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3-3.王子フレデリック・アレクサンドル・べネルの初恋

「……レティシア……ウォールトン公爵令嬢……」


 ぼんやり霞がかかったような頭の中で、出会った少女の姿を思い浮かべてフレデリックは呟いた。

 季節の変わり目は熱が出やすい。昨晩から少し微熱気味ではあった。

 いつものことだから耐えられると思った。実際フレデリックは耐えられた。なのにお見合い途中で、相手の少女に気づかれてしまった。表情も会話も問題なかったはずなのにどうしてわかったのだろう。

 少女の機転で温室に用意された寝椅子(カウチ)で休み、楽になったが、私室に戻った途端に気が抜けたのかまた熱が上がった。フレデリックはいまベッドの中だ。

 

「また会いたい……」


 はあ、と。フレデリックは熱いため息を吐いた。

 直接会話したことがないだけで、同世代の令嬢を見たことは何度かある。

 王城の中や庭園の一部は開放されている。早いうちに王宮に慣れさせようと、一通りの礼儀を身につけた子供を見学や散歩に連れてくる者はいる。そろそろフレデリックの側に付かせる者の選別も始まっているから、そのための集まりもあった。体調の問題でフレデリックは不参加だが、王城の部屋から様子を眺めてはいる。

 けれど、自ら会ってみたいと思えた者は、これまでいなかった。

 皆、当たり前のように子供らしく楽しむ貴族の少年少女達は、フレデリックとは違う世界にいると思えたからだ。


「でも彼女は……ずっと完璧だった」


 実は、普段の様子を知りたくて、フレデリックはあえて遠巻きに衛兵を配置し、応対する者達も地味で控え目な者を最低限の人数に絞った。きっと噂通りの“見捨てられかけた王子”だと、相手は油断するに違いない。

 フレデリックが現れる前に、どのような態度に出るかも見るつもりだった。

 貴族達が噂する通りに力のない頼りない王子だけれど、未来の伴侶にまでそう扱われたくはなかったから。

 ところがだ。


(静かに案内された席に座り、テーブルに並べられた食器やお茶の用意を鑑賞するように眺め、さらに王家が掲げる言葉に絡めて、まだ来ていない僕への感謝を口にするなんて)


 挨拶した時の所作も大人のように綺麗で優雅だった。

 きっと何度も繰り返し練習したに違いない。そんな完全に身についた動作だった。筆頭公爵家の一人娘ともなるとこうも違うのかと感心した。

 初めて、親近感を覚える同世代の子供にフレデリックは出会ったのだ。

 王族は生まれながらにして、王族としての責務が定められている。

 成長したら背負うそれを避けることはできない。

 虚弱であっても教師はついて勉強は欠かさずしているし、数々のしきたりや礼儀作法は覚えなければならず、鍛錬などはできないけれどダンスや器楽なども、体調に配慮されながら教わっている。

 そしてそれらは出来て当たり前のことだった。

 だから体が弱くて様々なことが遅れがちな自分は、王子失格だと貴族達から厳しい目で見られ、両親である国王王妃を心配させている。

 これまで見たことのある、貴族の少年少女達はそういった重圧とは無縁にフレデリックには見えた。個々としては思うところがあるかもしれないけれど、少なくとも子供のうちは子供らしく扱われている。

 それでも政略結婚の相手として理解し合える少女かもしれないと、微かな期待を抱いたに過ぎない。


(よろしくねって言った。普段通りでいいよって言ったら……完璧な所作のまま、僕を見て、にっこりして)


 なんだろう、なんだか胸がどきどきする。

 フレデリックは寝具の中で自分の胸元を押さえた。なんだか頬もほてってきた。熱がまた上がってきたのかもしれない。宮廷医の薬は苦手だから飲みたくないのに、きっと飲まないといけなくなるだろう。


「困ったな。明日は器楽の授業があるのに……」 


 フレデリックは額に片手で触れる。少女に触れられたところだった。フレデリックより少し小さな手。

 あんなふうに触れてくるなんてと思ったが、不快には感じなかった。その後の表情は少し怖かったが、ウォールトン公爵家といえば王家の暗部も支えてきた家だ。それにフレデリックには、彼女の強さが羨ましかった。自分にはないものをあの少女レティシアは持っている。

 レティシアが侍従に命じて、温室に寝椅子(カウチ)を用意させた後、フレデリックは彼女に尋ねたのだ。

 あんなことをして、彼女に悪い評判が立ってしまったらと恐れて。


「こんなことをしたら、大人からなにを言われるかわからないよ。怖くないの?」


 レティシアは不思議そうに首を傾げて、「そうですね……」と少し考えるそぶりを見せた。


「でも、悪役なのは決まっていますし……それに子供のしたことですから、大丈夫です」


 まるで大人みたいな言い方だ。「子供のしたことですから」なんて、まるで別の公爵家に嫁いだフレデリックの母方の伯母のような言葉だ。

 それに悪役というのはどういうことだろう。悪役になるのは承知のことだとでも言うのだろうか。

 いま出会ったばかりの、フレデリックのために?


「大丈夫じゃない、君の評判だ!」

「そんなことより、おし……いえ、フレデリック殿下が健やかであることの方が、ずっとずっと大事です!」

「僕?」

「ええ!」


 にこやかにレティシアは言い切った、力強いまでの返事にフレデリックはびっくりした。

 銀色の髪がさらさらと揺れて、本当に心配そうにフレデリックを見つめる藤色の瞳に頬が熱くなる。


「大変! 早く休んでください! さっきよりもお顔が赤いです!」

 

(なんて、優しくて綺麗で勇気があって強い令嬢なんだろう……僕もこうなれたらいいな)

 

 それは憧れに近い気持ちだった。けれど単なる憧れとも少し違っていた。また会いたいとフレデリックはその時強くレティシアに思ったのだ。


 *****


 秋口になると、毎年、思い出してしまうことがある。

 八歳のあの日、公爵令嬢レティシア・ウォールトンと初めて出会った日のことを。

 まだあどけない少女でいながら、彼女は誰よりも未来の王妃に相応しい淑女であった。

 その美しさ、気品あふれる完璧なる立ち居振る舞い、そしてその深い優しさと強さ。


「……控え目に言って、聖女だった」


 ぽつりと執務机の書類に目を落としたままフレデリックはつぶやいた。その言葉を耳にして、即座に姉のことだと察したらしい。控えていた事務官のアレク・ウォールトンが眉間に皺を寄せる。


「なんですか、その“控え目に言って”とは」

「ああ……レティシアが口ぐせのように言うからつい。そうだな、控え目どころでなく聖女だった、うん」

「なんですか、本当に。にやにやして気持ちの悪い」

「君、不敬だよ」


 不機嫌に顔を歪める未来の義弟の反応に気分をよくして、フレデリックはにこにこと言い放った。

 アレクはどこか悔しそうである。そうだろう、アレクがどんなに血のつながらない姉を恋慕っても婚約者で夫になるのはフレデリックだ。

 だがあまりいじめるのも可哀想である。幼馴染で、ずっとレティシアを巡って張り合っているが、互いに確かな友情もある未来の義弟だ。


「この時期になるとつい思い出してしまうんだ。レティシアとのお見合いをね」

「僕がウォールトン公の養子になる前ですね」

「そう拗ねるなよ。時期は仕方ないことだろう? あの頃は私も、“見捨てられた王子”だなんて言われていたよ」

「……でも、姉上は殿下をそう扱わなかったのでしょう?」


 その話なら、もう両手の指では足りないくらい聞いているとアレクはぼやいた。そうだったかと思うが、長い付き合いだから折に触れ話したのかもしれない。もちろんアレクに優位を示すために。

 我ながら狭量だが、油断するとレティシアはその聖女の如き慈悲深さを、すぐ周囲に振り撒くから油断ならない。

 元貴族牢だった北の別荘塔を苦心してレティシアが最高に気に入るよう、改装したのもその理由の一つだ。彼女が気に入って自ら社交界のあれこれを遠ざけ、王城の側で静かに過ごしてくれれば思ってのことだった。

 まさか引きこもった上に住み着いてくれるとは、それはそれで困りはするものの嬉しい誤算でもあった。


「……近頃、ご婦人達の社交場は、姉上のいる北の別荘の森周辺に移りつつあるそうですよ。面会依頼や招待状も殺到しているとか。姉上が招待を受ければ、今度はぜひ塔にと招かれるのを狙って」

「ふん、浅はかな」

「園遊会にはいい時期ですからね。一番近い小離宮の使用予約枠も奪い合いになっているとか。それから、姉上の気楽な室内ドレスが昼の外出ドレスの流行にもなりつつあるようで」

「……もういい、黙れアレク」


 まったく、とぼやいたフレデリックに、ふふんとアレクが軽く笑む。

 じとりと恨めしげにフレデリックは彼を睨んだが、流石未来のウォールトン公となる令息は涼しい顔をしている。


「姉上を閉じ込めておくなんて無理ですよ」

「わかっているよ。しかし早過ぎないか……半年も経っていないのに」

「それが姉上です。そういえば折に触れ断片は聞きますが、まとまって聞いたことはないですね、お見合いの話は。初対面の姉上はどんなご令嬢だったんです? 使用人達は幼い頃はそれはもう完璧な令嬢だったと言いますが」

「完璧な令嬢だったよ。八歳とは思えない気品あふれるね」


 そう、遠目に見たレティシアは八歳にして完成されたような公爵令嬢だった。

 可憐な容姿に、美しい所作、教養……とくにフレデリックが用意させたケーキの解説など、大人の食通も顔負けのものであった。会話の糸口に考えていたのに、たった一口で素材を言い当てられるとは思ってもいなかった。

 そして、その後の、フレデリックのための振る舞い。


「同時に、規格外の令嬢だったよ。もちろんいい意味でね」


 ふふっと、フレデリックは温かな思い出を眺めるように微笑んで、目を通した書類にペンを走らせた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。こちらで続編第三弾も完結です。

最初からすれ違いと誤解の連続な二人のお見合い編でした。

楽しんでいただけたら幸いです。

また不定期で書いてしまうかもなので、読切連作短編として完結は外したままにしておこうと思います。


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