……!)
「……カイゼル、何か言ったかの」
「何でもないよ」
何も話していないはずなのに、カイゼルがうるさく感じるのはなぜだ。
コレットみたいな奴だな。
そして……。
「コレットよ、なぜ不機嫌になっているんじゃ?」
「いえ、不機嫌になどなっておりません(カイゼルさんは……おそらく女性。さらに、ジグ様のことが好き……かもしれない。決して油断できませんね)」
これまたコレットの表情が謎に硬い。
なんでかわからないが、とにかく勘弁してくれ。
いずれにせよ、ノクターナルの魔物は強いが、これだけメンバーが多ければ問題ないだろう。
思った通り、魔物を蹴散らしながら順調に最深部に向かう。
目指すは"若返りの泉"の探索と……隙を見てのカイゼル暗殺だ。
お忙しい中読んでいただき本当にありがとうございます
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